第12話 訓練の最中
朝起きて、昨日の訓練をしたことに体がバキバキに硬くなって動きにくくなっていた。強烈な筋肉痛に陥っていた。ベッドから起きようとすると、立つこともままならないヨクドリアは、生まれたての小鹿だった。ふわふわのベッドで豪華な部屋に返事を待たず入ってきたのは、指導係のワトスンだ。ヨクドリアの行動に呆れて、ため息をつく。
「おいおい。そんなんで大丈夫か? 訓練2日目はきついぞ」
「あ、う、せ、先輩。おはようございます」
「ほらほら、早く鎧を装備しろって」
挨拶もそっちのけにされて、バキバキの体を動かされて声にならない叫びが出る。獣になったみたいだ。ヨクドリアは少しずつ体を動かす。
「まさか、それで訓練挑むって言わないよなぁ? あいつにやられるぞ。あいつの斧で……いくつ命があってもってやつに」
ワトスンは、ヨクドリアの恰好を見て、呆れながら言う。斧と言ったら訓練所でこっぴどく指導をしている片手斧の名手のガレオ・ラペルトリのことだ。ガレオはやる気のない奴の指導には熱が入り、訓練所を出る頃には瀕死状態。通常の訓練よりもひどいらしい。本物の戦場ではそんなこと言ってられないためだ。誰よりも現場を知っているガレオだ。
「え、演技に決まってるじゃないですか。ほら、この通り」
腕の筋肉を見せつけた。プルプル震えているのが見て取れる。疲れを隠しきれていない。
「大丈夫かよ。今日は訓練2日目。訓練終了後、昇給試験が行われるぞ。気合で何とかしろ!」
「……試験?! もう? 早くないっすか」
「もう、俺たち部隊には時間がない。急がないといけないんだ。現場で闘える戦士をすぐに育てるのが仕事なんだ。期待されてるってことだ。筋肉痛で騒いでる暇はないんだぞ」
「くっ……やってやりますよ!!」
俄然やる気が出てきたヨクドリアだった。すると、またしてもヨクドリアの部屋に来客があった。ノックもそこそこに返事を待たずにズカズカ入ってくる。
「ヨクドリアはいるか?!」
「あ、 ケンタウロスさん。おはようございます!!」
「《《さん》》だと? 俺は大将だ。ケンタウロス大将と呼べ。さぁ、行くぞ、新人!!」
「は、はい!! ケンタウロス大将!! ちょ、まだ鎧を装備してないんですけど!!!」
ヨクドリアは、ケンタウロスに耳をつかまれ、引っ張られてしまう。鎧のことなど考えていないようで、身体1つあればいいと言っている。ワトスンは大将の言うことは絶対と教えられているため、何も言えず、ただただ後ろを着いていくことしかできなかった。
「いいから、早く来い!!!!! 時間がないんだ。お前は多少見込みがある。訓練すればすぐにも戦場に使えるんだ。急げ!」
ケンタウロスは、ヨクドリアの言い分を聞かずにズンズンと訓練所に引っ張っていく。上半身人間で下半身が馬の人間と獣の怪物だ。それでも知能レベルは高く、共感力も優れている。人間よりも人間の力を知り尽くしていた。ヨクドリアの類まれなる才能を見透かしていた。
「いたたたた……」
耳が先行して動くので、筋肉痛のことなど忘れてしまっていた。
「ケンタウロス大将、もしかして敵陣が迫って来ているというのは本当ですか」
「ワトスンも聞いていたか? ……もう訓練している部隊の皆には伝えていた。もう、急がなければこの城を守れない。微力か強力かどうかはわからないが、役に立つとダーリオ王はおっしゃったのだ。とにかく急ぐぞ。時間がない」
「ハッ!! ヨクドリア、話は聞いていたな。お遊びは禁止だ。集中しろよ?」
「…………」
耳を引っ張られていることに慣れてきたヨクドリアは、腕を組んで何も言わずに考えた。
(俺って、もしかしてのもしかして、強いのか? 本当は)
変にナルシストになってしまっていた。別にそこまで王様は褒めていない。戦場に向かわせるのは確かだが、自分の身くらいは守れるくらいの戦いはできないとならないだろうということだ。
今後、ヨクドリアに与えられるミッションは最前線で闘うことではなく、敵地に潜入して隣国との暗号通信を解読する任務であった。見抜かれていたのは、頭脳明晰であるであろうということだ。
今日もまた訓練所からおたけびが響き渡っているのが聞こえてきた。