45.聖女のひらめき
今のこの状況をはたから見たら、子供二人が庭のベンチで仲良く話しているように見えるかもしれない。しかし実のところどちらも子供ではなかった。
まあ確かに私はまだ若いし子供といっていい。だけど相手の中身は間違いなくオジサンである。しかも軽薄そうなイタリア人ときたもんだ。
今までオジサンと二人でおしゃべりするなんて考えたこともなかった。とはいってもこの時間はお互いに都合がよく、私は庭のベンチにケイラムと並んでこれまでのいきさつを聞いていた。
どうやら本当に婚約話は王さま主導で言いだしたことらしい。てっきりケイラムが私に一目ぼれでもして王さまへ頼んだのかと疑ってたのに違ったとは、少々自意識過剰だったようで恥ずかしくなる。
最初は途中入学なんて珍しいって話から始まり、聖女召喚に巻き込まれた少女、というか幼女と聞いた王妃がまず盛り上がり始めたようだ。
そんな慈愛にあふれる王妃の心に響いてしまったのは、一人で異界からやってきたのが小さな子供であることが最大の理由らしい。
きっと一人でさびしいだろうとか、離宮には仕事をしている女性たちしかいないので遊び相手もおらずかわいそうだとか理由はいくらでも出てくるだろう。
話が婚約まで飛躍した最大の決め手となったのはやはり親がいないことで、同い年であればまずは養女として迎えておいて、適齢になったら結婚すればいいと考えて王さまともども勝手に納得したとか。
「さすがに僕は困ってしまったよ。なんと言っても今は六歳だけど中身は三十過ぎの青年だからね。キミとは違ってこちらで生まれたから完全に現地人なんだけど、記憶だけはしっかり残っていると言うわけさ」
「ちょっと待って、今青年って言った? そこだけは引っかかるわね。三十代なんて言ったらオジサンじゃないの。勝手に話を捻じ曲げないでくれる? ウチは正真正銘ピチピチだけど!」
「そこはどうでもいいのでは? 僕だってまだ若いつもりなんだからさ。まあそれはともかく、こちらにしてみれば大人の僕が六歳の幼児と結婚するなんてありえない話だろ? おっと、日本人は大人が子供を恋人にするんだったっけ? アニメで見たことがあるよ?」
「一体どんな偏見なのさ…… アニメなんて全部フィクションなのに、大の大人がそんなのに感化されてどうすんのよ。でもまあ言ってることは正論かもね。ウチも三十過ぎのオジサンと結婚なんてまっぴらごめんだもん」
「だから青年だが…… だけどそれを誰にも言えないだろう? キミは実年齢十七歳だってことを離宮の人たちに知られているのかい?」
「全員じゃないけど、ルカ統括とか世話係の三人とかは知ってるね。他にも聖女召喚の儀式に立ち会った人は知ってるかもしれないなぁ」
「なるほどね。では一応秘密にしておくべきってことか。それで聖女さまは見た目と実年齢は同じなのかい? 少し肉付きのいい健康的な女性だったよね」
「ん? 聖女の実年齢ってだからさ―― あわわ、なんでもない。ちょっとアンタ? まさか聖女を口説こうとか考えてないでしょうね? 確かに年齢は二十代半ばだったはずだから中身のアンタとは釣り合うかもしれないけど、今の自分が六歳児だってことわかってんの?」
「なにも言ってないのに変なこと決めつけないでくれよ。まったく世の軽薄イタリア男たちは他人への迷惑を考えてほしいね。全員が全員ナンパ男じゃないんだぜ?」
「でもアンタのしゃべり方ってなんか軽いじゃん? それじゃ同類に見られて仕方ないと思うけどな。そんで、オジサンが幼児性愛者じゃなくてまともそうなのはわかったけど、じゃあどうするわけ? 親も乗り気なんでしょ? 断れるの?」
「いや、今まで一度も逆らったことなんてないし、なるべく子供らしく振舞おうと努力してきたからめちゃくちゃいい子で通ってるんだよねえ…… どうしたらいいと思う?」
「はあ? アンタがいい子だっての? 笑っちゃうわね。学校では取り巻き連れて威張ってるくせにさ」
「あれなぁ、困ってるんだよ。彼らは王宮で働いてくれてる家政婦さんたちの子息なんだよね。赤ん坊のころからの付き合いだから対等な付き合いがしたいんだけど、学校へ入るときに親たちから僕をしっかり守るように、みたいに言われてああなっちゃったのさ。帰ってくると普通なんだけどね」
「そっか、あれは演技と言うか、アンタを持ち上げて見せる遊びみたいなもんってことね。なんだ、普通の子供らしいとこあるんじゃないの」
「そりゃ向こうは正真正銘普通の子供だからね。調子に乗った振りして偉そうに見せるのも楽じゃないよ」
どうやらケイラムはケイラムで苦労があるようだ。私はそんなオジサンの振る舞いを思い返してクスクスと笑ってしまった。
それより問題は婚約話の行方である。どうやって断ればいいのか考えてみたが、何のことはない。私がこの貧弱ケイラムを無様に振ってやればいいだけ。
気楽に考えた私は、そうなったときに皆がどんな反応をするかを想像し、ひとり勝手に楽しくなっていた。




