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でもこれは想定外でした




(教訓……。走る車から物を捨てはいけません)


 ふかふかのベッドの上に、後ろ手に縛られたソアラは転がされていた。


 力一杯ダイヤモンドを投げ捨て、すっきりした気持ちのまま、実家のあるヴェルフォート公爵領を目指していたのだが、トンデモナイ事態が巻き起こった。


 通りに投げ捨てたそれを拾った者がいたのだ。


(私としたことが……索敵魔法に気付かなかった……)


 平和なこのご時世、敵の攻撃や侵入を察知する、結界魔法の一種を街から離れた場所に展開する奴がいるとは思わなかったのだ。


 だが実際は違った。


 投げ捨てられたダイヤモンドのネックレスが魔法の網に引っかかり、展開主の元に信号が届いた。

 即、転移魔法を発動し、捨てられたネックレスを手にした相手は、それが超高額の一点物で、すぐに持ち主に気付いたらしい。


 実家に帰るだけだし、と護衛も付けていなかったソアラは、索敵網の展開主にあっさり捕まった。


 車の前方で光が炸裂し、運転手も自分も一時的に視界を奪われた。あとはふわりと身体が浮き、攻撃魔法を繰り出す前に転移陣に引き込まれ意識を失った。


 次に気が付いた時には、風通しのいい、豪華な一室のベッドに転がされていたというわけだ。


 後ろに回された手には封印魔法を応用した物がかけられ、先程から解呪しようと頑張っているのだが、部屋自体に魔力を吸収する素材が使われているようで上手く発動できない。


 しばらく後、ソアラは解呪を諦め、体力を温存する方向に考えをシフトした。


 そうと決まれば自分を攫った相手は何者かと、わかるようなものはないかと視線を走らせる。


(部屋は砂漠地方でよく見る、扉や壁が極端に少ない作りで……中庭と噴水が見える。衝立は植物を模した装飾が多いし……)


 部屋はとても広く、人のいる気配がしないことから宮殿ほどの広さがあるのではないかと推測する。


 つまり、自分を攫ったのは盗賊とかそういう野蛮な人間ではなさそうだ。では何者だ?


 索敵魔法を郊外とはいえ王都周辺に張り巡らせるなんて……。


 隅から隅まで覚えた貴族名鑑。

 その中に、該当しそうな人物はいない。ただし、自国の、だが。


「ようこそ、アーヴァイン領へ」


 楽し気な声がし、ソアラはごろりとベッドの上を転がった。入り口付近の垂れ幕をくぐって長身の男が入ってきた。


(ジェイド・ノアール!)


 長めの漆黒の髪を頭のてっぺんで束ね、紫の瞳をもつこの美丈夫は、隣国ランジェルドのスターゲイト公爵令息にして、アーヴァイン子爵だ。


 ソアラの通ったリンドール王国の王立魔法学園は多くの留学生を受け入れていた。

 砂漠地方の国、ランジェルドからも大勢が学んでいる。


 その中の一人がこの、ジェイドだ。


 二つ年上の彼は、ソアラが学園に入学した時にはすでに女生徒に大人気で、同い年のサイファーがむくれていたのを覚えている。


 端正な顔立ちに、柔らかな物腰。さらには剣術、魔術に秀で頭がいい。


 こんな完璧な人物だが、欠点が一つあった。優しさに欠けているのである。


 それでも彼に気に入られようと年齢性別問わず人が溢れていのも事実だ。


 そんな()()にサイファーが叶うはずもない。


 俺本当はヤベー奴だから、とかいうような奴をジェイドが相手にするわけもなかったし。

 代わりといってはなんだが、ソアラはそこそこ接点があった。


 と、いうより。


「やっぱり君だったか」


 歓迎するようにジェイドの声が弾み、大股でこちらに近づいてくる。


 着ているのはこの地方にふさわしく、袖も裾も幅の広い衣装で、羽織っている長衣(ガウン)と同じ濃い青色の帯が歩みに合わせてふわりと舞う。


「やっぱりとは……どういう意味ですの?」


 転がされた状態で、思わず眉間に皺を寄せて告げれば、薄い唇に笑みを浮かべた男がふわりとベッドに腰を下ろした。


「君が捨てた金剛石のネックレス(王太子の贈り物)。あれは俺が買った物だ」

「え!?」


 ぎょっとして目を見張るソアラを、ジェイドは怪しげな笑顔で下から覗き込んだ。


「それが王都周辺に貼ってる索敵網に引っかかるとは。王太子の婚約者である君に何かあったのではないかと心配したぞ?」


 ジェイドは確かに笑顔だが……どことなくその紫水晶のような瞳は笑っていない気がして、ソアラは警戒するように彼を睨み返した。


「何故、隣国の公爵令息で子爵であるあなたが、王都周辺に索敵網を張ってたのか……気になるんですけど」


 立派なスパイ行為ではないかと半眼で告げれば、食えない男は肩を竦めた。


「そうだな。だがそちらも我が国に同じような網を張ってるんだからお互い様だ」


 さらっと物騒なことを言う。


(確かに……確かに、友好的とはいえそれを維持するために色々やらなきゃいけないことは理解できるけど……)


「それにあの網は君の動向を探るために張っていたようなものだしね。今はちゃんと撤去した」


 涼しい顔で告げるが、そういう問題ではない。


 ずきずきと痛み始める頭に、奥歯を噛み締めて耐えながらソアラはくるりとベッドの上で半回転する。


「とりあえずこれ、外してもらえません?」


 封印魔法で縛られた腕を見せつければ、ジェイドが眉を上げた。


「それもそうだな」


 ぱちん、と指を鳴らせばあっという間に手首を戒めていた魔法が解け、ソアラはしゅばっとベッドの上に起き上がった。その勢いのまま、ベッドと飛び降りるとふかふかの絨毯が敷かれた部屋を横断し、さんさんと日差しの差し込む中庭へと躍り出た。


 噴水の先に木々が申し訳程度に植えられ、格子状の木製の窓から外を見れば、広がるのは白と茶色の石壁の建物と緑の丘陵。そしてその先に遠く広がる広大な金の砂漠が……。


「やっぱり! 国境の街エクレル!」


 ランジェルドとリンドールの西の国境付近の街だ。

 リンドールの王都からは魔石列車で七日はかかる、


 頭を抱えてその場にしゃがみ込むソアラの背後に立ち、後ろに手を組んだジェイドがうんうんと頷く。


「索敵網に引っかかって転移させたのが君のネックレスだとすぐにわかった。となると、持ち主を連れてくることに何を躊躇う必要がある」

「……何故です?」


 嫌な予感しかしない。


 警戒するように半眼で尋ねれば、背の高いジェイドが、顎に手を当てたままソアラの前にしゃがみ込むとにんまりと微笑んだ。


 ソアラの手を取り、恭しく指先に口付ける。


 その瞬間、ソアラの身体をぞぞぞぞ……と衝撃が走った。


(な……!?)


 唖然とするソアラを見つめたまま、ジェイドは誰もが見惚れてしまう、きらきら眩しい笑顔を見せた。ソアラには非常に……非ッッッ常に胡散臭く見える笑みだ。


 全力で身を引こうとするソアラの手首をしっかりと掴んだまま、ジェイドが楽しそうに切り出した。


「これで君に正式に求婚できるからだ」





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