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王太子の宣言

『なあ、レオンハルト。お前、まだちんたらしとるのか?』


 突然頭の中に響く英霊たちの声に、レオンハルトは眉をひそめた。


(……またか)


 墓所の見回りを終え、ふと休憩しようとした矢先だった。

 最近は夢の中だけでなく、こうして起きている間にも、英霊たちは勝手に話しかけてくる。


「せめて昼間くらい、静かに眠っていてくれ」

『静かに眠るどころの話じゃない!お前がぐずぐずしている間に、エリゼが他の男に攫われるぞ!』

「……は?」


『エリゼは王家に仕える墓守の家系だ。つまり、代々王家と深い関わりを持っている』

「そんなことは知っている」

『問題はそこだ!エリゼと結婚すれば、王家との関係を強められると考える貴族が多いのだ』


 それは初耳だった。

 高位貴族でもない、しかも墓守という立場から、グリムハイト子爵家は社交界では決して目立った存在ではない。その役割から、意図的に影に徹しているとも言える。

 しかし、少し考えればわかることでもあった。


「……つまり、政略結婚の対象になると?」

『そういうことだ。だが、それだけではない。』

「まだ何かあるのか?」

『エリゼは一見地味に見えるが、実はかなり美しい』


 レオンハルトは言葉を失った。


『お前も気づいているだろう?あの涼やかな黒髪、凛とした瞳。慎ましやかながらも、気品のある佇まい』


(…………まぁ、認める)


 そう言いながらも、胸の奥でわずかにざわつく感情に気づく。


『実際、すでに何人かの貴族が本気でエリゼを口説いているぞ』


 レオンハルトは眉をひそめた。


『そうこうしている間にも、今まさにエリゼが求婚されているぞ』

「……何だと!?」


 レオンハルトは急いでエリゼの元へと足を速めた。



   ◆



「エリゼ、あなたはずっとこんな墓所に閉じこもっているつもりなのですか?」

「私はここが好きです」

「だが、それは君がまだ知らないだけでしょう。本当の幸せを」


 墓所の一角で繰り広げられる会話に、レオンハルトは目を細めた。


(あれか)


 伯爵家の次男――名前は覚えていないが、確か兄が嫡男で、こいつは次男坊だったはずだ。

 こういう男はたいてい、政略結婚で立場を強めるしかないと考えている。


(つまり、こいつはエリゼを踏み台にするつもりか)


 不快感がこみ上げる。


「あなたのように美しい女性が、墓守として人生を終えるのは惜しい」


(……美しい、ね)


 普段、エリゼは地味な服装をしているが、それでも美しく品のある顔立ちをしていることは、見る人が見ればわかることだ。

 だが、エリゼの真価はそんなものではない。


『おい、レオンハルトよ。そろそろ動かねば、本当に奪われるぞ!』

「……チッ」


 レオンハルトは苛立ちを隠しもせず、彼らの方へ足を踏み出した。


「あなたにはもっとふさわしい人生があるはずだ。例えば、私とともに――」


 伸ばした男の手を払い、エリザを守るように抱き抱えて、レオンハルトは王者の風格で告げた。


「彼女は私の愛しい女性だ。遠慮してもらおう」


 レオンハルトの低い声が墓所に響いた。

 男が驚いたように後ずさった。

 エリゼも目を瞬かせ、レオンハルトを見上げた。

 だが、最も驚いているのは――


(……待て、俺は今、何を言った?)


 レオンハルトは、エリゼを「妃候補」や「王太子の大事な女性」として、彼には相応しくないと告げるつもりだった。


 だが、無意識に出た言葉は「愛しい女性」でーー


 英霊たちが歓声を上げる。


『よく言った!』

『ついに言ったな!』


(いやいや、待て。)


「殿下……?」


 エリゼが戸惑ったように呼ぶ。

 男も顔を青ざめさせながら「で、殿下の、愛しい女性……?」と呟く。


 しまった、とも思う。だが、引く気もなかった。

 レオンハルトは男を鋭く睨みつける。


「エリゼは、私のものだ」


 男は気圧されたように口を開閉し、次の瞬間、「失礼しました」とぎこちなく頭を下げてそそくさと退散した。


 エリゼは静かにレオンハルトを見上げる。


「……殿下」

「……なんだ」


 エリゼは小さく息をつき、ふっと微笑んだ。


「ありがとうございます」


 それは、今まで見たことのない彼女の表情だった。

 普段は冷静で凛とした佇まいを崩さない彼女が、頬をわずかに赤らめ、どこか柔らかい雰囲気をまとっている。


 ――不意に、胸の奥が強く締めつけられた。


(他の男に渡したくない)

(この笑顔は、俺だけに見せてほしい)

(エリゼと結婚するのは俺だ)

(俺は、ただこいつを娶りたいわけじゃない)

(エリゼの知恵は国のために)

(エリゼの美しい髪に触れたい)

(こんな聡明な女性は逃してはいけない)


 様々な感情が胸の奥で蠢く。


 そして、最後に残ったのはーー


(そうか、俺は、エリゼをーーただの一人の女性として、好ましく思っているのか)


 王太子ではない、レオンハルトという一人の人間としての、素直な気持ちだった。


 レオンハルトはわずかに目を伏せ、動揺を隠すように口を引き結んだ。


「……ふん」

「殿下?」

「なんでもない。行くぞ」


 戸惑うエリゼの手を引き、レオンハルトは先へと歩き出す。


 その胸の奥ではすでに、彼女を求めるだけでなく、共に未来を歩みたいという感情が芽吹き始めていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

よろしければ、評価、リアクション、ブクマいただけると幸いです。


次話『墓所の静寂を破る者』

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