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堕ちた天才

 高卒。三十五歳。彼女いない歴年齢。言うまでもなく童貞だ。

 これが『かつて』の俺のスペックで、今更どうしようもないスペックだ。

 通常の、手順であれば――



 ◇◇◇◇



「奥様。見てください。元気な男の子でございます」


「まあ」



 女の声が聞こえて目を開く。

 目を開いて見たのは、金髪の美しい女性だった。少し驚いた顔をするも、すぐに微笑む。



「あーよしよし。いい子でちゅねー」



 母が俺のことをあやした。俺はこの時『やった、異世界転生したんだ』と思った。

 状況確認として、周囲の子供らを見る。

 一人は怯えながら俺を見ていた。二人目は目を鋭くしながら俺を見ていた。三人目の女の子は、目を輝かしながら俺を見ていた。

 他に助産師など、四人、五人、六人といたが、まあとりあえず割愛しておこう。



「あれ? この子、全然泣かないわねー」


「いけません、奥様! 赤ん坊は泣くことでまず呼吸するのでございます!」


「ええ! じゃあこういう時はどうしたらいいの? エリーゼ!」


「そうですね、こういう時は――」



 そうか、こういう時、赤子は泣かなくちゃいけないのか。

 初めて知ったな。



「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ……」



 俺はバカっぽく思いつつも、泣く演技をしてみせた。

 ちょいとばかり恥ずかしい。



「まあ、泣いたわ、あなた、エリーゼ。この子、泣いたわよ。ああ男の子なのね。じゃあ前から決めていた名前。この子の名前はクロードにしましょう。いい名前でしょう? あれ? どうしたの? 二人とも。険しい顔して……」



 そう俺は、異世界転生したのである。

 それから俺が、異世界転生特典の一つ、前世の記憶と、子供さながらの吸収力を生かして、自分をひたすら磨き上げたのは、言うまでもないことだろう。



 そして三年の月日が流れる――



 ◇◇◇◇



「ふー。やっと見つけた。こんなところにいたのか、姉さん」



 今では使われなくなっていた廃鉱山。

 その中をでかい犬にまたがって通り抜けてきた俺は、そいつらの前で腰を下ろした。でかいと言っても犬にまたがれるぐらいだ。この時、俺はわずかに三歳である。

 いや正確には、三十八歳と言うべきか。何故なら俺は、転生者であるからだ。



「何だこのガキ! どうしてここが!!」


「ケーブル男爵にもらった犬に案内してもらっただけだよ。行方不明者を探す時は人海戦術も大事だが、やっぱ最後は犬なんだよな。ケーブル男爵には感謝しないとな。もちろん、ラストと、カトリ姉の動物に好かれる優しさにもね」



 ラストの頭を撫でながら、子供の俺は言った。

 相手は大人だ。当然その頭の高さは、俺より遥か上にある。

 この廃鉱山に住み着いていた盗賊全員がそうだった。

 まあ全員再起不能にした上で、俺は無傷なんだけど。



「目的は金か? それとも怨恨か? いずれにしても身の程知らずだな。父上は――」


「ふ、知っているよ、賢しいガキが。ベルンツィアの北、東、西の三国を含め尚、最強と呼ばれる剣士。ディスケンス=ローディスだろ? てめえの親父には俺たちも散々世話になった」


「そうなのか? だったらこんなことしないでくれよ。ひどいな」


「バカ野郎! 世話になったってのはなあ、もちろん悪い意味でなんだよ! クソが! 俺たちの目的は、かしらの解放だ! いいやそれだけじゃない! お前の親父は、ここいらの腕利きの悪どもを、自分の牢獄に閉じ込めているからな! そいつら全員解放してもらおうか! そうすりゃお前、世の中がもっともっと面白くなる。くっくっく」


「ふ。やはり、身の程知らずだったな」


「確かに俺たちがベルンツィア最強の剣士。ディスケンスと正攻法で戦うのは――」


「そういうことじゃない」


「あ?」


「俺をガキだと思って、自分から目的をペラペラと話す。そんな三下ムーブをしている時点で身の程知らずなのさ。俺と戦うにはな」


「な、何だと!?」


「ほら」



 二本の指を合わせて俺は立てた。



「その台詞もまた、今から死にそうな奴が吐きそうな台詞だろ?」

    


 口元で三日月を作って、俺は笑った。



 ◇◇◇◇数分後◇◇◇◇



「無事か!! カトリ!!」



 後ろから声がして振り返る。

 アイン兄さんと、ベレト兄さんの声だった。

 どちらもまだ子供だった。

 アインが八歳。ベレトが五歳。カトリが四歳である。そして俺が三歳。

 俺は男爵家四人兄妹の三男なのだ。

 大人でさえ見つけられなかったこの場所を、どうしたのかは知らないが、特定したのは大したものだ。伊達に、ローディス家の四俊よんしゅんと呼ばれていない。

 俺はえんえんと泣きじゃくる、カトリ姉さんの頭を撫でながら、振り返った。



 アインとベレトの顔を今になって見つめる。

 アインはどこか怯えた顔をして俺を見ていた。ベレトは鋭く俺をめつけている。

 そんな二人を見て――俺はあごを持ち上げ、笑った。



「心配いらないよ、兄さん。賊は全員、俺一人で片付けた」



 そう。 

 あの時の俺は――確かに。



 天才だった。



 ◇◇◇◇十年後◇◇◇◇



「いくぞ、クロ!!」



 家の庭先で、お互い剣を構えていた。

 目の前に立っているのは、長兄のアインである。立場は田舎村ブリンストンを治める男爵家長男。つまりその弟である俺は、男爵家の三男生まれ、ということになる。



 ガキぃん。

 剣と剣を合わせると、火花が散った。



 ガキぃん。ガキぃん。ガキぃん。ガキぃん!!

 


 昔なら、勝てた。

 かつての俺は天才だったのだ。

 異世界転生特典の一と二。前世の記憶の引き継ぎと、子供特有の吸収力が、俺にはあったからだ。

 だが今は――



 ギリギリギリキリ……っ!!



 刃と刃が噛み合い、鍔迫り合いになった。



「どうしたクロ。離れなくていいのかぁ? それとも、氣功術なんて庶民の技法で応戦してみるか? え? 元――天才」



 アインがニヤリと笑う。

 俺がカトリ姉を助けた時はもちろん、俺が産まれた時でさえ怯えていたような男に。

 クソ!

 クソクソクソ!



「くっ!! 舐めるな!」


「――おい。何だその口の利き方」



 ゾクリと、背筋に冷や汗が走る。危ない。そう思った時、俺の服の裾がつかまれていた。

 腹の辺りに添えられた手。自分の身体で隠し、家族(ギャラリー)からは見えないように細工していた。

 そして耳元で声が響く。



「風よ我が声を聞けそして応えよ。空を貫く力よ、この手に宿って弾け散れ」



 ヤバい!!

 だが逃げられない。

 魔力で増幅された力で、服の裾をつかまれているのだ。

 氣功術で筋力こそ補強しているが、所詮代替だ。魔力による破壊の力には敵わない。



風烈弾(ガストブラスト)!」



 腹に巨大な鉛玉でもぶつけられたようだった。ヨダレをまき散らしながら吹っ飛ぶ俺。

 地面に両手足をついて、うずくまった。



「ガハ! ゲホ! ゴホゴホ!」



 この野郎〜〜〜〜〜!

 剣と剣の勝負のだったはずなのに、ふざけやがって……っ!



「ちょっとアイン!! 何よ今の!! これは剣対剣の戦いのはずでしょ? ふざけないでよ!! 大丈夫? クロ」



 姉であるカトリが俺に駆け寄り再生(リザレクション)をかけてくる。

 再生リザレクションは他者にしか使えない白魔術である。自分自身にもかけられる治癒法として、治療リカバリィという魔術があるが、あれは魔力を糸状にして血管を結ぶという術というより技法に近いため、この手の打撲傷には効果が薄い。

 何より今の俺では、治療リカバリィさえ満足には使えない。



 先に俺の異世界転生特典の一と二を説明したが、俺には他に二つ、つまり合計四つの異世界転生特典があった。

 その三は、通常では考えられないほどの魔力量だ。

 しかし理由は不明だが、俺はある時から魔術が一切使えなくなった。

 この世界において、魔術はかなりのバフである。これがなければ精霊魔術が使えない。それだけではなく、筋力の向上さえ行えない。

 この世界の魔術は貴族だけの御業とされていて、精霊魔術と筋力向上は、貴族の地位、つまり庶民が抗えない状況を作るのに一役買っている。

 その魔術が使えなくなってしまったのだ。俺がアインに勝てないのも道理だ。



 かつての俺ならこんな奴、敵じゃないのに……。



「怒るなよカトリ。ちょっと実践形式にしただけだろー? こいつの周りにいるのは父上と関係を結びたいだけのクソだけで、真の友達なんてのは一人もいない。それじゃあまりにも可哀想だってんで、ちょいと鍛えてやったまでの話さ。強くなれば誰でも従うからな」


「あんたねえ……!」



 腹の底からどす黒い感情が燃え上がってくる。それは糸のように俺の手足へと繋がれて、俺をゆっくりと立ち上がらせた。



「クロ?」



 寄り添ってくる優しい姉をどかし、このクソッタレの兄であり、厳密に言えば二十も年下のガキを見据えた。

 アインの顔は恐怖に引きつっている。かつての、神童と呼ばれた頃の面影を、俺のどこかに見たからだろう。



 こいつは――殺す。

 現世じゃ仏と言われた俺だが、今回ばかりはマジでキレていた。

 地獄に落ちても構わん。お前だけは必殺する。



 目を閉じた。



「アーストゥエバーグリーン」



 異世界転生特典その四。能力(スキル)アーストゥエバーグリーン。

 地球から、ここ異世界エバーグリーンに、二回だけ道具を持ち込める。



 能力(スキル)は本来この世界に住む人間なら誰でも会得できる能力である。

 ただし条件として、十五歳から十八歳までの間に、エクスペリオン教会に安置されている星石の前で、啓示を受けなければならない。

 そして能力(スキル)は、ゼロ歳から十八歳までの間に経験した内容によって能力が決まる。



 俺は十三歳だが、産まれた時からこの能力が刻まれていることを、赤ん坊だった頃から知っていた。 

 しかし妄想の可能性も捨て切れない。それ故、二回のうち一回は使用済みだ。呼び出したのは、金銀財宝。これならば、試しで使っても腐ることはない。

 頭に刻まれていた呪を唱え、呼び出すと、天空からダイヤモンドにエメラルド、果てには金塊に至るまで降ってきた。

 それは魔術が使えていた時代に大穴を掘って埋め、封印までかけたため、今ではたどり着くことさえできない。しかし。



 この能力(スキル)が、俺の妄想ではないことだけは、(すで)に確定している。



 俺はこの切り札をずっと残してきた。

 切り札は最初に切ったものが負ける。

 しかし今切る決心と、呼び出す物が決まったよ。

 拳銃にしよう。

 拳銃はこの世界エバーグリーンにもあるが、今すぐ手元に呼び出せる、という利点も、この能力(スキル)にはある。



「は、ははは。何だよその呪。魔術が使えない時間が長すぎて、呪の唱え方も忘れたか? 精霊の個我を狂わすには、尋常ではない魔力か、魔力を乗せた呪を唱えなければならない。今のお前じゃどちらも不可能なことだ」



 撃ち殺す。

 目にもの見せてやる。

 後のことなんざもう知るか。

 我ながら吹っ切れた思考が頭の中を支配していた。



「我が今求めしものを、この場へと転送――」



 周囲の風が吹き荒れる。

 ふと思った。

 この感覚は、魔力があった頃と似てい――



「ぐはっ!!」



 その時。

 思考を断ち切る一撃が、腹に見舞われた。

 呼吸をも奪われた俺は、その場に膝をつき、影で覆い被さってくる相手を見上げた。

 今にも降り出しそうな曇り空を背に立っていたのは、アインの護衛兼ローディス家の剣術指南役、キルバルト。



「キルバルト!!」


「申し訳ありませんがお嬢様、これは剣術の稽古です。何より、戦闘中に目を閉じた坊ちゃんの負けです。聡明『だった』お坊ちゃんならわかりますよね?」


「あんた達……っ」


「そこまでにしておけ。アイン。それにカトリも」



 言ったのはベレトで、ローディス家の次兄。俺の兄でもある。

 ローディス家は五人兄妹なのだ。俺はその三男で、上に兄一人と、姉が一人、下には妹が一人いる。



「ベレト……。チッ!」



 アインが舌打ちする。

 本来貴族には身内の間にも強力な縦関係が存在するが、ベレトはスペックが別格のため、アインでさえ強く出れないでいた。

 何せ魔科学者でいながら、剣術でもアインを上回るような男だ。それでいて人格者でもある。

 ベレトにほんの少しでも野心があれば、ローディス家の領地を継ぐのは彼であろうと言われている。



「ありがとうベレト兄様。大丈夫? クロ」


「クロードお兄ちゃん、大丈夫?」



 姉であるカトリと、妹のエイチカが心配の声をかけてくれる。嬉しいが屈辱でもあった。



「くそっ!!」



 思わず拳で地面を叩いていた。

 チラリと横を見ると、アインが今もニヤニヤと笑っている。

 クソが!!

 やはりあの時、撃ち殺しておけばよかった。

 あの時はいわゆる『キレる』というやつだったのだろうが、冷静になった今でも心からそう思うぜ。

 こいつぶっ殺して人生終わるなら、それはそれで構わねえわ。

 割とマジで。



「父上」


「何か?」 



 家の壁にもたれかかって見ていた父、ディスケンスが言った。

 隣にはその腹心である『長槍のテリー』と、魔術指南役の猫型獣人、アイリスが立っている。



「今の戦いを見ていて、一つわかったことがあります。少しお時間をいただけませんか?」


「ほう」


「そしてその会合に、魔術指南役アイリスと、クロを同行させたいと思っています」



 え……?

 俺はベレト兄を見つめた。

 ベレト兄は俺に背を向けたままである。



「ふむ。構わないが、今日はこれからやることもあってね。そうだな。これから十二時間後の夜でもいいかな?」


「わかりました」



 父上とベレト兄が、事務的な会話を交わす。

 何だ?

 何がわかったんだ?

 しばらくして。

 ベレトが振り返った。

 その顔は――



 今まで見たことがないほど極悪に――笑っていた。



「うわあ!!」



 思わず俺は飛び上がった。



「どうした?」



 ベレトが尋ねる。

 恐る恐る、俺はベレトの顔を今一度見つめた。ベレト兄は、いつものように、仏のような顔で笑っている。



「クロ」



 ベレトが名を呼ぶ。

 何だったんだ? 今のは。

 気のせい……だよな?



 ◇◇◇◇その夜◇◇◇◇



 キィキィと鳴り響く廊下を進みながら、ベレト兄の部屋へと向かう。

 外では大雨と雷鳴が轟いているようで、時折挟まれる窓から稲光が閃いていた。



 コンコン。



 ベレト兄の部屋の前にきた俺は、扉をノックした。



「ベレト兄さん。いらっしゃいますか? クロード=ローディスです。本日の会合の前に、ご挨拶を――」



 俺は言葉を途中で詰まらせた。

 扉がほんの少し開いている。

 音を立てて、扉が前後に揺れていた。

 嫌な予感がした。

 急ぎ扉を開く。

 中は暗闇だった。

 開かれた窓から風が入り込んでいて、白いカーテンが揺れていた。

 また雷が響く。

 稲光が、ベッドに突き立った剣を照らしている。

 明かりもつけずに近づいた。

 見ると、ベットの上で人が寝ている。

 いや違う。腹の上に剣を突き立て眠るなんてこと、ありもんか。 

 よく見るとそれは――



 次兄。

 ベレトの死体だった。


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