11.聖女の覚醒
いよいよその時がやってきた。ここまで半年と少々、長かった退屈な日々ともお別れが近い、はずである。そう思えば朝がいくら早かろうとガマンできる……
「アキナさま? 大丈夫ですか? おねむなのはわかりますが、せっかくここまで来たのですから頑張りましょう! 不安なら私が抱っこしていますから心配いりませんからね」
「リヤンはそうやってすぐにウチをころも扱いするんらから…… っといけないいけない、また寝そうになってたわ」
寝てはダメだと言ってくれるリアンの言葉はありがたいが、そもそもひざまくらしているのがいけないんじゃないだろうか。そう考えた私はしっかりと立ち上がり真上を向いた。
この祈祷場の中央にある天蓋形状の屋根には窓がいくつも見える。はじのほうが赤くぼんやりと光っているのは、通常はほぼ毎晩赤い月が上っているためだ。
今日はいつもの夜空に青い月が昇ってくると言う。その周期は不規則と言うのがまたにわかに信じられない。
そして緑の月はさらに不定期で、何日も続くこともあれば今回のように半年も間が空くこともあると言う。
私の知識の中での天体とはだいぶ様子が異なり、そんなことがあり得るのだろうかと首をかしげていた。
しばらくすると窓は紫色に染まり始める。きっと青い月が昇ってきたのだろう。
さらに続いて窓のはじには緑の光がかすめてきた。それらがゆっくりと混ざり合って色が変わっていく様子は神秘的だ。
「なんだかちょっと暑くなってきてない? それに外は相当明るいみたいだけどもう朝になっちゃった?」
「いいえ、そういうわけではなく、緑の月が上るときには昼間並みの明るさになりますし、気温も上昇いたします。少し祈祷場の温度を下げましょうか? 先日は下げ過ぎていたようですが、今回はゆっくり下げていきますので寒すぎたらおっしゃってくださいませ」
「まだダイジョブだけどね。夜中だから寒いかもと思って毛布にくるまってたけど、どうやら必要なさそう。リヤン持っててね」
私は腹巻のように巻いていた毛布を取り払いリヤンへと渡した。身体を動かしていたからかいつの間にか目はすっかりとさえ、思考もはっきりしている。
ほどなくして祈祷場の中央には白い光が降り注ぎ、その中にいる私はさらに体温が上がっていくのを感じていた。きっと初めにここへやってきたときもこんな感じだったのだろう。
あの時、意識がはっきりしたときにはすでに白い光の時間を過ぎていたのか、それとも部屋を冷やし過ぎていたから感じなかったのかはわからない。でも今の状態は初めての感覚でこの間とは違う気がしていた。
しばらくするとさらに妙な感覚を覚える。なんだかこの光―― そうか、これが神力を受けていると言うことなのかと本能的に感じていると言えばいいのだろうか。
じんわりと身体へ浸透し、神力が体内へと貯まっていくような…… まるで呼吸と同じように体内へ取り込まれ、血流にのって体の隅々まで送られているように感じるのだ。
だけどこれが貯めて使うようなものだったら、すぐにまた神力切れになってしまうということでもある。まあ使わなくても役目を果たせるならそれで構わないが。
そうこうしている間にも頭の中には神力の特性やできること、危険性などが勝手に押し流されてきた。それはまるで脳みそをアップデートしているかのように、どんどん上書きされている感覚とでも表現すればいいのだろうか。
「えっ、なにこれ、これが神力…… なの?」
「おめでとうございます。どうやら光属性で間違いなかったようでなにより。史実の中ではわずか二人目の希少な属性ですね」
「らしいね。そのもう一人ってのも聖女なんでしょ? だからウチもきっと光属性だろうなって勝手に思ってたんだー」
「いいえ、大昔に召喚によりいらしてくださった聖女さまの属性は、きちんとした記録には残っておりません。あくまでその存在だけが伝説やおとぎ話のような扱いの書物に触れられているのみなのです」
「ええっ! マジで!? 絶対に聖女だと思ったんだけどなぁ。じゃあもう一人の光属性はどんな人でなにをした人なの?」
「五百年ほど前に突如現れたお方で、実は男性なのです。大昔ですからまだ文明、文化は今ほど洗練されていなかった時代でした。そのため記録がすべて正確とは考えにくいのですが、随分と改革を進めてくださった偉人なのですよ?」
「へえ、召喚してないのに勝手にやってきたの? それもウチみたいな異世界人かもしれないってこと? そんなこともあるんだね」
「はっきりとは残っておりませんが、おそらくは。ご興味あれば書庫から歴史書をお持ちいたしますのでお読みになってはいかがですか? 燃え盛る火災現場から無傷のままで現れたと記されており、読み物としても楽しめる歴史書でございます」
「待ってよ? ――――五百年前に火の中から出てきた光属性? 念のため聞くけどその人の名前って残ってるの?」
「本名なのかはわかりませんが、ミツと名乗っていたと記録されております。それがなにか? まさかお知り合い、のはずはありませんでしょうね、ふふ」
思い当たる人物が浮かんでしまったが、確かに知り合いでも友達でもないし、会うこともないだろうから、私は忘れることに決めた。
歴史書自体には興味を持ったけど、今すぐ読まないといけないとも思わない。機会があればいずれ読むこともあるだろう。
それよりもルカ統括に聞きそびれていたことを思い出した私は、彼女を見上げて不敵に笑いかけた。どうやら三月の光を浴びたおかげで神力がみなぎっており、根拠のない万能感を得た私は気が大きくなっている。
「ねえルカ統括? 本当は召喚したら子供になるって知ってたんでしょ。それどころか子供にしたのはアナタなんじゃないの? どういう意図でこうしたのかは知らないけど、記憶がしっかり残っていたのは誤算だったんでしょ」
私の問いにルカは即答しなかったが、明らかに動揺して目が泳いでいた。




