墓守令嬢、王太子に捕まる(前編)
静寂が支配する墓所に、微かな鳥のさえずりが響いていた。陽が高く昇り、古びた石碑の影が短くなっている。
いつもと変わらぬ穏やかな時間が流れるこの場所に、一人の青年が足を踏み入れた。
レオンハルトは、ゆっくりと歩を進めながら、深く息を吐く。
(……今日こそは決着をつける!)
何度もプロポーズを試みては、ことごとくかわされてきた。だが、もう迷いはない。
墓所の奥に進むと、見慣れた背中があった。
エリゼだ。長い黒髪をきちんとまとめ、慎重な手つきで墓石を磨いている。
その姿を見て、レオンハルトは目を細めた。
「お前は、本当にこの仕事が好きなんだな」
彼が声をかけると、エリゼは手を止めて振り返る。
「ええ、私は墓守ですから」
いつもと変わらぬ落ち着いた声。
しかし、次の瞬間、彼女はふわりと微笑んだ。それは、今まで見たことのない表情だった。
レオンハルトの胸が、大きく跳ねる。
何かが決定的に変わった――そう確信した。
「……エリゼ」
彼はそっと彼女の手を取る。
「ちょっと、手が汚れますよ」
エリゼは少しだけ眉を寄せたが、嫌がる素振りはない。その指先に触れながら、レオンハルトはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「俺は、お前を愛している」
墓所の静寂が、さらに深まった気がした。
「……え?」
エリゼが瞬きをする。
「だから、俺の妻になれ」
「えっ……えっ?」
彼女の瞳が、困惑と戸惑いに揺れる。
「いや、ちょっと待ってください。あなたは英霊様たちに言われて私に求婚しているのでしょう?」
「違う。俺が、お前を好きだからだ。墓守でもなく、王太子妃でもなくーー」
レオンハルトはエリゼの瞳を真っ直ぐに見据え、真剣に伝える。
「エリゼ、お前という存在を、愛している」
「えっ……それって……?」
エリゼの思考が混乱しているのが手に取るようにわかる。
その後ろで、何やら英霊たちがざわついていた。
『ようやく気づいたか!!』
『遅いぞ、エリゼ!!』
エリゼが慌てて振り返る。
もちろん、英霊たちは目には見えない。だが、歴代の王たちが涙ぐんで喜んでくれているのか、なぜか分かった。
「……そんなに、心から応援してくださっていたのですか」
『もちろんだ!!』
レオンハルトは苦笑しながら、改めて彼女の手を握る。
「俺は本気だ。お前を手放すつもりはない」
エリゼは俯いたまま、しばらく黙っていた。そして、ぽつりと呟く。
「でも……私は墓守です」
「だから?」
「あなたの妻になるということーーつまり、いずれ王妃になるということは、墓守を辞めるということです」
彼女の言葉に、レオンハルトはわずかに眉を上げた。そして――
「ならば、王宮に墓所を作ろう」
「……はい?」
「お前が墓守を続けたいなら、それでいい。俺が側で支える。だから、墓所を王宮に移せばいい」
『おおおお!!』
歴代王たちの歓声が上がる。
『さすが、レオンハルト!!』
『よし、引っ越しだ!!』
『エリゼのためならば、墓所の移動くらい問題ない!!』
『むしろ、王宮の方が過ごしやすいかもしれん』
『夜中に王に会いに行くのも近くて楽だな』
エリゼは信じられないものを見るように、目をぱちくりさせた。
「……そんな、強引すぎます」
「俺はお前を諦めるつもりはない」
「…………」
長い沈黙が落ちる。
エリゼは、レオンハルトの大きな手に包まれた自分の指先を見つめた。
レオンハルトの言葉は、あまりにもまっすぐで、揺るぎない決意に満ちていた。
彼の手のひらから伝わる温かさを感じながら、エリゼは静かにまぶたを伏せる。
ーーどうして、こんなにも。
彼は王太子で、未来の国王で、自分とはあまりにも違う立場の人間だ。
最初に会ったときは、ただ厄介な人物が現れたとしか思わなかった。
けれど、何度も足を運び、何度断っても諦めず、それでも傲慢になることなく、墓守として、一人の人間としての自分を尊重してくれた。
レオンハルトは特別だった。
彼の声に耳を傾けるのが心地よくなり、彼が訪れない日があると、ほんの少しだけ寂しいと思うようになった。
彼が来ると、心の奥が穏やかになる。
そして、彼が笑うと、自分の胸の奥がひどく温かくなった。
ーーこの人が、側にいる未来を想像してしまう。
王妃になれば、墓守は続けられない。
けれど、それ以上に「彼のいない未来」を考えたときのほうが、胸が締め付けられるほど苦しかった。
レオンハルトとの未来か、墓守としての使命か、どちらかを選ばなければいけないと思っていた。
それなのに、レオンハルトは、いともあっさりと、エリゼの両方の望みを叶えてくれると言う。
静かに呼吸を整える。
心は、もう決まっていたのかもしれない。
レオンハルトがいない日常など、考えたくないほどに。
だからーー
エリゼはゆっくりと顔を上げ、彼の瞳をまっすぐに見つめた。
「……そこまで言うなら」
彼の手をそっと握り返しながら、静かに微笑む。
「あなたの申し出を、お受けします」
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本日もう1話投稿します。
次話『冷静墓守令嬢、王太子に捕まる(後編)』




