18.聖女の後悔
「よろしいですか? いくら聖女さまだと言っても神官には神官の決まりごとがございます。もちろんわたくしも行動や思想を制限したいわけではないのですが、やはり不慣れな世界のはずですから、聖女さまに危険がおよばないよう最大限の策をめぐらせてのこと。それをなんでしょう、まさか逃亡を企てるなど! しかも変装までするなど神力への冒涜と言っても過言ではございません! それにあなたたちも何を考えているのですか!? 聖女さまのご厚意もあってお友達のような関係とさせていただいているに過ぎないのですよ? 聖女さまの身に万一のことがあったらどうするのですか!? これではとても聖女さまの従者にふさわしいとは言えませんね。なるべく優秀な見習いをと考え選定したので残念ですが、早々に別の者を選ばなくてはなりません」
「ちょ、ちょっ、ちょっと待ってルカ統括ってば! お願いだからリヤンたちを責めないであげて。みんなウチが悪いんだから叱るならウチだけにしてよ。だから辞めさせないで! もうしないから、ね? お願い?」
かれこれずいぶん長く、おやつからおやつの間中くどくどとルカ統括のお説教は続いた。
結局私たちは間におやつの時間を挟んでもなおしぼられ続け、ようやく解放されたのだが当然のように無罪放免とはなっていない。
私はまだ一日しか外出してないのにしばらくの外出禁止を言い渡され、リヤンとセナタは罰として離宮中のトイレ掃除と泉の清掃を命じられた。
当然二人ともしょんぼりしながら部屋を出ていき、入れ替わるようにやってきたフロラは、にやにやといやらしい笑い顔である。
「フロラのことおいて楽しいことしようとするからこんなことになったのよ? それにしてもアキナさまってずいぶん思い切ったことするのね。人さらいにでもあったらどうする気なの? 普通は子供だけで遊びに行ったりしないよ?」
「初めて外へ出たからついはしゃいじゃったのかな…… あの護衛の男性たちが叱られてないか心配ね。それにしてもルカ統括ってばよく居場所がわかったよねぇ」
「公衆浴場は水の神官が半分管理してるようなもんだからね。水があるところに統括ありって覚えておいたほうがいいわよ? どうやってるのか知らないけど、水のそばでさぼってたりつまみ食いしてたりするとすぐにばれちゃうんだから」
「そんなことリヤンだってわかってただろうに、なんで油断したのかなぁ。次はばれないようにしないとだわね。あ、ううん、違う違う、叱られるようなことしないようにしないと、だった」
「絶対懲りてないでしょ…… 確かに公衆浴場はたまに入りたくなるもん、仕方ないかな。離宮にも作ってほしいけど、ここでは水につかるなんて許されないからガマンするしかないね」
「でも普通に飲んだり花へ水やりしたりするじゃない? そこまで神聖視してるようには思えないんだけど?」
「ただの決まり事よ。自分のために浪費するのはダメってこと。必要なことに必要な分だけ使うの。そうじゃないと、使いすぎて泉が枯れでもしたら大ごとでしょ?」
「そっか、なるほどね。他の属性もそういうのあるのかな? ウチって覚えておいたほうがいいこととか、離宮の規則とも知らないじゃん? それだけじゃなくてこの国の法律みたいなのも知っておいたほうがいいよねぇ」
「そうねぇ、アタシたちはこの離宮に来る前は街の学校へ通ってたから、そういった一般常識とか基礎的な学力とかは身につけてるわけよ。アキナさまも学校通わせてもらえば? 友達もできるだろうし退屈も解消できるでしょ」
「そんなのあのルカ統括が許してくれるとは思えないけどなぁ。しばらくは外へも出してもらえないことになっちゃったしさ」
「勉強したいって言えば平気じゃない? でも離宮の中で誰かに教わることになりそうだけどね。見習いから神官になるのには神力だけじゃだめなのよ。だから学問的なコト、特に歴史と海外の知識はしっかりと叩き込まれるから先生もいるんだよ」
「ウチは歴史とか語学は好きだから向いてるかも。でもこっちの世界の文字が読めるかどうかはわからないなぁ。なにか本とか持ってないの? あったら試しに見てみたいんだけど」
「そんな高級品は書庫にしかないよ。ちゃんと手続すれば一回に一冊だけは貸し出してもらえるけどね。もし汚したり傷つけたりしたら……」
「そしたら…… どうなるの?」
「弁償だよ、弁償! 自分の配給券から涙が止まらないくらいの点数を引かれちゃうんだよ? そりゃもう山盛りの果物とかわいいリボンとか演劇を三回くらい見てもまだ足りないくらい!」
多分フロラはすごい額ってことが言いたいんだろうけど、私には配給券が配られていないのでピンとこない。だがそこでひとつ思い出したことがあった。
「みんなそうやって配給券で買い物したり娯楽に使ったりするんでしょ? ウチにももらえるのかな? 仕事してないからムリかなぁ。でもルカ統括は聖女は存在しているだけで仕事しているのと同じだって言ってたからもらえるかもしれない!?」
「まあ離宮から出ない限りは使い道もないから、今のところは必要ないって思われてるかもしれないね。この中では買い物するものなんてないし、使うような娯楽もない。使い道と言えば替えの肌着と交換するか、誰かが面会が来て余分におやつを出してもらうとかくらいだもん」
「なんだか知れば知るほど退屈ね。よくそんな毎日でガマンしてられるわ。それも将来のためなの?」
「別にそういうわけじゃないけど、逆に毎日そんなに遊びたいものなの? 毎日遊ぶなんて何するのか考えるだけでも大変そうだよ。それに月末までに使い切れそうにない時は、食料品とか衣類とかまとめ買いして実家へ持っていくからね」
「えっ? 配給券って貯めておけないの? 使い切らないといけないなんて、無駄遣いをしろって言ってるようなもんじゃない?」
「なんかアキナさまってずれてるよね。節約して実家を助けるのが一番に決まってるよ。アタシらは離宮にいれば勝手にご飯もおやつも出てくるし、住むところだって快適だから暑さ寒さも関係ないんだもん。でも街で暮らしてる家族はそうじゃないじゃない? 特にアタシの実家はちょっと離れた海岸に近いスルガンって街で、冬の寒さが厳しいとこなのよ」
世界の違い、価値観の違いと言えば簡単に片付く話ではあるのだが、私にとっては子供が実家へ仕送りをするのが当たり前だと言われ衝撃を受けた。しかもフロラはまだ十五歳なのだ。
そんな見習いたちが大勢で暮らしているこの離宮内で、わがままを言うだけでなく身勝手で奔放な行動をして迷惑をかけたことを改めて反省し、私はとても恥ずかしくなっていた。




