第5話 セラード国へようこそ
「ここが、セラード国……」
列車から降りてみると、そこは今までに見たことがないような賑やかな街だった。
大きくてドーム型の建物がたくさん並んでいて、屋根は赤みがかったような色をしている。
細やかで繊細な模様の壁に、細長い窓がいくつも並んでいた。
「すごい……!」
「やはり、セラード国のジェラルツェの街並みは美しいな」
殿下は周りを見渡してじっくりと観察している。
「で……ニコラ様は来たことがあるのですか?」
「ああ、仕事で何度か来た。人柄も明るくて好きなんだ」
街を歩いている人に目を向けると、すらりと綺麗な人々が多い。
そんな中でマーケットのような市場が開かれており、子どもも数人走り回っている。
「アリス、ホテルに行こうか」
「……へ?」
聞き間違いだろうか、今なんかすごいお誘いを受けたような……。
私は信じられないものを見る目で殿下を見つめる。
すると、殿下は手を左右に振って否定した。
「さすがにそう意味で誘わない、今は」
「今は……?」
「だから、そんな目けだものを見るような目で見ないでよ! ほら、時計を見てごらん」
そう言って街で一際大きい建物の時計台に目をやると、針は七時をさしている。
「え、もう夜の七時なんですか!? でも、明るい……」
「ああ、ここらは夜八時までこんな風に辺りは明るいんだ。不思議だろう、気象関係が影響しているとも言われていてね、だから文化もちょっとうちの国と違うよ」
私は初めて知ることにふんふんと頷きつつ、文化の違いに驚きながらも少しワクワクしていた。
そうして殿下が言った「ホテル」という意味がわかり、私はカバンにしまっていた切符を取り出す。
そこには列車の切符と共にセラード国で宿泊するホテルのチケットが入っていた。
「ここに地図がありますね」
「では、そこに行こう」
そうして地図を見ながら歩き出そうとした瞬間、殿下に腕を引かれて私の体は背中側に一気に戻された。
「うわっ!」
「アリス、いきなり道間違えてる。こっち」
結局、殿下に案内されながらホテルへとたどり着いた。
自分の方向音痴を思い知ったところでため息をつく。
ホテルでは天井の高いエントランスに迎え入れられ、たくさんのホテルマンの方が挨拶をしてくれた。
そうして私がお辞儀をすると、にっこりと笑って「こちらへどうぞ」といってくださる。
絵画がたくさん飾られた豪華なエントランスを抜けて、列車の乗客は各々の部屋へと入って行く。
「ここが、お部屋ね」
そうして部屋に入って扉を閉じようとした瞬間、殿下も入室してくる。
「で、殿下!? どうして……」
私が尋ねる途中で殿下は嬉しそうに笑いながらチケットを見せた。
「同じ列車の部屋だということは……もちろん……?」
その言葉に嫌な予感がして殿下のチケットに目をやると、なんと同じ部屋のナンバーが書かれていた。
「うそ……」
なんと私は殿下とここで七日間同じ部屋で過ごすことになってしまったのだ。
「殿下、あの……」
「なんだい?」
「なぜ、ベッドは二つあるのに私の隣で寝ていらっしゃるのですか?」
「アリスが眠っている間に野盗に襲われでもしたら大変だろう」
「いや、ここはセキュリティのしっかりしたホテルですので、大丈夫かと」
「アリスが眠っている間に良からぬ輩が襲ってくるかもしれないだろう」
「……むしろ私は今の状況に危険を感じているのですが」
私はがばっとシーツを剥いで隣で優雅に寝ている殿下に抗議する。
「殿下っ! 私たちは夫婦でもないのですし、その……一緒に寝るのはいかがなものかと」
すると殿下は体を起き上がらせて胡坐をかくと、私の腕を引っ張ってそこにすっぽりを私をおさめてしまう。
恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまった私の耳元で吐息をわざと漏らすように甘い声で囁く。
「三か月後には私の妻になってくれるのだろう、アリス」
「う、う……」
「おや、嫌なのかい?」
「い、嫌ではないです……」
私が消え入りそうな小さな声で呟きながら俯くと、そのまま私を後ろから抱きしめる。
背中から伝わってくる殿下のあたたかさやがっしりとした胸板を感じて、私は体がどんどん熱くなってきた。
「で、殿下……」
「ん?」
「これ以上は……」
私が降参の意を示すと、ちゅっと私の耳元に殿下の唇がつけられて私は殿下の腕から解放された。
いまだに胸が高鳴って大きく肩を揺らしながら呼吸をしてしまう。
いつもいつも殿下にからかわれてばかりで、こんなことで彼の妻になれるのだろうか。
「ふふ、少しからかいすぎたかな。大丈夫だよ、一緒にいるけどちゃんと何もしない。なんなら私を縄で縛ってくれてもいいよ」
「そ、それはできませんっ!!」
「アリスは優しいんだから」と呟きながら、殿下はクローゼットへ向かって毛布を取り出すと私をベッドに横たわらせて、それをかけてくださる。
「ここらの夜はまだ冷えるから、これを着て寝て」
「あ、ありがとうございます」
そうして私の頭をひと撫ですると、「おやすみ」と言ってもう一つのベッドに向かう。
明かりが消されてほのかに薄暗い感じになると、私の瞼はゆっくりと重たくなっていく。
考えたらお母様の最期を見届けてからほとんどちゃんと眠っていなかったな。
「殿下」
「なんだい」
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
そう呟いたすぐ後に、私は眠りについていた──。
朝日がカーテンの隙間から入ってきて、その日差しが私の体をほのかにあたためている。
そのあたたかさで私はゆっくりと目を覚ました。
大きく背伸びをして目をパチパチとした後、ふあ~と大きな欠伸をする。
「見ちゃった、アリスの欠伸」
「ふえっ!?」
声のした方へ振り向くと殿下がすでにテーブルについて、まだベッドに入っている私をじっと見つめているではないか。
その顔といったら嬉しそうな悪戯っ子のような、なんともいえない意地悪な表情だ。
すっかり殿下と一緒の部屋で過ごしていることを忘れていた私は、急いで着替えを持って隣の部屋に行って着替えると、髪を手櫛でとかして殿下に挨拶をする。
「おはようございます、殿下!」
「おはよう、アリス」
テーブルにはすでにパンとハムエッグ、紅茶が並んでいる。
急いで席につくと二人で朝食を食べ始めた。
「いただきます」
パンはクロワッサンのようでサクッとしていて、バターが効いていて美味しい。
ほんのり甘い味がもう一口、といった感じで食欲をそそる。
「今日から五日間は自由行動だから、まずは目的の王族御用達の宝飾店に行こうか」
「そうですね、お母様のお弟子様というイルゼ様にお会いしてみたいです」
「では、支度が出来たらそこに行ってみようか」
「はいっ!!」
私たちは朝食を食べ終えて支度を済ませると、街にある宝飾店へと向かった。
「確か、この辺りだったはずだが……」
殿下も来るのは久々ということで辺りのお店を見て探していく。
すると、少し小さめの三角屋根のお店があり、宝石のマークが看板に書かれていた。
「ここ、でしょうか?」
「ああ。そうだな、ここで合っているはずだ」
私は扉を開けて中を覗きながら尋ねてみる。
「すみません……誰かいません……」
その時だった。
クリーム色の髪に翡翠のような瞳の小さな子どもが奥の部屋から出てきた。
「助けてくださいっ!!」
子どもは慌てた様子で私に抱き着いてきた。
何か緊急事態が起こっている、私はそこの子の背中を撫でて落ち着かせようとしながら、そう予感した。