第22話 生死を彷徨う水の中
城内の地下通路にある水路に逃げ込んだヨクドリアとイラリオは息継ぎ無しで、ずっと泳ぎ続けた。逃げられるところまで、どこまでも。いつかたどり着く出口、きっとこっちに行けばお城から離れられる。
迷路のように流れる水路は、城の兵士たちでさえも順路を知らない。全て分かっているのは、この城の持ち主の王だけだ。水路の地図をテーブルの上に広げて、どこへ逃げたか把握する。手当たり次第に捜索したが、どこにもいない。
ギェナコビン帝国のアレース王は反逆者扱いとしてヨクドリアとイラリオを指名手配した。あちこちに懸賞金をかけたポスターを作成して、ばらまいた。城下町で指名手配書だらけになるくらいだ。
「懸賞金が三百万円だって?! こんなに貰えるなら、お店ごと買い換えられるな。なぁ、母さん」
「父ちゃん、そんなのより、店番しっかりしなさいよ。お店のものは一個も無駄なものが無いんだからね!!」
音を鳴らして、八百屋の店主の頭をカゴで叩いた。夫婦で切り盛りして働いて何十年。確かにお店の屋根はボロボロになってきた。新調したいところだが、後継者もいないお店もあと何年続けられるか分からない。いくら、懸賞金三百万円あったところで満たされないものだ。
「なんだ、なんだ。このポスターに目も向けないか! これは懸賞金だけじゃないんだぞ。小さい文字で書かれているが、舞踏会の招待もされるんだ。一生に何年あるかないかの舞踏会に参加できるんだから、贅沢なことだぞ」
通りかかった槍を装備した門番の兵士が吹き飛ばしたポスターを拾って八百屋の店主に渡した。
「舞踏会ですか……ずっとここに住んでいたけど、生まれてこの方一度も舞踏会には行ったことがないなぁ。なぁ、母さん。行ってみたくはないか」
「行けるもんですか、こんなダサい服着て、誰が見たいんですか。年老いたばばぁの恰好など……」
「無料でドレスのレンタルもできるらしいぞ。食事も勿論、代金はかからないと書いてあるぞ?」
「?! なんですって。それは行かないと考えるのはおかしな話ね。行きましょう、行きましょう。絶対行きましょう。あなた、ほら、油売ってないで、指名手配の彼らを今すぐ探してきてちょうだい!」
「……そんな、無茶な。野菜とか向き合ってきてない俺に人の顔を見分けられるかって」
「野菜と似たようなもんですよ。お向かいの武器屋さんなんて、カボチャみたいな顔して、道具屋なんて、豆粒ですよ。ほーら、すぐわかるじゃないの!」
「豆粒?! お前、だいぶ失礼なやつだな?」
「あ・な・た。野菜なんて、見なくていいから。ほーら!」
「えーー!?」
八百屋の店主は、笑顔の門番の近くまで押されて進まざる得なくなった。
「人探しより、野菜探してる方がよっぽど……」
「何か言いました?!」
「いえ、何も。そこの、あんちゃん。この、犯人のめぼしとかないの。どの辺に逃げたとか……」
「んー? 最後に見たのは城内の地下通路水路だと聞いている。あと少しで宿屋の店主が捕まえそうだったんだ。取り損ねたらしい」
「水路……そこをたどればってことか」
「捕まえたら、すぐに兵士を呼べ。懸賞金はそれからだぞ」
「分かっていますよ」
「あなた、いってらっしゃい! 捕まえるまで帰って来なくていいからねぇ」
八百屋の店主の妻はご機嫌に手を振っていた。あまりにも笑顔になっているため、近所の主婦たちがどんな楽しいことが起きているか気になって集まって来ていた。いつもよりも野菜の売れ行きが良くなったのは言うまでもない。
――――その頃のヨクドリアとイラリオはというと
「……ぷはぁ!? やっと息ができたぁ! 死ぬかと思ったぜ。おい、ヨクドリア、大丈夫か」
一緒に水路を泳いできた二人は川の勢いに飲み込まれて、大きな川から深い滝つぼの激しく落ちていた。幸いにも水の深さでケガをすることもなく、ジャンプ台の上から落ちたような感覚で生還できていた。イラリオは、元々運動神経に長けていたこともあり、恐怖心はなかった。ヨクドリアの方は、泳げはするが、長距離を泳ぐことは今回が初めてだったらしく、かなり衰弱しきっていた。滝つぼに落ちると、うつぶせの状態で浮かんでいた。
「おいおいおい。冗談は勘弁してくれよ!? ヨクドリア!!」
川辺に急いで泳ぎ引っ張るイラリオは、ただでさえ体力が消耗していたが、力を振り絞って運んだ。岸辺に着いた瞬間にぐったりうなだれる。
「俺も死にそうだわ……ちくっしょーー。ヨクドリア!!」
仰向けに寝ているヨクドリアの頬をパチンと叩いた。目を覚まして、げふっと、飲み込んだ水を吐き出した。
「良かった。危なく、俺が人工呼吸しなきゃいけないと思ったぜ。やだぜ、ここでお前と口づけなんて!」
「げ、げーーーー! マジかよ。絶対ヤダわ」
「こっちだってヤダよ! って、助けてもらった人へかける言葉か?」
「……ふん。どうも、ありがとうございました!」
棒読みでお礼を言うヨクドリアにイラ立ちを隠せない。びしょ濡れの体に衰弱しきった体を起こすことができない。体の震えが止まらない。寝転んだまま、二人は川辺で天を見上げた。
「「生きてて良かった」」
「声を重ねるな! 声を」
「そっちこそ!!」
二人は喧嘩をしながらも、お互い生存を喜び合った。眩しい太陽の光が滝つぼを照らすと虹が浮かびあがっていた。このまま良い事が起きるといいなと願った。




