3.聖女の条件
本っ当に気に食わない。この神官長って人は私のことを幼児扱いして完全に舐めきっている。どうみても話が理解できる相手と思っていないことは明らかだ。
「ここまではよろしいでしょうか? わからなければもう一度最初からご説明いたしましょう。多少用語が難しいかもしれませんので、わからないことがあるときには遠慮なくおっしゃってくださいませ」
「はあ、でもダイジョブですよ? 今はこんなだけど一応ウチは十七歳なんだからって言ったでしょ? 要はこの世界に降り注ぐ神力の元が途切れる日が近づいてて、それを何とかするためにはウチの力が必要だってことね」
「おお、まさしくその通りでございます。さすが聡明でいらっしゃいますなあ。まだ―― お若いのにご立派と言うほかございませぬ」
今絶対に幼いのに、か、小さいのにって言おうとしただろ、と喉まで出かかったけどぐっとガマンして話を続けてもらう。
なんといっても今のことだけで相当長々と説明されていて退屈きわまりない。私はちっとも進まない話に飽き飽きしていた。
しかしそこへ助け舟! 先ほど部屋へ案内してくれようとしていた老婆が首を振りながら神官長の言葉を遮ったのだ。
「神官長? いつも申し上げているようにどうにも話が冗長ですよ。もっと要点に絞ってお聞かせしないと聖女さまが疲れてしまいます。なんならわたくしが代わってもよろしいですよ? いやここは代わりましょう」
どうやら神官長の話は元から長いらしい。確かに今は何で私がここへ呼ばれたのかを知る程度で良かった。
それなのに天体観測をしている星読師がどうとか、神力は空から降ってきて地面に貯まるとか後回しでいいことをバカ丁寧に聞かせてくれるのだから参ってしまう。
「では聖女さま、神官長に変わってわたくしめがご説明差し上げます。簡単に申し上げてしまうと、異界から救世主を呼ぶと言うのはこの世界ではしばしば行われてきました。たとえば巨大な竜が現れたときや、これまた別世界からの脅威が訪れたときなど様々です」
「それで今回は自然災害的な? それをウチが防げるってことなの? 根拠はあるんですか? そもそもなんでウチなんだろ。ホントなら死んじゃってるのに。もしかしてこれって夢なんじゃないの?」
「いいえ、亡くなっているのは間違いないでしょう。正確には一度命を落とした、ですが。聖女さまの世界から見るとこちらの世界は死後の世界、もちろん我々は生きておりますし、聖女さまも今はれっきとした生きた人間でございます」
「まあそりゃそうよね。まさか幽霊だなんて自分でも思えないもん。でもやっぱり理由は知りたいなあ。その神力? ってのがウチにもあるってのはホントなの?」
「ゆう、れい? それはなにか存じ上げませんが、神力をお持ちであることは間違いございません。大前提として、召喚の儀を行ったとしても条件のそろった聖女候補者がいなければ成功いたしませんから」
どうやら霊という概念がないのかピンとこないようだ。それは私が異界だとか神力とか言われてもちんぷんかんぷんなのと同じこと。だがまったく理解できない説明はさらに続く。
「召喚の儀は毎日行っていたわけではなく、特定の条件がそろった日に行っております。具体的には三月の日と呼んでおります、三つの月が天に上る日に限るのです。これまでも相当の回数実施してきましたが、召喚に成功したのは今回が初めてのこと」
「ってことはウチが選ばれたのは偶然ってこと? じゃあ誰でも良かったってことじゃん。ちょっとショックかも……」
「とんでもございません。条件と言うのは相当に厳しく、まずは聖女としての素養がないとなりません。つまりは神力の高いお方です。次に心身ともに純潔であることが求められます。こうして召喚に応じていただけたと言うことは、これまで清く正しい生き方をしてきた証なのです」
「だからって別の世界からなにかしてウチを殺しちゃったんじゃないでしょうね? 思い返してみれば痛みを感じなかったのは不自然だし、なんか色々おかしくない?」
「申し訳ございません。召喚直前の出来事に関してはまったく関知できず、どういった状況なのかわかりかねます。ですが、条件の一つには命を落とした瞬間、もしくは間もないこともあるようなのです。これは伝承に残されている中に、異界からの救世主は元の世界で命を落としてからやってきたと記されていることからの推測でございます」
「じゃあアンタたちがウチを死ぬように仕向けたわけじゃないんだね? ならまあいいか…… どっちかって言えば生き返らせてくれたと言えなくもないし。でも、でもね? ウチにはそんな特別な力はないし、聖女なんて持ち上げられても期待に添えるとは思えないんだよね」
「何をおっしゃいますか。聖女さまと言うのはその存在自体が聖なる力、この地へ留まってくださるだけで十分なのでございます。詳しい仕組みについてはおいおい知っていただけたら良いかと存じますが、天から降り注ぐ神力を大地へ繋いでいただけたら十分でございます」
「つまり? 自発的にはなにもしなくていいと? いるだけで役に立つってこと? そんな都合のいい話ってある!? もしかしてウチだまされてるんじゃないの?」
純潔な聖女なんて言われるような生き方をしてこなかったはずだけど、私は別にだましているわけじゃない。
これが夢だと思い込もうとしたって、刺されてから目覚める前に見ているとも思えないし、まさか死んでなくて入院中に昏睡状態で見ているわけでもないだろう。
つまりは今ここで見聞きしていることは本当の出来事で、聖女だとかなんだとかも事実だと考えるしかないと言うkとになる。
それに本当に特別な力があるなら案外楽しく過ごせるかもしれない。こんな小さな幼女にになってしまったからできることは限られるかもしれないけど……
「ここまで簡単にご説明上げましたがおそらく実感はございませんでしょう? こういったことは実際にお目にかけ体験していただくのが一番かと」
そういうと、老婆は同じローブを着た青年に目くばせし、お盆に乗せたなにかを持ってこさせてから私に微笑みかけてきた。