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墓守見習いと、墓守の使命(前編)

「……つまり、王太子殿下が私の仕事を手伝うと?」


 エリゼは無表情のままレオンハルトを見つめた。


「そうだ。まずはお前の日常を知ることで、より良い関係を築くためだ」

「結婚を前提とした関係という意味ですか?」

「そ、そうだ」

「お断りします」


 ……即答だった。

 レオンハルトはぐっと拳を握りしめた。

 またしても夢の中に現れた歴代王たちに「アピールの第一歩は彼女の仕事を理解すること」と言われ、覚悟を決めて来たのに、初手から拒否されるとは。


「だが、英霊たちが俺に墓守の仕事を学べと言った。お前も墓所の管理を手伝ってくれる者がいた方が助かるだろう」

「王太子殿下が雑務をするなど前代未聞です」

「俺は王族だが、王国の未来を守るためなら労を惜しまん」


 エリゼは一瞬考える素振りを見せた後、静かにため息をついた。


「……いいでしょう。ですが、私は一切手加減しません」

「望むところだ」


 こうして、王太子レオンハルトは「見習い墓守」としてエリゼの仕事を手伝うことになった。



   ◆



 墓所の掃除、供物の入れ替え、古い記録の整理……。

 レオンハルトは普段の王宮の生活とはかけ離れた仕事に四苦八苦していた。


「……殿下、そこはもう少し優しく拭いてください。石が傷つきます」

「すまん……」


 エリゼの指導は容赦なかった。

 そんな中、英霊たちは夢の中で毎晩アドバイスをくれる。


『エリゼは真面目な女だ。その仕事ぶりを褒めろ!』

『時にはロマンチックな雰囲気を作れ! 墓所は静かで二人きりの空間だから、いいムードになりやすいぞ!』


 レオンハルトは、彼らの助言を真に受けて実践することにした。


「エリゼ、お前の働く姿は美しいな」

「ありがとうございます。殿下もちゃんと働いてください」

動じない。


「仕事熱心な女性は魅力的だと思う」

「それは良かったですね。仕事をサボって女性を口説く男性は魅力がないと思いませんか?」

全く動じない。


「お前と共に過ごす時間が、俺にとって貴重なものになりつつある」

「貴重な作業時間です。では、次はあちらをお願いします」

完全に動じない。


「……っ!!」


 レオンハルトは墓石を磨く手に力を込めた。 


(英霊たちよ、どういうことだ!?)


 彼の奮闘をよそに、エリゼは淡々と作業を進める。


「……王族にしては働き者ですね」

「……褒めているのか?」

「評価を述べただけです」


 墓守として、墓守見習いへの評価。

 それはつまり、「あなたを恋愛対象とは見ていません」という無言の宣言だった。



   ◆



「エリゼ、墓守とは単に墓を管理するだけではないのか?」


 ある日、墓所の書庫で古い書物の整理をしながら、ふとした疑問をレオンハルトが口にした。


「お墓の管理は表面的な仕事です。本質は『王国の歴史を受け継ぎ、英霊様たちの知恵を後世に伝えること』です」


 エリゼは書庫の奥から一冊の古書を取り出し、レオンハルトに手渡した。


「これは?」

「百年ほど前に、当時の王が自ら書かれた治世の記録です。王がどのような判断を下し、何を後悔したかが記されています」


 レオンハルトはページをめくった。その記述の詳細さに驚く。


「こんな資料が残っていたとは……」

「墓守は記憶の管理者でもあります。私たちの仕事は、単に故人を弔うことではなく、彼らの知恵を未来へつなぐこと」


 レオンハルトは改めてエリゼを見た。

 彼女はただ冷静に、しかし誇り高くその役目を果たしている。


(……この女、ただ者じゃない)



   ◆



 ある日、王宮での政務に行き詰まったレオンハルトは、こっそり墓所へ向かった。


「エリゼ……少し時間をくれ」

「何か問題でも?」

「国の財政についてだ。改革案を考えているが、一部の貴族が反発していてな」


 エリゼは書庫から先日とは別の古書を取り出し、ページをめくった。


「過去にも同じような問題がありました。三百年ほど前、税制改革を行った際の記録です」

「……なるほど。貴族たちの意見を取り入れつつ、段階的に制度を変えたのか」

「この方法なら、貴族側の反発も和らぎますし、民の負担も軽減できます」


 レオンハルトは感心した。


「お前、王族より王族らしいな」

「墓守の仕事ですから」


 その誇り高き言葉に、彼の胸は妙な感情で満たされた。


(……エリゼは、国のために生きているんだな)


 レオンハルトは彼女をただの婚約者候補ではなく、尊敬すべき存在として認識し始めていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

本日もう1話投稿します。


次話『墓守見習いと、墓守の使命(後編)』

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