第19話 生きる価値とは
ギェナコビン帝国の力によりアリテリオ帝国は崩落してしまった。ギェナコビン帝国の国境をさらに広げて、戦力さえも5000人の軍隊から8000人の軍隊へと成長した。
アリテリオ帝国の王であるダーリオ・カゼッラ王の死もより生きる希望を無くしたアリテリオの者たちはギェナコビン帝国の捕虜として捕まっていたが、ここでの生活に文句のないのなら、命は保障するとギェナコビン帝国のアレース王は一人一人と向きあい、生き方を問い続けた。
ほぼ半強制的に兵士にならないかと勧誘しているようなものだ。
それを断れば、隣にいる鎧を装備した兵士が槍をクロスさせて睨みを聞かせる。逃げ場はない。反論はできない。冷や汗をかきながら、こくんと黙ってうなずくしかない。言論の自由などどこへやら。安全な土地であることをアピールされ、アリテリオ帝国の住民であったことを忘れなければならないと釘をさされ、有無を言わせずに牢屋にぶち込まれる。雨風を防ぐことができ、食事も3食は用意されるが、日々訓練をしいたげられる。元商人や元家政婦、元用務員たち全員、好きな仕事をさせてもらえず、剣や槍、弓矢や斧を持たせられ、すぐにでも戦力になるようにと指導されてしまう。
そんな中、ケンタウロスとヨクドリアとワトスンの3人はアリテリオ帝国の元戦士であり兵士であった。訓練中で初心者のヨクドリアは、まだまだ戦力とはほど言えぬ、力不足であったが、何も訓練してこなかった商人たちと比べて武器の扱いは慣れていた。それもあってか、アレース王とラフィタビは3人を牢屋ではなく、ギェナコビン帝国の兵士と同じ部屋に住まわせていた。牢屋に入っていたアリテリオ帝国の元住民たちは期待の3人だといつも応援していた。
何かきっとやってくれるはずだと願いを込めて、通りすがったときには神様を見るように祈った。
その期待にはすぐには無理だと3人は複雑な顔をして逃げるように立ち去っていく。救えない申し訳なさに満ちていた。
「おい、そこの3人!」
装備品を体に身に着けた後にお城の廊下で兵士たちに紛れて訓練室に移動中、大佐であるヴィルジール・ラロシュに声をかけられた。
「「「ハッ!」」」
ヴィルジール・ラロシュ大佐は、真剣な眼差しで敬礼をする3人の向かい側に立った。
「これから皆、強化訓練に参加予定であったが、お前たちはアレース王様直々に呼び出しがあった。失礼のないように直ちに迎え。いいな。余計なことは考えるんじゃないぞ」
「承知いたしました」
「御意」
ワトスンとケンタウロスは敬礼したまま返事をする。
「余計なこととおっしゃいますと、いったいどのようなことでしょうか」
「その質問自体が余計なことと言いたいが……ん?」
「いえ、なんでもありません。失言でした。忘れてください」
ヨクドリアはどうしても黙っていることができず、ついつい聞きたくなった。元はアリテリオ帝国であった者として認識されているため、脱走するなど変なことを考えるなと釘をさされていた。こんな快適に過ごすことができるのを逃げる意味がどこにあるのかと頭の中はモヤモヤしてしまう。横でヨクドリアの発言は意味あるのかと渋い顔をしていた2人がいた。
訓練所に向かう兵士の列から外れて、ヴィルジール・ラロシュ大佐とヨクドリアとワトスンとケンタウロスは、持っていた槍を持ち直して、手の指先から足先まで緊張感を漂わせたまま、アレース王がいる王座の間に向かった。
分厚くて白く綺麗な装飾がなされた扉を開けた。誰の声も聞こえない。中はとても静かだった。
「アレース王様。仰せの通りに3人を連れて参りました。いかが致しましょう」
「そこへ横一列に並ばせるがよい」
「御意」
王座の間に入ると、中には数人の兵士が鋼の鎧を身に着けて並んでいた。アーレス王の隣には軽装備の防具に腰にレイピアを装備した統帥ラフィタビの姿あった。睨みが強い。ヴィルジール・ラロシュ大佐は、3人の背中を押して横一列に並んだ。
アーレス王は、座ったままヨクドリアとワトスン、ケンタウロスの顔をじっくり眺めてから静かに頷いた。目をつぶり、一呼吸する。
「ラフィタビ……計画通りだ」
「ハッ」
その一言で、王座の間の空気は一変する。緊張感にまみれた部屋がさらに居心地が悪くなった。
ヨクドリアがじっと前を向いてアーレス王を見ていたが、両隣りで何かが動いた。刃物が異様なまでの早さで動くのが分かった。でも、それは見てはいけないものだったかもしれないと顔に返り血が斜めに飛んできてからわかった。
「あ、アーレス王。これは一体どういうことでしょう?!」
「……ヨクドリアと言ったね。君……」
刃物を振り回したのは統帥ラフィタビだ。腰に装備していたレイピアを目には見えない速度で振り回していた。どんな動きをしていたかなんで覚えていない。顔についた血は赤くねっとりとしていた。さっきまで声を発していたワトスンはうつぶせに、真剣な眼差しで敬礼していた半人半馬のケンタウロスは仰向けに倒れていた。そう、脈を測ってもどちらも反応がない。
「こ、これは夢でしょうか?」
あまりにも信じられず、涙が出るのを抑えられない。
「ヨクドリア君。君は兵士として優秀に働いてくれていると思うよ」
「……そ、そんな褒められても俺は、まだ兵士になってから日が浅いです。この2人の方が断然強い。なぜ、そんなことをしなくてはいけないのですか」
鼻水と涙が入り混じって感情がむき出しになった。
「アリテリオ帝国の生き残りである兵士は君たち3人だけ。強い者はいらないのだよ。ギェナコビン帝国の名誉に関わることだから……アレース王様。ヨクドリアに与える仕事を話してもよろしいでしょうか?」
「ああ……」
「仕事? 弱い俺にできることなんですか?! その前に俺の心は無視するのですか。いくら元アリテリオ兵士だからってひどすぎませんか?!」
「君には命がけでやってもらわなければならない仕事が待っているのだよ。いい?」
ラフィタビは、壁に追い詰めて、両頬をぐいっと押し込み、声を発することを制限した。涙も鼻水も汗も何もかもが噴き出る。隣には血だらけの床に倒れたままのケンタウロスとワトスンがいる。何もかも投げ出したくなり、力づくで首を振り切り大声を上げた。この世のものとは思えない獣のような叫び声が城中に響き渡る。
屋根の上にとまっていたカラスたちはびっくりして空に飛び立っていった。




