全ては予定通りでした
「わたくしの婚約は政略的なものですわ。文句があるのなら、我が父、ヴェルフォード公爵に直談判でもなさってください」
そうソアラが言い放った瞬間、頬も目も真っ赤に染めたロンバート男爵令嬢、クリスティン・フォローの手が思い切りよくソアラの頬を張り飛ばした。
ばしん、と舞踏室に響き渡る殴打の音。
次いで、魔法学園の夏季恒例行事である舞踏会に参加していた生徒の面々が「なにごとか!?」と二人の方を振り返った。
「よくも……よくもそんなことが言えますわね!? つまり、あなたはサイファー王子を愛していないってことでしょう!?」
声を荒らげ、感情を爆発させるクリスティンを、頬を抑えたままソアラが睨み付ける。
「ええそうよ」
それから畳みかけるように告げる。
「わたくしのように美しく、品も教養もある人間こそが王太子妃となるのに相応しいのですわ。あなたのような、最低限の礼儀すらわきまえていない、成り上がりの男爵令嬢よりもね」
ソアラは張られた頬の赤味を隠すよう、持っていた扇を口元で優雅に広げた。
そのまま嫣然と微笑んで見せれば、真っ青になったクリスティンがその場にぺたんと座り込む。
その様子を冷ややかに見下ろしながら、ソアラは心の中で祈った。
(さあ来いッ……ボンクラ王太子! いまこそここで、クリスティンに真実の愛とやらを叫ぶのよ……!)
もううんざりなのだ。
何一つ自分ですることのない、ソアラの婚約者である王太子・サイファー。
彼はこの学園でご学友にヨイショされ過ぎて魔法の修練や剣術の研鑽、果ては歴史経済、帝王学すらきちんと学ぼうとしなかった。
ただただひたすらに、美しい令嬢や勘違い令息にちやほやちやほやちやほやちやほやされて有頂天になるばかりだった。
恐らくこいつが王になったら国は亡びるだろう。
いや、その前に彼に群がる令息令嬢たちが官僚となって、サイファーを操り、いいようにするのだろう。
そんな男の隣に自分が立ったら、お花畑に我慢できず恐らく官僚たちとやり合い、国政を立て直し、外交やら遊説やらの毎日になるに決まっている。
とてもじゃないがやってられない。
公爵令嬢として……未来の王太子妃として……婚約が決まった五歳から、ソアラは「そうなるよう」励んできた。王太子妃……更には王妃となるのが運命なのだと疑問も抱かなかった。
学院でも常にトップクラスの成績を誇り、魔法の腕も超一級。
魔法省から今からでも是非来て欲しいと直談判されるほどになった。
これもすべて、国の未来の為。王太子サイファーの為。
そう思っていたのだ。
学園に入学した十三の頃は。
だが五年経った今、課題も試験も全て「特例」でパスし、「俺、やればできるから」「俺、本当はマックスつえーから」「俺、隠してる能力こんなもんじゃねぇから」を繰り返す王太子を見ていたら……千年の恋も冷めるというものだ。
(もう知らん。あんな夢見がちボンクラ王子、クリスティンにくれてやる)
成り上がり男爵の令嬢であるクリスティンは強かだ。
ただただひたすらに、女性が立てる最高位たる「王妃」を目指してこの学園に入学してきた。
美貌を磨き、男性が喜ぶと言われる秘儀、「さしすせそ」を駆使し、お淑やかで一歩下がった令嬢を見事に演じ、なのに時折無邪気に笑って見せ、作られた天然……つまり養殖ボケを発揮した結果、ミスコンで「お嫁さんにしたい令嬢第一位」に二年連続輝いている。
ちなみにソアラはランクインしたことなどない。
ランクインしたいとも思わない。
「皆様ご覧になりまして? たった今、正当なる婚約者であるわたくしの頬を感情的に張った、野蛮で下賤な男爵令嬢が王太子妃にふさわしいと申しておりましてよ。笑うしかありませんわ」
瞬間、全員の視線がさっと二人から反れる。
堂々と人前で他人を下げるおまえよりはましだ、という声が聞こえてきそうで、ソアラはぞくぞくした。
そうだ。
これを待っていた。
追放だ、追放。
こんな頭の湧いた連中を相手にし続ける未来なんていらない。腹の探り合いをし、長いものに巻かれる人生なんてまっぴらだ。
自分には第一級の魔法の腕がある。常識も知性も備えている。
つまりは。
「クリスティイイイイイイイイイン!」
ばーんと、舞踏室のドアが開く音と共に、真っ白な衣装に真っ赤なマントを付けた、まっきんきんな髪の優男が走り込んでくる。
どうでもいいが後ろに控える護衛が、バラの花をまき散らしていて、それを掃除すると思しき学園の使用人たちが頭を抱えていた。
そんな派手な登場をぶちかましたサイファー王子は頽れるクリスティンの元に跪いた。
「サイファーさま……」
涙にぬれたクリスティンが顔を上げ、よよよ、と手を差し出す。その手をはっしと掴んだサイファー王子が扇で顔を隠し、ナメクジでも見るような眼差しのソアラを睨み付けた。
そのままびしいっと人差し指を突きつける。
「君との婚約はぁぁぁぁっ! 破棄だぁぁぁぁ!」
妙に間延びした彼の台詞に、ソアラは心の中で拳を高々と振り上げた。
(いやっふううううううう!)
だがその様子を見せることなく、ソアラは冷ややかすぎる態度で二人を交互に見据える。
「本気でおっしゃってますの?」
「本気でおっしゃってますの」
語尾が釣られてるぞ、王太子。
「……………………わかりました」
たっぷりと間を取り、ふうっとソアラは溜息を吐いて見せた。
「こんなくだらない学園など、こちらから願い下げですわ。ごきげんようみなさん」
こうして唖然とする学園の生徒たちを残し、ソアラは舞踏室を出た。まだ下期が残っているが、すでにソアラは単位を取り終え、卒業まですることはない。
ということで、諸々の手続きをし、三日後には荷物をまとめて学園を出た。
尖塔が特徴的な王立魔法学園が、小高い丘に隠れて見えなくなるまで魔石車で移動した後、ソアラは運転手に声を掛けた。
「ルーフを上げなさい」
「はい」
モーター音と同時に車のルーフが後ろに下がり、心地よい夏の風が全身を包み込む。
その中で、ソアラは運転手がぎょっとするのも構わず立ち上がり、後ろを振り返った。
首から下がっていた王太子からの婚約の贈り物であるネックレスをむしり取る。
「さようなら、サイファー」
ぽーい、と七色に輝く金剛石のネックレスを捨て、ソアラは高らかに笑った。
腹の底から笑った。
「永遠にね!」
だが転がり出した運命は、一筋縄ではいかなかったのである。
20000字オーバーで完結済み。
次の投稿は日付変更後予定です。
面白かった! という方はぜひぜひ下の☆から評価をお願いします!