墓守見習いと、墓守の使命(後編)
本日2話目の更新です。
先に『墓守見習いと、墓守の使命(前編)』をお読みください。
「……それで、私に何の用ですか?もう墓所を閉める時間なのですが」
夜の墓所。今夜は満月だ。月が英霊たちの眠る墓を冷たい光で照らしている。
レオンハルトはまた政務の相談をしようとエリゼを訪ねていた。あわよくば月夜の散歩に誘えないかという、少し邪な気持ちも抱きながら。
彼女は相変わらず無表情で、冷静な態度を崩さない。
「少し話を――」
その時ーー
『お前ら、さっさとくっつかんかい!!』
「!?」
突然、空気が変わった。
レオンハルトは驚いて辺りを見回したが、エリゼは微動だにせず、ただ静かにため息をついた。
墓所に響き渡るのは、複数の声。だが、そこには誰もいない。何故か、思わず背筋が伸びた。
「おい、今の……」
「……静かにしてください」
エリゼがため息混じりに言う。
レオンハルトは反射的に口を閉じたが、どうやら彼女が静かにしろと言ったのは自分に対してではないらしい。
再び声が降ってきた。
『おいエリゼ、さすがにそろそろ受け入れろ!』
『この男、なかなか見込みがあるぞ!』
『どうせなら若いうちにくっついた方が楽しいだろう?』
「だから、勝手に騒がないでください」
まるで、大勢の人が自分たちを取り囲んで話しかけてきているかのようだ。なんとなく既視感を覚える。
「……お前、誰と話してるんだ?」
半ば答えを予想しつつレオンハルトがそう問うと、エリゼは一瞬、言葉に詰まったように見えた。しかし、すぐに諦めたように答えた。
「……英霊様たちです」
「英霊……」
予想通りでありながらも、驚きの回答だった。
まさか夢ではなく、現実の世で英霊たちの声が聴けるとは。
「墓守の仕事のひとつは、英霊様たちと対話し、彼らの知恵を未来に生かすこと。王国の歴史を正しく継ぐための、極秘の務めです」
レオンハルトは息をのんだ。
「そんなこと……俺は知らないぞ……」
「ええ。歴代の国王陛下にのみ、受け継がれる秘密です。だから、本来なら殿下に話すべきではないのですが……彼らが騒ぎすぎました」
エリゼが小さく溜息をつくと、再び墓所に英霊たちの声が響いた。
『まったく、こいつらの恋愛は遅すぎる!』
『昔の王族はもっと積極的だったぞ!』
『レオンハルト、お前、そろそろ本気を出せ!』
「……あなた方、王家の先祖なのに発言が軽すぎやしないか?」
レオンハルトは呆れながらも、心のどこかで妙な安心感を覚えた。
歴代王たちが、こんなにも賑やかで、彼らなりに王国を想い、未来を託そうとしている。
夢の中では意識が曖昧で、目が覚めた後は必要な情報を思い出すのに必死だったが、こうして現実で声を聴くと、この騒がしさもどこか温かさを感じる。
(そうか……王家の歴史は、こうして墓守によって守られてきたのか)
改めて、墓守という役職の意味を痛感した。
「墓守は、王家の歴史を支える者」
エリゼは静かに語った。
「でも、誰でもなれるわけではありません。英霊様たちに認められた者だけが、その務めを果たすことができます」
「つまり、お前が一人でこの墓所を守っているのは……」
「ええ。今代で英霊様たちに認められたのは、私一人です」
レオンハルトは改めてエリゼを見た。
(ただの墓守じゃない……この国の根幹を支える存在だ)
彼女がいなければ、王家の歴史は正しく継承されず、未来の指針を誤る可能性がある。
(そんな大役を、こいつはたった一人で背負ってきたのか)
彼女の無表情の奥にある、強い覚悟と責任感が見えた気がした。
レオンハルトは深く息をついた。
「エリゼ」
「……何ですか?」
「俺は今までお前を、単に英霊たちがうるさく勧めてきた相手としてしか見ていなかった」
エリゼの瞳が、わずかに揺れた。
「だが今は、王太子妃として本当にお前が必要だと感じている」
「……どういう意味ですか?」
「お前がいなければ、王家は歴史を正しく継ぐことができない。墓守の仕事は、それほど重要なものだった」
「それは、私の役目であって、結婚とは関係ないことでは?」
エリゼは淡々とした口調で言ったが、どこか戸惑っているようにも見えた。
レオンハルトは一歩、彼女に近づいた。
「王家にとって、お前の存在は必要不可欠だ。それを理解した上で、お前を俺の隣に迎えたい」
「…………」
「そして……」
レオンハルトは少し躊躇して、エリゼから目を逸らしながら告げた。
「どうやら俺は、お前に惹かれているらしい。お前の仕事に対する真摯な姿が……心から離れない」
エリゼは言葉を失ったように、静かにレオンハルトを見つめた。
英霊たちの声が、どこからか聞こえてくる。
『ほら、ついに本気を出したぞ!』
『このまま押せ!』
『エリゼ、さすがにここまで言われたら揺らぐだろう!?』
エリゼは、静かに目を伏せた。
「……殿下の考えは理解しました」
「……それで?」
「ですが、私は殿下のお隣に立つ覚悟はありませんし、殿下に対して、まだそのような感情を抱いていません」
「…………」
痛烈な一言だった。
英霊たちが『おいおい!』と騒ぎ立てる。
レオンハルトは深く息をついた。
「……ならば、これから抱かせてみせるさ」
「?」
「お前が俺に靡いていないことは、わかってる。だが、お前が王太子妃としてふさわしいのは間違いない。そして、俺はお前が欲しいと思っている」
「…………」
「だから、お前が俺の妃になるまで、絶対に諦めない」
エリゼはわずかに目を見開いた。
英霊たちは大歓声を上げている。
レオンハルトは微笑みながら、彼女に宣言した。
「覚悟しておけよ、墓守殿」
エリゼは静かに、しかし確かに、心臓の鼓動が早まるのを感じていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次話『英霊たちの(役に立たない)恋愛指南』