英霊たちの(役に立たない)恋愛指南
夢の中、レオンハルトは広大な庭園に立っていた。周りには、歴代王たちが集まっており、その顔はどこか得意げだ。
『よく来たな、レオンハルト。待っていたぞ』
「……来たくて来たわけじゃない」
レオンハルトはため息をつきながらも、いつの間にか現れていた円卓の椅子に腰を下ろす。
『今日はお前に恋愛指南するために集まったのだ』
「恋愛指南……?」
レオンハルトは眉をひそめる。
『その通りだ!』
『お前もいい年だし、さっさとエリゼをモノにしろ』
『早速、アドバイスじゃ』
正面の席に座った王がふっと優雅に言う。
『まずは、愛の言葉を囁け!』
「…………」
『あとは、贈り物だな!』
『女性は甘いものに弱い。更に流行りのものなら間違いない!』
『いやいや、ここはやはりロマンチックに美しい花じゃろうて』
『夜の墓所でデートも捨てがたい!』
『これで決まりだな、レオンハルト!』
『さあ、まずは愛の言葉を練習だ!今すぐだ、今すぐ!』
レオンハルトは、思わず勢いに負けて言葉を準備する。
(よし、これなら大丈夫だ。落ち着け……)
レオンハルトは深呼吸し、静かに言葉を紡いだ。
「エリゼ、お前は俺にとって、なくてはならない存在だ。お前の静かな微笑みが、俺の心を和らげる。お前の瞳に映る世界を、共に歩んでいきたい」
(……は、恥ずかしい!新手の拷問か、これは!)
沈黙に積まれる庭園。
そしてーー
『ヒューヒュー!』
『おお、素晴らしい!』
『流石だ、流石!』
『伝わる!伝わるぞ!』
『さすがワシの孫!』
『キュンキュンした!』
英霊たちは大絶賛だ。これならーー
その時、エリゼの声が夢の中から返ってきた。
『……殿下、私は殿下を……』
「え?」
レオンハルトは驚き、その瞬間、目を覚ました。
「これは……夢か。」
どこまでが夢だったのだろうか。
最後のエリゼの言葉……その先を期待して、レオンハルトは顔を赤らめた。
◆
目を覚ましたレオンハルトは、意を決してエリゼのいる墓所へ向かった。
墓所に入った途端、英霊たちの声が耳の奥で響き、彼を励ます。
『さあ、レオンハルト!さっきのセリフを言うんだ!』
『お前の言葉が一番大事だぞ!』
(うるさい……)
歴代王たちの熱いアドバイス。
どうやらエリゼには聞こえていないらしい。自分にだけ話しかけているということか。
英霊たちは意外と器用にその力を使う。もっと、国家のためにそのお力を発揮していただきたい。
レオンハルトはやや呆れながらも勇気を振り絞った。
「……エリゼ、お前は俺にとって、なくてはならない存在だ」
「?」
「お前の静かな微笑みが、俺の心を和らげる。お前の瞳に映る世界を、共に歩んでいきたい」
「…………」
エリゼはじっとレオンハルトを見つめた。
『おお、かっこいい!その調子だ!』
『伝わる伝わる、完全に心に響いているぞ!』
『お、キマったか!?』
英霊たちが期待に目を輝かせている、ような気がする。
「……つまり、私の存在は殿下の政務に有益である、という意味ですね?」
「…………」
(ちがああああああう!!)
『なぜだ!?なぜ伝わらぬ!?』
『愛の言葉が足りんのでは!?』
『もっと情熱的にいけ!』
レオンハルトは英霊たちの無責任なヤジを無視し、額を押さえた。
「いや、そういう意味じゃーー」
「……?」
エリゼの無垢な瞳がレオンハルトを見つめる。
(仕事に関しては聡明なくせに、恋愛ごとにはこの鈍感さ……どうにかならんのか……!?)
レオンハルトと英霊たちのため息が、墓所に吹く心地よい風に溶けていった。
◆
英霊たちのアドバイスは、愛の言葉だけではなかった。まだ、打つ手はある。
『贈り物だ!今すぐエリゼに贈り物をして、心をつかむんだ!』
「……わかりました」
レオンハルトは墓所に来る途中で手配した、王都で評判のお菓子をエリゼに手渡した。
「エリゼ、これを受け取ってくれ。」
エリゼは箱を開けて、焼き菓子を見つめる。
「……お供えですか?」
『お供え!お供え!?』
「お、いや、それは違――」
「ありがとうございます。」
「いや、その、これは……」
エリゼの真顔での言葉に、レオンハルトは頭を抱えて悩む。
『て、手強い……!』
英霊たちの声が、虚しく墓所に響いていた。
◆
『最後だ!』
『これで決めろ!デートだ、デート!』
一日の終わり。
少し夜の薄闇がかかり始めた頃、レオンハルトは英霊たちに教えてもらった、墓所に咲く幻の花までエリザを連れて来た。
花弁が仄かに光り、宵闇を幻想的に照らしている。
「エリゼ、見てくれ。これは今夜一晩だけ咲く幻の花だ」
「……美しいですね」
(よし、これなら……!)
『やった!これはうまくいったぞ!』
英霊たちも手応えを感じている。
しかし、続くエリゼの返答は意外なものだった。
「この花は、彼岸と此岸を結ぶ花と言われています。英霊様たちに捧げれば、とても喜ばれるでしょう」
レオンハルトはその言葉に再び肩を落とす。
(やっぱり、ダメか……)
『我らに花を捧げるより、レオンハルトに捧げられた花を受け取れ!!』
冷静墓守令嬢はの前に、歴代王たちと王太子は項垂れるのであったーー。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次話『王太子の宣言』