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王太子の突然の求婚(後編)

本日2話目の投稿です。

先に『王太子の突然の求婚(前編)』をお読みください。

 エリゼ・グリムハイト。

 王家に仕える墓守の一族に生まれ、代々の英霊たちを敬い、その職務に誇りを持つ女。


 王族ですら足を踏み入れるのに緊張する王家の墓所で、彼女はひとり静かに働いていた。

 その佇まいは、どこかこの世のものとは思えないほど静謐で――そして、王太子のレオンハルトには全く興味を持ってくれない。


(……こんなことがあるのか?)


 レオンハルトは、思わず己の胸の内に問いかけた。

 王家の者が求婚すれば、相手は当然戸惑い、光栄に思い、慎重に返答をするものだ。

 だが、エリゼはあまりにも冷静だった。

 それどころか「お断りします」とはっきり言い放った。


(……俺のことがどうでもいい、というわけか?)


 レオンハルトは若干の違和感を覚えた。いや、正確に言えば、この違和感は最初に彼女と出会ったときから感じていたものだ。

 エリゼは王族に対する敬意を忘れた無礼者ではない。言葉遣いも丁寧だし、礼儀も心得ている。

 だが、それ以上の関心が一切ない。


(普通なら多少なりとも俺に対する好奇心や、警戒心くらい持つものだろうに)


 それがない。

 エリゼはただ、王家の墓守としての責務を果たし、英霊たちを敬い、淡々と生きている。


(……そうか。俺はこの女の中で、英霊以下の存在なのか)


 妙に納得してしまった自分に、レオンハルトは軽く苛立ちを覚えた。

 彼女にとって重要なのは英霊たちであり、王太子である自分など取るに足らない。


(いや、待て……それなら、なぜ英霊たちの命令を拒否できる?)


 エリゼは英霊たちを敬い、その言葉を何よりも大切にしている。

 それなのに、彼らがレオンハルトに「エリゼと結婚せよ」と言ったにもかかわらず、彼女はそれを拒絶した。


(英霊たちの命令よりも、墓守の職務の方が大事だと考えている?)


 いや、違う。


 彼女は墓守の使命を大切にしているが、それは決して英霊たちの言葉に盲従しているわけではないということだ。


 ――この女は、ただ英霊に従っているのではない。

 彼女自身の意志で、墓守という職務を選び、誇りを持って生きているのだ。


(……なるほどな)


 少し、興味が湧いた。

 レオンハルトはエリゼをじっと見つめる。


「なぜだ?」

「何がですか?」

「お前は墓守だ。英霊たちに仕えるのがお前の使命だろう。なぜ今回の命令は拒む?」


 エリゼは一瞬だけ、レオンハルトの瞳を見つめた。

 冷静なまなざし。

 何も感情を揺らすことなく、淡々と。


「……それは、英霊様たちが本気ではないからです」

「本気ではない?」

「ええ。彼らは単に、殿下をからかっているだけですよ」

「…………」


 墓所に静寂が戻る。

 遠くで鳥の声が聞こえた。


(英霊たちが……俺をからかっている?)


「なぜ、そんなことがわかる?お前は王族ではない。夢を通じて英霊たちの声を聞くことも不可能だろう?」

「…………」


 エリゼは少しだけ間を置いてから、冷静に答えた。


「確かに、私は王族ではありませせんから、夢で彼らに会うことはできません。しかし、私は墓守ですから。歴代の王たちの記憶を持っています。」

「王たちの記憶…それは、どういうことだ?」


 レオンハルトは驚いたようにエリゼを見つめた。

 エリゼは少し慎重に、言葉を紡いだ。


「……歴代の王たちが眠るこの墓所は、単に彼らの身体が眠っているだけではありません。彼らの人となりや生き様、様々な記録が収められています。王家の墓守はそれを受け継ぎ、過去の知恵を未来へ繋げる役割を担っています。」


 そのような役割があったとは、レオンハルトも初めて知った。


「しかし、過去の記憶はあくまで参考であり、最も重要なのは今、この瞬間の人々の意思です」


 レオンハルトを真っ直ぐに見据え、彼女は最後の言葉を言い切った。

 そして、レオンハルトは改めて気づいた。


(……この女は、本当に面白い)


 英霊たちを敬いながらも振り回されず、墓守としての責務に誇りを持ち、王太子の求婚にも動じない。

 一見すると冷静すぎるほどだが、決して無感情ではない。むしろ内面は熱い。

 意思を通すためならば、堂々と王太子である自分を拒絶する強さもある。


(……いいだろう)


 レオンハルトは口元を歪めた。


「エリゼ・グリムハイト」

「何でしょうか?」

「英霊たちはからかい半分かもしれないが、俺は本気だ」


 エリゼの眉が、わずかに動く。


「……どういう意味ですか?」

「お前は俺の求婚を断ったが……俺はまだ、諦めたわけではない」

「…………」

「俺はまだ、お前のことを何も知らない。だが、お前の英霊たちに対する態度、墓守としての誇り、そしてその聡明さ――興味が湧いた」


 レオンハルトは堂々とした態度で宣言した。


「だから、これから知っていくつもりだ」

「…………」


 エリゼは静かに、彼を見つめている。

 その心中を読み取ることはできない。

 だが、ほんの一瞬だけ、彼女の瞳がかすかに揺れたように見えた。


(……少しは動揺したか?)


 彼は密かに満足し、にやりと笑う。


「では、また来る」


 そう言い残し、レオンハルトはその場を去った。


 ――これからが、本番だ。

 次は、もう少しエリゼの心を動かしてみせる。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


次話『墓守見習いと、墓守の使命(前編)』

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