第21話 忍び寄る偽善者
赤い屋根の上で夫婦のスズメが仲良く近づいて、空に飛び立った。鳴き声が部屋の中にまで響いている。久しぶりにふかふかの白いベッドの上で寝ることができたヨクドリアは、幸せすぎて体を起こしたくなかった。このままずっとふとんに包まれて、夢の中で過ごしたいとさえ思ったが、そうもいかなかった。寝返りを打つと、左足の裏がむずむずした。何かが足に触れている。いたずらされていると思ったヨクドリアは、ぐいぐいっと足で蹴飛ばしたが、しつこいくらいに足がくすぐったくなった。
「ちょ、いや、ぐははは……やめてぇ、無理無理!!」
「やっと起きたか……いつまで待たせるんだよ」
「な?! 何の話だよ。いいだろ、寝てたって!」
「お前なぁ、ここにいつまでもいられると思っているのか?」
イラリオは、肩をくすめて話し出す。手には、鶏の羽根がついたペンを持っていた。ヨクドリアの足をくすぐった道具が分かった。
「あ! それで俺の足を触ったな?!」
「今はその話をしてないだろ? いい加減に気づけよ。追ってがいるってことを!」
その言葉を発してすぐにヨクドリアの頭をかすめたのは一本の大きな矢。宿屋の壁にある鹿の剥製のそばをぐさりと刺した。宿屋の大きな窓ガラスが割れて床に破片がこぼれている。
「どこからこんなものが? 力強いな!」
ぐっと力をくわえて矢を引き抜いたが、かなり強力な力で刺さったことが分かる。硬くて鋭かった。
「俺の頭を吹っ飛ばす気だったのか?」
「そんな悠長なことを言ってられるかよ。逃げるぞ、急げ」
宿屋の店主が、手招きして誘導する。状況をすぐ読んでくれたようで、地下への入り口へと案内された。イラリオは、ヨクドリアが寝ている間に店主とタッグを組んで逃げ道を考えていた。果たして、本当に信頼していい人なのかは謎だった。ヨクドリアは疑いを持ちながら、二人の後ろを着いていった。
はしごを降りると長い水路があった。端の方でネズミの親子が一列になって移動していた。水の落ちる音がどこからか聞こえてくる。ヨクドリアは、何も言わずに歩いていると、三人の足音が妙に響くのが気になった。
「なぁ、イラリオ。この地下通路ってどこまで続いてるんだ?」
「しっ! 静かにしろよ、後ろから誰かに気づかれたらどうするんだよ」
「誰かって誰だよ。そもそも、足音がどこを歩いても響いてるんだから、意味ないだろ?」
「……確かに。でも、今は、なるべく話さない方がいいって!」
「お客さん、さっきから何を言ってるんですか?」
先頭を歩く宿屋の店主はああでもないこうでもないと会話する二人の声が響いて、どの口が静かにしろと言うのだろうと疑問に思った。
「何って……静かにしようとしただけですよ。なぁ、ヨクドリア」
「え……まぁ……」
「だから、さっきから誰から逃げようとしているって、話ですよ」
「「え?」」
宿屋の店主の言葉に息をのんだ。地下通路をずっと進もうとすると、鎧を身に着けた兵士たちが前から後ろからどんどん迫ってきた。逃げ場はない。逃げようとしていた地下通路はお城へと繋がる水路だった。宿屋の店主は味方なんかじゃない。むしろ、お城へと誘導するために連れて来たのだ。
「ま、まさか。ちくしょ~! 助けてくれると思ったのに!!」
イラリオは、下唇を噛みながら、軽やかに上にジャンプした。槍を振りかざしてくる兵士の攻撃を即座に交わしていた。
「イラリオ、どういうことだよ! 追いかけてくるぞ。これ、どうやって逃げるんだよ!!」
イラリオはヨクドリアの腕をつかみ、反対方向の水路を走った。
「お前、泳げるか!?」
「はぁ? こんな時に? ちょっとなら泳げるけど……」
「よし、んじゃ大丈夫だな。行くぞ!」
「へ? どこに?! ちょ、やめろ。うわぁぁぁあーー!!」
イラリオは、ヨクドリアの腰あたりをつかんで一緒に水路の中へと潜りこんだ。下水が流れる水路は茶色く濁って汚かった。まさか、その中に入るとは思ってもみない兵士たちはどう追いかけようかと考えているうちに、ヨクドリアは呼吸をしづらそうに進んでいく。二人は泳ぎながら、水路のトンネルへと吸い込まれていった。
「一旦、退散だ。別な方向から追いかけるぞ!!」
「「「ハッ!!」」」
兵士隊長が兵士の皆に叫んでいた。ネズミたちも騒がしく移動する。水路の水が少し多くなっていた。
宿屋の店主は舌打ちをして元の店に戻って行った。




