24.聖女の戦い
一つはっきりとわかったことがある。どうやらこの世界、いやこの国だけかもしれないが、よほどのことが無い限りはどんなことでも男女平等に扱われる。
それ自体は別に悪いことではないので構わないのだが、体力勝負でも平等なのは正直つらい。私は手渡された掃除道具を抱えて頭の中でそんな不満をこぼしていた。
罰として課せられた校舎の掃除では、一階と二階のどちらを担当するか自分で選んだので文句は言えない。その際、モップがあったことから水汲みが大変そうなので一階を選んだのが失敗だった。
校舎内は土足なこともあって一階は床の汚れがひどく、思いのほか掃除が大変だったのだ。
ただやっぱり二階は二階でいちいち水を汲みに降りなきゃいけし、バケツを持ってまた上がらなければいけないので重労働である。
結局は子供一人でこなす量ではなく、普段は授業終了後に全員でやっているのは現代日本とそうかわらない。まあだからこそ罰と言えるわけだけど……
「こんなことになったのはオマエのせいだからな…… ええと名前が長いからミカサでいいな? でも本当に異界から来たのか? 父上たちがそう言っていたぞ? 同じ学校に入ることになったってな」
「だからそういうことをペラペラと口にしないでよ。これは秘密なんだからね。もしウチが人さらいにあって、アンタが責任とって死刑になっても知らないんだから」
「いっ、いまどきそんなバカなことあるもんか。それより異界から来たならミツさまみたいにすごい力があったりしないのかよ。それは聖女さましか持ってないのか?」
「そうねー 聖女さまはいるだけで世界のためになるだんからすごいよねー まったく尊敬しちゃうわー アンタもそう思うでしょ?」
「そうだな。きっオマエみたいに暴力的じゃなくすばらしいお方なんだろう。それにしても―― 僕は女子に突き飛ばされたなんて初めてだぞ。まったく生意気だな」
「生意気なのはどっちよ。だいたいオマエとかやめてくれない? ちゃんとアキナって名前があるんだし、ウチのが強かったんだからアキナさまって呼びなさいよ。この貧弱ケイラム」
「貧弱だと!? ふざけるな、不意をつかれなければオ―― アキナになんて負けやしないさ。もいっかい勝負しろ! でも先生がいないとこじゃないと…… これ以上罰を命じられてたまるかってんだ」
「それはこっちのセリフだわ。アンタの―― ケイラムのせいで初日からなにも勉強しないうちに掃除だけで終わりそうだもん。何しに来たんだか自分でも呆れちゃう」
「あら? もしかして二人はまたケンカしているのですか? おやつの時間になったので呼びに来たのですがどうしましょう」
「あ、先生! ケンカじゃないです。お互いに反省してちゃんと名前で呼び合おうねって話してたんですよ? もうすっかり仲良しだもん。ね、ケイラム?」
「う、うむ、もちろんアキナの言うとおり。僕たちは仲良しだしケンカなんで二度としないと誓ったところです。嘘じゃないですから、本当なんです」
「それはとても良いことですね。意見を交わすことは学びですからどんどんやったらいいのです。ただし、暴力で解決しようとするのは動物のやることですから注意するよう心がけてくださいね」
「「はい、先生!」」
こうして罰掃除から解放された二人は、へとへとになりながら教室へ戻りおやつで一息ついた。労働の後の甘いものと冷たいお茶は疲れた体に染みわたり、二人のいがみ合いを忘れさせてくれる。
そんな休息もつかの間、三時のおやつが終わったら学校も終わりになる。と言うことは全員が加わっただけで掃除は続いたのだった。
◇◇◇
「それは災難でしたね。眠ってしまったアキナさまをリヤンがおぶって帰ってきたのでなんとなく察していたつもりでしたけど、まさか初日からケンカなさるとはさすがです!」
「なにがさすがなのかわからないけど、一体何があると思ってたわけ? 幸い泥団子はぶつけられなかったからまだ良かったわ」
「ふふふ、残念でしたね。もしかしてちょっと気になる男の子がいたとか? ホントはアキナさまも期待してたんじゃないですか?」
「ちょっとセナタってば恐ろしいこと言わないでよ。誰があんなの―― そうそう、知ってた? あの学校に王子の息子が通ってんの。そりゃ王族と言っても身分が高いわけじゃないって聞いてたけどさ。いざ目の当たりにすると驚いちゃうね」
「そうですか? 王族も職業のひとつですからね。百年くらい前には後継ぎがいなくて直系の分家にまるごと入れ変わってますし、それほどありがたいものでもありませんよ? むしろ将来は政治に携わるわけじゃないですか。生まれながらに将来が決められていて賢さも求められますし、きっと大変だろうなって思います」
「そんな賢そうには見えなかったけどねぇ。鼻っ柱だけは強くて生意気だよ。とても仲良くやれそうにないわ」
「案外そんな始まりから親しくなるものですよ? ふふふ」
「もう! セナタったら不吉なこと言わないでよね。ウチは自分の能力以外のなにかを笠に着るやつって大っ嫌いなの! これはもう聖女対王族の戦いなのよ!」
あの時はうやむやになったが、向こうも望んでることだし早めに決着をつけてどっちが上かわからせてやる。罰を受けた当日にも関わらず、私はバカなことを考えながら床についた。
疲れのせいでよく眠れるかと思ったが、帰り道リヤンの背中でずっと寝ていたせいもあって眼が冴えてしまっている。それもこれもケイラムのバカのせいだ。
それでもやっぱり小さな体にはこたえる作業量だったこともあり、私は徐々に瞼が重くなってくるのを感じる。
「あらあら、今の今までブツブツ言ってたのにもう夢を見ているのかしら? ニコニコして本当にかわいらしいですね。それじゃおやすみなさい」
そんなセナタの優しい声が夢なのか現実なのか、もうわからなった。




