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アルテミスとレオン


 アルテミスが貴族たちに紹介されてから数日が立つと、女神出現の噂は貴族たちだけでなく王都の民たちの間でもその話題で持ちきりになっていた。それはバルトスが女神の存在を翌日には王国内の町や村に伝達するよう命令したことが大きい。近い将来、リリア聖国と一つになることを考えるといち早く王国民に周知させる必要があったのだ。

 しかし、リリア聖国とローラシアが一つになるという話はあくまでもバルトスとアルテミスの婚姻が大前提である。そのことを誰よりも理解しているバルトスは、どうしたのか、最近浮かない表情をしていた。今日もこれからパノティアに向けて大事な会議があるというのに、彼は一人、違うことに焦りの表情を見せている。


「殿下、落ち着いてください。明日はアルテミス様と二人きりで出かけるのでしょ?」


「それはわかっている、しかし」


 バルトスはどうしても集中することが出来なかった。貴族たちとの会議の時間が迫っているのに一向に執務椅子から立とうとしない。


「どうするか……」


 やはり彼は顔を上に向けて別のことを考えている。優秀と評される彼では考えられないことであったが、そんなバルトスを上の空にさせる原因はカルロスが察している通り今日のアルテミスの予定にあった。

 アルテミスの今日の予定はローラシア聖教会との顔合わせである。そのため、彼女は朝から迎えに来たレオンと一緒に出掛けていた。先日の晩餐会で見せたアルテミスに対してのレオンの態度。あれはバルトスこそがしなければいけない行動であったと言えたのだが、彼はレオンが自分より先に積極的な行動をしたことに彼の心はどうも冷静でいられなかったのだ。それにレオンは、はっきり言って女癖が良くない。その外見から女性から好意をもたれるのは仕方がないとしても、彼は複数の女性に愛を囁き、また同時に数多くの女性を泣かせてきた。バルトスはそんな彼の行動を知っているため、アルテミスになにかするのではないかと気が気でなかったのだ。


「バルトス様、アルテミス様は聖教会にとって信仰の対象なのですよ。彼が付き合ってふってきた女性と同じように扱うわけがないでしょう?」


「それはわかっている。わかっているのだが……それで会議は何時に終わりそうだ?」


「はぁ? まさか行くのではないでしょうね」


「様子を見に行く、すぐに出られるよう用意をしといてくれ」


「本気ですか?」


「本気だ」


 その言葉にカルロスは頭を抱えたのだった。


 その頃、そんなバルトスの心配をよそにアルテミスは馬車で聖教会に向かっていた。ローラシア聖教会は聖国のトップ、大聖教ジョーイとは別の立ち位置にある。もちろん両者とも同じ女神を信仰しているため、交流はあるが上下の関係にはない。ローラシアでは聖属性の魔力がずば抜けて高いレオンがジョーイと同じ立場に抜擢されていた。

 

 そのレオンはアルテミスと同じ馬車に乗り込んでいて、さっそく彼女に美辞麗句を並べている。


「アルテミス様、あなたを前にすると夢の中にいるようです」


「ふふ、レオン様、大袈裟ですよ」


「そんことはありません、あなたを一目見た時からずっとなんだかフワフワした状態なのですよ」


「レオン様、バルトス様にもお願いしましたが、今のわたくしに神格はありません。そういう意味ではあなたがたが信仰の対象としているものではないのかもしれません」


「アルテミス様、そのようなことあまり言ってはいけません」


「あら、なぜ?」


「あなたが人だというならば、それをいいことにその美しさに吸い寄せられて男たちが群がってくるからです」


「ほほほ、レオン様はおもしろい方ね。ねえ、アニー?」


「そうですね、そのようなこと仰ったのはレオン様だけです。面白いわ」


「美しい方々にそう言ってもらえるのは最上の誉め言葉ですよ」


「まあ! クスクス」


 そんな笑い声が絶えない聖教会専用の白い馬車は、同じく白い聖堂へ向けて真っすぐに進んでいた。王城近くにあるこの聖堂は主に貴族たちが通う専用の建物である。今日は噂のアルテミスが訪問するということで、聖堂には多くの貴族たちが集まっていた。聖国への出兵で命を失くした騎士の家族などが祈りのために訪問していたのである。


 馬車から降りたアルテミスは、さっそくレオンにエスコートされて聖堂を案内されている。


「おお! あれが女神様、信じられない! アルテミス像そのままだ!」


 アルテミスをはじめて見た人たちはそんな声を上げていた。


 それから一通り見学を終えると皆が集まっている聖堂の間へと移動する。注目が集まる中、レオンと共に壇上に立ったアルテミスは前にいる人たちに少し頭を下げたあとレオンに進められて挨拶した。


「ローラシアの皆さま、リリア聖国はようやく闇魔法による攻撃から解放されました。それはあなた方、ローラシアの皆様の決断と、勇敢な騎士達のお陰であります。そのことにわたくしはあらためて皆さまにお礼を申し上げます。ですがわたくしたちはまだ喜ぶことはできません、ご存じのとおり、邪な闇兵はまだ多く存在しているからです。この一時、聖国とローラシアのみが平和を享受すればよいというわけにはいかないのです。パノティアでは今も罪のない人たちが圧制のなかで苦しんでいます。そのため、わたくしアルテミスは女神の名に恥じぬよう悪に苦しむ人たちのもとへいかなければなりません、そしてこの混乱を煽動している帝国大司教カーディスをこれ以上、野放しにすることはできないのです。それがわたくしの今回の使命でもあります。それゆえローラシアの皆様にはまだ戦いが終わってはいないということをわかって欲しい。ただ恐れることはありません、わたくしを筆頭に女神たちが力を与えてくれます」


 アルテミスの言葉に集まった者達は表情を硬くしている。そんな中、彼女は白い杖を召喚しそれを上に掲げた。


「死者の魂に安寧を!」


 すると下から銀の光が聖堂の間を包むように上へあがる。その銀の光が一人一人を包み込むと、皆は戦で命を落とした者達の魂が安息へ導かれるのを感じ取った。


「あ、あ、この思いはお兄様……」


 一人の少女が国境の戦いで命を亡くした兄の魂を身近に感じ、その魂が銀の光にやさしく包まれながら導かれていくのがわかった。


 その後、壇上で話し終えたアルテミスは、アニーとレイラを伴って集まった人たちに挨拶をしてまわることにした。レイラは交流する貴族の中に、アランと同じ伯爵家の紋章を着けた少女を発見すると、その少女に用意していた小さな箱を渡した。その箱は生前アランから旅先で使ってくれと貰った女性用の化粧箱だった。中身はもちろん化粧道具は入っていなかったが、箱の蓋の裏には小さな紋章が装飾されていて、レイラはその紋章を旅の間よく眺めていた。そのことから目の前の少女の服に施された紋章にレイラをすぐに気づいたのだった。


「これは……」


「わたしは国境で戦っていた者です。私はあなたのお兄様に助けられました、同じ紋章を発見して、これを渡さなければと……」


「もしかして、あなたは聖女レイラ様?」


「どうして私の名前を?」


「知っているわ、だって兄さまの手紙には一人でがんばっているあなた様の名がいつも出ていたもの」


 レイラはそれを聞いて、アランを思い涙が溢れた。後ろでそれを見ていたアルテミスとアニーは、彼女に近づいて背中をさすっている。


「それはレイラ様が持っていてください、お兄さまにとっては大事な人なのですから」


 そう言ってその令嬢はにっこりと微笑んだ。その微笑みを見たレイラは不思議とアランの笑顔と重なって見えたのだった。


 それから聖堂の間を後にしたアルテミス達は、最後にレオンからローラシアで行っている仕事の説明を受けたりした。一通り案内が終わるとレオンは夕方ということもありアルテミスを夕食に招待するため口を開いた。


「アルテミス様、もしよろしければ夕食にご招待したいのですが、いかがですか? わが家のシェフは王都でも有名なのです。ぜひ召し上がっていかれませんか? あ、アニー様、レイラ様も」


「……ねえ、レイラ、なんだか、わたしたちついでのように聞こえたのですけど」


 アニーは小声でレイラに耳打ちする。


「エマとマリーさんが心配しないかな?」


「そうよね、城でも食事を用意しているだろうし」


 丸聞こえの二人の会話にレオンは苦笑すると言った。


「私の家は王城から近いところです、マルテには連絡しときましょう、なのでぜひどうぞ」


「そうね、連絡してくださるのでしたら、よろしいかと」


 アルテミスのその言葉に、レオンは笑みを浮かべて礼を述べたのだった。


 一方、王城では……


「マルテさん、それではアルテミス様はレオン様のところで夕食を召し上がると」


「はい、そのように連絡がありました。ですのでこの時間を利用して、わたくしたちも夕食を取ってしまいましょう」


「アルテミス様が夕食を外でとられるのでしたら、やはり私たちもついていった方がよかったのでしょうか?」


「大丈夫ですよ、レオン様の邸にも侍従がおりますから」


 エマたちがそんな会話をしているところへ、長い会議を終えたバルトスがアルテミスの部屋を訪ねてきた。彼はアルテミスを夕食に誘いたいと言ってきたのだが、マルテから今日の夕食はレオン邸でとることを聞くと、彼は血相を変えて出ていったのだった。


 レオン邸で出された夕食は、たしかに王城の料理とは違って個性的な品が多かった。アルテミスはそれに満足して挨拶に来た料理長にお礼を言う。料理長はアルテミスからのお礼に満面の笑みで返していた。


「アルテミス様、少し夜風にあたりませんか? お話ししたいことがあるのです」


「はい」


 レオンはアルテミスを王都が一望できるバルコニーに連れ出した。レオン邸は街の喧騒から離れて森に囲まれた山の上に建っている。夜は王都の明かりが一望でき、そこは落ち着いた静かな所であった。


 バルコニーで良い雰囲気を作っている二人を見て、アニーがレイラに言う。


「ちょっと、大丈夫なの?」


「なにが?」


「なにがって、二人にしちゃってよ」


「え? まさか口説かれるとか」


「そういう方面」


「でも、レオン様がそのようなことを」


 アニーはレイラの言葉に頭を抱えた。レイラは見た目に反してませているところがあるとアニーは見ていたのだが、今の発言で評価を修正させられたのだった。二人はバルコニーに目をやりながら、食後に出されたデザートを食べている。

 そんな彼女らの目線の先にいるレオンとアルテミスは、まるで美しい絵画のように扉の枠が額縁になって王都の明かりを見下ろしている。レオンはいつものようにこの景色を味方にして口説き始めるかと思いきや、至極真剣な表情を作って話し始めた。


「アルテミス様、私は小さい頃より魔力が高かったため、多くの者に期待の目を向けられて育ちました。私が成長して女神からの魔力を直接受け取れるようになると周りの目は益々、私のこの魔力に求めることが多くなっていったのです。私はその期待に一生懸命答えようとこの聖者の道に一心不乱に努力してまいりました。だけどやはり限界はありました。その限界を知った時、私は自分の力の無さに自分自身を責め立て、苦しむようになったのです」


「……」


「私には救えなかった命を多く抱えています。黒い霧による病もそう、けが人をも完治させることも出来なかった。そのたびにこの求められる重圧に苦しむようになったのです。私は女神様にその都度問いかけましたが、女神様がそれに答えてくださることはありませんでした。だからわたしはあなた様からの言葉が欲しいのです」


「レオン様、わたくしたちは決して万能ではありません。その中には救えない命もあるのです。だけれどもあなたの行いに、女神は決して答えていないことはないのです。女神はあなたが持てる力を最大限使って人々の苦しみを取り除いていることに喜んでいます。それに人々のために行使するその魔力にはすでに女神たちの思いが入っています。あなた一人ではありません、苦しみや悲しみは女神たちも共に共有しているのです」


「私はこれでいいのでしょうか?」


「あなたが出来る限りの力を尽くして行っているならば、誰もあなたを責めることはいたしません」


「ありがとうございます、あなた様からその言葉を聞けて安心しました」


「それならよかったです」

 

 レオンは安堵の表情を浮かべると、アルテミスの白銀の目を見つめた。彼が彼女を見る目には熱い感情が宿っている。


「アルテミス様、わたくしども聖教会もパノティアの救済にお役に立てることがありましょうか?」


「そうですね、パノティアの民たちの傷ついた心を癒すのに協力をお願いしたいですね」


「わかりました。わたくしどもローラシアの聖者も必ず、アルテミス様の下に馳せ参じましょう」


「ありがとうございます、レオン様……!」


 そう言ったところにレオンは、突然人差し指をアルテミスの赤い唇に近づけた。


「私に敬称はいりません、女神様。どうか、レオンと」


「そ、そうですか」


 レオンはアルテミスの口元にあった右手をそのままゆっくり下におろし、手すりに置かれていたアルテミスの白い手に重ねた。


「レ、レオン」


「よかった、わたしの名前を呼んでくれた」


 レオンはそのまま掴んだアルテミスの手を持ち上げてその甲に唇を落とした。

 そして彼はふたたび彼女の白銀の目に視線を合わせると、レオンはそれに息を飲んだ。なぜなら月明かりに照らされた彼女の目の中に、無数の白い光が輝いていたからだ。レオンはその目を見て今まで接してきた女性たちと明らかにちがう存在に一瞬体を引いてしまった。それでも彼はその瞳を見つめていると、なぜかそれに吸いこまれていく感覚に、逆に目を逸らすことができなくなってしまう。彼はなんとか離れようとする自分の体に抵抗して彼女を軽く自身に引き寄せた。今までこれほどまで緊張したことはない、触れてはいけない至高の宝石を手にしようとしているかのように、レオンの青い目は揺れ動いた。

 しかし、動揺しながらもレオンの心は歓喜が上回った。子供のころから求めてきた女神アルテミス。彼女に直接、自らの悩みを打ち明けることができたことに彼の心は何とも言えない喜びに包まれていたのだ。女神たちから頂く聖属性の魔力は、その一端を感じられるものの、姿形がないためその魔力でしか女神の存在を認識できないことにレオンは大きな壁を感じていた。それがどういうことだろう、目の前にいる人は形のない魔力ではない、具現された人になって彼を見ている。子供のころからこの道に捧げてきたレオンにとってこれほどの奇跡はなかったのだ。


「ちょっと、レオン、何をしようとしているの?」


「わたしにとってあなたは求め焦がれてきた存在なのです。どんなに求めても私の前にその姿を現すことはなかった……」


「わたくしたちは聖なる魔力そのものなのです。姿を現すことなどさほど重要なことではありません。あなたは特別に、直接に女神たちの魔力を受け取ることができるのでしょ? それがすべてなのです」


「そうでしょうか? 聖典ルキアの中で武神ルキアは母を求め焦がれていた。そしてついに彼女は魔力を受け取るだけなく、母の姿を見ることができたのです。わたしたち聖者もその姿を想像するだけでなく、実際にこの手で触れたいのです。これは間違っていることですか?」


「……もう一度言いますが、わたくしたちはこの魔力がすべてです。ただ、このように混乱した世界では人の姿を取ってあなた達の前に姿を現すこともあります」


「そうです、わたしはその機会を与えられた……」


 レオンは重ねていたアルテミスの手から右手を離すと、そのままゆっくりと上げて彼女の顔に触れた。頬に軽く手を添えた彼は再び、白銀の目を見つめる。レオンはまたもや彼女の目の中に存在する燦然と光るものに吸いこまれていく……


 部屋の中では相変わらずアニーとレイラがデザートを食べながらバルコニーを見ていた。


「レイラ、なんかいい雰囲気になってない?」


「アルテミス様、どうするのかな?」


「ふふ、レイラ、あなた、あそこに行ってデザート食べませんかと言ってきたらどう?」


「無理よ、あの雰囲気に入れるわけないでしょう!」


「バルトス様が見たらどう思うかしらね?」


「うーん、バルトス様も実際アルテミス様のことどう思っているのかよくわからないのよね」


「そうね、ここにサリー様がいたら止めるのかな?」


「かもね、なぜ止めないのって怒られるかも」


「いえいえ、私は無理よ。レイラあなた子供なんだから、ちょっと行って来てよ」


「子供じゃないから!」


 そう言ったところで彼女たちの後ろを誰かが通り過ぎた。


「え!」


 レオンはアルテミスの頬に添えた手をそのままさらに移動させて、白銀の髪に触れた。その髪に触れた瞬間、レオンの手は震えを起こした。


(これは……手から聖属性魔力を感じる。私の手から女神の魔力が流れてくる! こんな魔力はいままで感じたことがない……)


 レオンはアルテミスに手の震えを悟られないよう気丈に振る舞ってさらに一歩近づくと、彼の手はその美しい髪を触りながら下に指を滑らせていく……


「レオン、なにをしているの?」


 アルテミスの質問にも彼は無言を貫いた。

 そして彼は左手を彼女の腰に触れてゆっくりと自身に引き寄せようとする。その動作にアルテミスは彼が何をしようとしているのかを理解し、目を下に伏せたところで、突然、レオンの声とは違う声が聞こえた。


「レオン、なにをしている!」


「……バルトス」


 バルトスが息を切らしてバルコニーに侵入してきた。


「レオン、そのお方はおまえが敬うべき存在だ。横に並んでいいものではない」


「バルトス、酷いことを。私もお前と同じ人だぞ」


「いいや、おまえは聖教会を統括する者。私心でもって接していい人ではない、触れていいはずがないだろう」


「アルテミス様、この男はとても優秀な男です。優秀すぎる故、このようなことを平気で言うのです」


「はぐらかすな!」


 そう言うとバルトスはアルテミスをレオンから引き剥がして自分に引き寄せた。


「バルトス、ひどいぞ。私が彼女をどれだけ求めてきたか知っているだろう。そういうおまえはいいのか?」


「ああ、俺は聖者ではないからな」


「はは、ひどい理屈だなぁ」


「レオン、ご令嬢たちからおまえに抗議がきている。いったい何人と付き合っているんだ」


「おい! 今それを言うか」


 レオンはアルテミスにあまり聞かれたくない話題に天を仰いだ。両手を上げてアルテミスの前でこの話題は勘弁とばかりに話を逸らした。


「アルテミス様、本日は失礼いたしました。どうぞこれからも私を、ローラシアをお導き下さい」


「ふん、まったく勝手がいいやつだ」


 バルトスはそう言うと、もう遅いですから帰りましょうと、足早にアルテミスを連れて出て行ったのだった。










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