7.聖女の苦悩
結局おやつを食べ終わってお茶がすっかりなくなっても取り留めのない話は続いており、私はこの世界の仕組みと言うか慣習を多少理解し始めていた。
彼女たちは交代制で週に四日この離宮で働き、最終日の夜勤を終えると二日休みらしい。他の施設も大体似たようなもので、時には休みの合う友達と遊びに行くこともあるとのことだ。
神官を目指さなかったり資質がなかったりした子たちは、たいてい家族とともに街で暮らしている。学校もあるし商店街や繁華街もあると聞かされた。
「なーんだ、異世界って言っても元の世界とそんなに変わらないみたい。案外すぐになじめそうな気がしてきたわ。あーあー、はやくウチも外へ遊びに行ってみたいな。自由時間も何もまだ初日だから気が早いかな」
「そうですねえ、きっと一人で出かけていいってことはないと思いますけど、私たちが休みの日に一緒に出掛けるくらいできると思いますよ。私たちに休みがあれば、ですけど」
「えっ? それってどういうこと? まさかウチのせいで休みなしになっちゃうってこと!? いくらなんでもそれはひどい話じゃない?」
「もちろん交代で休みは取りますけど、基本的には誰か一人はアキナさまについてますからね。そのあたりは一番上のリヤンが決めることになってるんですけど、この様子だといつ目をさますやら……」
「いくらなんでも一日中ついててくれなくてもいいでしょ。必要な時に来てくれるだけで十分だもん。朝も一人で起きて着替えもできるし、そもそもなにもすることがないじゃないの」
「ですが、その必要な時に誰もいなかったらお困りになりますよね? だから誰か一人は常におそばにいるつもりです。でもお気遣いは無用です。御用のない時には部屋の隅でじっとしてますから」
「それかえって気になりそう…… あ、でもそっか、ウチが出かけたり遊びに行ったりするときも一緒ってことじゃん。きっと部屋にいるだけじゃすぐに飽きちゃうし、そしたら一緒にお出かけすればいいよね」
「ですね! それができたら仕事なんてないのも同然ですから何時間でもお供できちゃいます!」
「あー、セナタったらそうやってまたズルするんだから。アタシだってアキナさまと一緒に遊び行きたいよ」
「それはそのとき当番の誰かがお供するに決まってるじゃないの。フロラってばそんなこともわからないんじゃ側仕えのお役目は無理かもしれないわねえ」
「まあまあ二人ともケンカはダメだよ? 当番の人はもちろん、休みの子だって行きたければ一緒に行けばいいだけだって。これからお世話になるんだし、みんなで仲良く楽しくやってこうね」
そんな展望を描いていたのだが、夕食時になって私は新たな事実を聞かされた。
「ちょっとルカ統括! それってホントのことなわけ!? ウチそんなの納得できないよ!」
「ですがこればかりはしばらく我慢していただくしかございません。本当に申し訳ございません。きちんとしたことがわかれば制限は解かれるでしょう」
「まあ確かにやらかしたみたいだから強くは言えないけどさ…… 自分でなにかしようと思ったわけじゃないのにちょっとひどくない?」
「逆にどうやったかがわかれば話は早いのです。再現できるようなら対策が立てられますからね。とにかくしばらくはガマンが続くこととお考えください」
「わかりました…… 危ないなら仕方ないもんね。なにか部屋の中でできることがあればまだいいんだけどなあ」
「さようですねえ。よろしければ娯楽室からゲームの類をお持ちいたしましょうか? その中に気に入るものがあるかもしれません。数日もすれば解明に向けての対応が決まりますので、それまではなんとかお部屋の中だけでお願いいたします」
私は自分が起こした事故のせいで行動を大きく制限されてしまった。部屋から出るときには必ずルカ統括かエデム神官長に許可を取ることや、どんなときにも一人にならないことなどを強く言い渡された。
いくら聖女としてちやほやされていても、周囲に危険があるかもと言われては仕方がない。それくらいは我慢しようと大人しく引き下がった。
◇◇◇
そしてそれから半年がたち――
「はーい、アキナさま、おやつが来ましたよー、今日はなんと! 大好きなクレープでーす。もちろんクリームもたっぷりでおいしそうですよ」
「うるさいうるさい! そんなんでだまされないんだからね! もう部屋に閉じこもっているのはイヤだって言ってるの!」
「毎日同じことばかり、よく飽きませんねぇ。私たちに当たってもどうにもなりませんよ? 確かに遊びたい盛りですから辛いとは思いますし同情もしますけど。そうだ、地属性の神道師に頼んで砂場と滑り台でも作ってもらいますか!? それともブランコなんていかがです?」
「ウチは遊びたい盛りなんかじゃない! 子供でもない! ブランコなんて乗らない! だいたい砂場って何よ! 滑り台も―― ちょっといいかも。ここの窓から庭へ向かって大きな滑り台を作ってもらってさ」
「そこから逃げ出そうってことですか? この間カーテンに登って降りられなくなってのは誰でしたっけ? 高いところが苦手なのはもうばれてるんですからね」
「なによ! 自分だって辛いの苦手なお子ちゃまのくせに!」
「ほらほら、興奮するとまた神力が暴発して外出が遠のいちゃいますよ。いい子だから大人しくしましょうね。はい、お茶が入りましたよ。フーフーしましょうか? それとも先にクレープにします? あーんしてくださーい、あーん」
「ウチは子供じゃないって言ってるでしょ!」
こんな生活が半年も続いていて、私はそろそろガマンの限界だった。