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街歩きと二度目




 ソアラが拉致されてからすでに半月が過ぎた。


 じわじわと真綿で首を絞めるように結婚の話が近づき、対外的にも拒否はできないとわかってはいるが、ソアラ自身はまだ「色恋」についてくすぶっている状態でもあった。


 もともと、婚約破棄された後はのんびりヴェルフォードの領地のどこかで悠々自適に暮らすつもりだったのだ。


(まあ……悠々自適には暮らしてるわね……)


 半分、結婚を承諾したような状態なので屋敷からは出られるらしく、ソアラはジェイドが選んだ侍女と共にエクレルの街を散策していた。


 石造りの家が立ち並び、砂の混じった道には石畳が敷かれ、馬車も荷車も魔石車もひっきりなしに走っている。

 魔石列車の止まる駅はランジェルドの王都にあり、そこに行くには三時間は魔石車に乗らねばならない。


 そういった制約もあるため、ソアラの外出自体が緩いのかもしれない。貸し車に乗ろうと思ったらお金がかかるし、ソアラ自身は財布を持たされていない。


 持っているのは侍女だ。


 後ろに付き従う彼女の名は、マニーといい、褐色の髪にそばかすが可愛い娘だ。毎朝綺麗な衣装を用意して髪も編んでから結い上げてくれる。センスがとてもよく、ソアラは彼女を気に入っていた。


 マニーの姉がリンドールの学園に留学中だというから、きっといいところの出なのだろう。


 布を張っただけの屋台が並び、目にも鮮やかな果物や変わった香辛料が売られている。切り花やそれに似た香りの香油なんかも人気のようで、昼間の通りには買い物客も大勢いた。

 砂糖を塗した揚げパンを買って、マニーと食べ歩きしながら、ソアラは何気なく通りの向こうを見た。


 途端、ぱちりと音がしそうな勢いで一人と目があう。


(ん……?)


 その人物は銀色の頭飾りに、白いヴェールを被った女性で藍色の衣装を身に纏っている。金色の帯が硬く腰に締まり、同じ色の髪が緩く編まれて肩から流れ落ちている。


 ヴェールの下からでもわかるほど鋭い視線に、ソアラは自分の中のスイッチが入るのがわかった。


 なめられたら終わり。


 それがいずれ王太子妃となる自分に自然と身に付いた掟だ。


 背筋を伸ばし顎を上げ帯に差し込んでいた扇を取り出すと優雅に開いて顔に当てる。朱の佩かれた目元で高慢に見えるよう見下せば、明らかに彼女の視線が燃え上がるのがわかった。


(言いたいことがあるならはっきり言え)


 目力で応戦すれば、ヴェールから覗いている赤い唇がきゅっと噛まれるのが見えた。それからくるりと踵を返す。お付きのものが数名、彼女の後を追い、ソアラはふふん、と鼻で笑うと唖然とするマニーを振り返った。


「彼女は?」

「レディ・ダイアナです。元クレセント伯爵令嬢の」


 ふうん、と興味なさげに返せば、興奮したマニーが付け加える。


「あの方、ずっとジェイド様を狙っていて。姉と同じ時期に留学する予定だったのですが、突如取りやめたそうです」

「取りやめた?」


 少し驚いて目を見張れば、マニーはこっくりと頷く。


「急に結婚が決まったんです。お相手は大富豪だそうで」


 さっとソアラの視線がこちらに背を向け、魔石車に乗り込むダイアナへと注がれる。


(なるほど……親から言われたのであれば断れない)


 ほんの少し、ソアラの胸に痛みが走った。だがあのご婦人はそういった憐れみの類を嫌うだろう。ましてや自分が狙っていた相手を攫った憎き女からのなんて虫唾が走るはずだ。


「ジェイド様を浮気相手に狙ってるのかしら」


 思わず口から洩れた言葉に、マニーはぶるっと身震いした。


「あの眼付ではありそうですね」


 やれやれ、とソアラは溜息を吐く。


 あの手の視線にはずっと晒されてきた。やっと解放されると思ったのに。


 げんなりする主に気付いたのか、マニーが両手を握り締めてふんす、と鼻息荒く公言した。


「大丈夫です! ジェイド様はソアラ様一筋ですから!」


 確かに向こうがジェイドに何か仕掛けてきたところで、今までの彼の女性への態度や仕打ちを見ている限りでは絶対に大丈夫だろう。

 大富豪の奥さんとはいえ、公爵令息に金をちらつかせて立場を強要するとも思えないし。


 そうなると穂先が向くのはソアラだ。


(頭痛がする……)


 額に手を当て、ソアラは散策を止めにして屋敷に帰ることにした。


 そうして、自室に入った途端、再び、白い光が炸裂したのである。






 泣きじゃくるマニーから侍女頭が聞き出せたのは、「姉から送られてきたラグを床に敷いただけ」というものだった。


 一見すると普通の敷物で、ふわふわした触り心地がとてもよかった。


「わたくしも確認したのですが……中に仕込まれていた転移陣には気付きませんでした」


 悔し気に告げる侍女頭に、ジェイドは首を振る。


「ソアラは王太子妃となる人間だった。そのため、彼女が持つ魔力の性質や特徴は全て知られていたんだろう」


 使う魔法には人それぞれ何かしらの特徴が出る。それは体内を巡る魔力に個人差があるからだ。

 王家に入る予定の公爵令嬢の魔力が解析されていたとしても可笑しくはないし、それを利用することも可能だろう。


「あれこれ準備などせず、無理やり押し倒しておけばよかったかな」


 飄々と物騒なことを告げる主に、執事が額を抑えた。


「ヴェルフォード公爵からは『くれぐれも早まったマネはしないで欲しい』と言われておりますのをお忘れですか? ご両親のスターゲイト公爵閣下も夫人も今回の結婚式を盛大なものにしようと張り切っておられます」

「……だが別にバージンでなくても問題はないだろう。相手は俺なんだし」

「……マイロード」


 眼鏡の執事に冷ややかすぎる視線を送られ、「わかったよ」とジェイドは両手を上げる。


「けど、ソアラを攫ったのが王家の人間なら時間を無駄にはできない。消費は大きいが転移魔法を使うしかないだろうな」


 だが何故……ソアラを取り返したのだろうか。


(まあ、理由は一つだろうな……)


 苦虫を噛みつぶしたような顔で、ジェイドは転移用の魔法陣を描くべく、中庭へと急ぐのだった。





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