第20話 救世主を疑うことしかできない
放心状態のままヨクドリアは独房の中で過ごしていた。
もう繋がりのある仲間はいない。心を開いて話せる友人もいない。監視をする兵士のいうことをひたすら聴き続けることしかできない。戦闘力も財力も腕力も何もかも優れているわけじゃない。こんな自分に何ができるのか。生きる希望を失う。出された食事も満足に口の中に入れることができない。
いっそのこと、爆撃の中に包まれて死んでしまいたいとさえ思ってしまう。母国を失ったヨクドリアに希望が見いだせない。
そんな中、顔を隠して防具を装備をする男が外に出ろと指示を出した。手にはぐるぐるに縛られたロープ。いつもなら金属の手錠が、今日は違う。足には金属重石がつけられている。ここだけロープは何かが変だと気付く。ヨクドリアは気づかないふりをして、何も言わずに着いていく。やせ細ったヨクドリアの体はゆっくりにしか動かすことができない。焦げ臭い匂いが鼻につく。
目を開けるとおいしそうな肉を焼く姿があった。
「こっちに来いよ」
目がうまく開けられなかった。今が深夜の2時だということも分かっていない。まさか牢屋の外でBBQをするなんて考えても見なかった。ヨクドリアは近くにあった倒木の上に座った。目の前には顔を隠す兵士。何をさせられるんだろうと不思議で仕方ない。お腹は鳴るし、よだれは出る。それでも欲望は止められない。
「お腹、空いてるだろ? 毎日の食事はまずいもんなぁ。あれは本当に」
「……肉……」
ずっとお腹を空かず、食べる気も起きなかった。なぜか、今は体の底から肉が食べたいと思う。
「良いんだ。ほら、食べろよ。俺が用意したものは安全だ。毒なんて入ってないから」
「なんで、そこまでするんだ? お前はここのギェナコビン帝国の兵士だろ?」
「俺が兵士に見える? こんな真夜中に肉を焼いてる俺がか?」
ぱちぱちと炭火の音がする。誰も近づくこともない独房のそばでBBQを誰がすると思うのか。煙が上がっても気にもしない。お城の建物まで距離もある。
「大丈夫だ。ほら、食べようぜ。俺も腹が減ってるんだ」
ヨクドリアは、差し出された骨付き肉を受け取った。肉を焼いている兵士はがぶりとかぶりついていた。真似して、かぶりつこうとするが、力が無く食べられない。ちょびちょびとむさぼった。
「おう、いいぞ。食べろ、食べろ」
「う、うまい……!!」
久しぶりに食べたおいしい肉は本当にこの世の中で食べてきた食べ物何よりも上手かった。生きた心地のしない空間でこんなものを食べて本当に良いのだろうかと言うくらいだ。
「だろう? 俺の作った肉は世界一だ」
「うまいうまい! これもいいか?」
「食べろ食べろ。遠慮なく、食べてしまえ」
男は嬉しくなったのか次々と紙皿へ肉を移動させて、ヨクドリアに食べさせた。お腹がこれでもかというくらい膨れてしまう。
「いい食べっぷりだ。俺は満足だ」
「満足?」
「そう、安心したろ?」
「ああ……おいしかった」
突然、調子が悪くなったように小声になる。これから一体何をされるのだろうかと不安になってきた。
「何を不安がっているんだ。俺がお前を救うって言ってるんだぞ」
「救う? 俺を? ……ちょっと待ってくれ。俺は一体何をされてしまうんだ?」
「はぁ? 何をされると思ってるんだ。変なやつだな。独房から出してやるっていうのに……落ち着け。俺は、イラリオ。未来から救世主。いや、むしろ俺を救うのはお前だ」
「はぁ?! どういうことだ。未来から来た? なんだ、それ」
ガチャと物音がする。扉を誰かが開けたようだ。イラリオは焚火をすぐにバケツに汲んでいた水で消した。煙がもくもくと舞い上がる。真っ暗になって、あたりは何も見えなくなった。そっと、体を動かして、ヨクドリアの体に触れる。
「いいか、声を出すときは小声だぞ。誰かに見つかったら、脱獄は不可能に近いからな」
「……ああ、わかった」
にわかには信じがたいが、嘘でも助けてくれると言った。たくさんの肉を食べさせてくれたお礼にいうことを聞く。やりたくはなかったが、今はその選択肢しか残されていないようだ。鎧が当たる音が響いてくる。誰かが近づいて来ている。焦りを感じたヨクドリアとイラリオは、声を押し殺して、城外へ続く通路を小走りで抜けた。
幸いにも監視役の兵士たちには見つからなかったようだ。城下町へ続く扉に差し掛かった時、宿屋の店主がたまたま店の扉を開けていた。
「そこに誰かいるのか?」
川沿いを歩いていたヨクドリアとイラリオは、物陰からそっと近づいた。明らかに怪しい恰好だ。店主は幽霊かと思って、ヒヤリとしたが、生きている人間だとわかると安堵していた。
「なんだ、人間か。びっくりしたわ。そこで隠れていないで出てきなさい」
「……すいません」
イラリオはそっと顔を出す。顔は炭だらけで、鎧の中に着ていたチェインメイルはぼろぼろだった。ヨクドリアは来る途中に泥の道で転んでしまい、かなり汚れている。
「そんな恰好で風邪をひいてしまうぞ、中に入りなさい」
家もなく、さまよう旅人かと判断した宿屋の店主は快く受け入れた。少しずつ、お城から抜け出すことができていた。イラリオはほっと胸をなでおろしていた。ヨクドリアは安心するまでは疑いを晴らすことはできないと感じていた。イラリオの正体が不明だからだ。モヤモヤした気持ちで宿屋の客室に案内された。
ふかふかのベッドに目がきらきらとする。もう早くゆっくりと寝たいの一心でしかない。
意識が飛ぶように2人はぐったりと眠りについた。




