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ときめくはなし




 砂漠の国といっても、緑が生い茂る丘陵地帯もあり、そこにはもちろん水もある。ただやはり貴重なものは貴重なもの……な、はずなのだが。


「……贅沢の極み……」


 決して狭くはない、タイル張りのプールにはたっぷりと透明な水が張られ、激しい陽光に照らされてキラキラと光り輝いていた。


 泳ぐためだけに用意されているそれに、ソアラは口を引き結ぶ。


 確かに暑い。強烈な日差しを和らげるために用意されているグリーンカーテンの下に立っているので幾分涼しいが汗が噴き出してくる。


 タイルの色を映して青く輝く、涼やかな水に飛び込んだらきっと気持ちいいだろう……。


「もうすでに水は張られてしまっている。こうなってしまっては使わない方が勿体ないだろう」


 耳元で低い声がして、ソアラは慌てて振り返った。


(うぉ!?)


 そこには上半身裸で、ふくらはぎまでの薄い水泳用のパンツを履いたジェイドが立っていた。


「な……」


 一応、淑女として育ってきたのだ。男性の肌を直接見るような機会はほとんどなかった。そのため、目の前にあるやや日に焼けて均整(バランス)の取れた身体を前にして動揺する。


 自分の身体とは全く違う、引き締まった腰や腹筋に目がいってしまう。


 恐らく、だが。

 申し訳程度にしか運動をしてこなかったサイファーとは段違いだろう。


「いつまでそこに突っ立っている気だ?」


 ぽかんとした間抜け面を晒していたらしい。

 ぐいっと手首を掴んで引っ張られて我に返る。


「一緒に泳ごう」

「はぁ!?」


 正気か!? と疑うような声が漏れた。だが男は足を止めず、どんどんプールの縁へと歩いていく。


「ま、まま、まってください!? こ、こんな格好でどうやって」

「なら脱げばいい」

「はぁああぁあ!?」


 思わず語尾が跳ね上がった。


 眉を吊り上げ、眦を決し、威嚇するように睨み付けるソアラに、ジェイドはにっこり笑う。


「ほら、両手上げて」

「普通に嫌です」

「まあまあ……よいではないか……」

「よくないよくない! ていうか、ちょっと……まっ……こらあああああ」


 この男、慣れすぎてやいないだろうか。


 襟も袖も裾もゆったりしたドレスは、腰の帯を引っ張って解けばあっという間に脱げてしまう。コルセットにシュミーズという格好を晒した形になるソアラが真っ赤になるのをよそに、ジェイドはひょいっと彼女を抱え上げるとぽいっと水の中に放り込んだ。


 ざばん、と大きな飛沫が上がり、ひんやりとした水に全身を包まれる。


 ごぼごぼと溢れる泡を見つめながら、ソアラは心の中で中指を立てた。


(くそ御曹司めッ……!)


 もがくうちに幸いにも床に足が付き、顔を上げれば胸まで水がある。顔面にへばりつく髪を掻きわけていまだプールの縁にいる男を睨み付ければ、彼は顎に手を当て首を傾げてこちらを見ていた。


 紫水晶のような瞳がきらりと光った。


「こんなに素晴らしい女性を手放すなんて……やはりサイファーは馬鹿だな」

「……一国の王太子に対して失礼ですよ」


 ずり下がったシュミーズの肩ひもをかけ直しながら擁護すれば、ジェイドが片眉を上げ面白がるような顔になる。


「ここには君と俺しかいない。それに、君は妻だしね」


 思わずうめき声が出た。


 彼の屋敷に拉致されてきた直後の学園の噂は、予想通りソアラの父の介入で沈静化した。


(驚きと憶測と……ご令嬢達の阿鼻叫喚を巻き起こしたのだから沈静化とはいえないけど……)


 後輩から話を面白おかしくジェイドが語った内容が本当なら、恐らく、サイファー王子との婚約破棄劇をしのぐ余興を十分に提供したことだろう。


 問題は自分が一番のサイファーと自分が一番のクリスティンがどう思ったかだ。


「何を考えている?」


 同じように飛び込んだジェイドが優雅に泳いでソアラの側に寄る。仰向けにひっくり返って水面に浮かび、まぶしい日差しに目を細める彼にソアラはふうっと溜息を吐いた。


「何もなければいいって思っただけですわ」


 言って、彼女もすいっと泳ぎ出した。


 まあ、自分たちが追放した令嬢がどうなろうと知ったこっちゃない、というのが普通であって、ソアラの考えすぎかもしれないのだが。


「何も起こらないし、何も起こさせないよ」


 反対側まで泳ぎ、水の中に立つソアラのすぐ隣にジェイドが立つ。手を伸ばした彼がそっと彼女の耳元に乱れた髪をかけた。


「俺がちゃんと守るから」


 こちらを見つめる紫水晶の中心に甘い煌めきが過る。それは今まで見たことがないもので、ソアラはどきりとした。


(おお……!? これがときめき?)


 普段は食えない態度ばかりなくせに、こういう時に真剣になるのは確かにずるい。

 だがまだまだこれを「恋、はじめました」という感情だと考えていいかわからない。


「……そんな台詞、サイファー殿下にも言われたことがありませんわ」


 素直にそう返せば、珍しく……本当に珍しくジェイドが普通の青年の様に笑った。


「やっぱりあいつは馬鹿だな」





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