プリシアとジークヴァルト後編
「う、う……」
首を絞められているプリシアを見たジークヴァルトは全身に怒気を纏うと、怒りが魔力と重なってオーラを漂わせた。
ヤコフはプリシアを離してと自分にすがるソニアを邪魔だと言わんばかりに足で蹴って遠くに追いやっている。蹴られたソニアは苦しそうに蹲ってその場から動けない。
「う……プ、プリシア……様」
ジークヴァルトは剣を下にさげたままヤコフに向かって歩き出した。
「その手を離せ、プリシアに汚い手で触るな」
「ふふ、威勢がいいな。部下を三人殺るとはとんでもない奴だ」
「離せと言っている!」
ジークヴァルトはそう叫んでさらにヤコフに近づいた。
「バカか! こいつが死んでもいいのか? それ以上近づくな」
そう言うとヤコフはプリシアの首に力を入れた。すでにプリシアは意識を失っているようだ。
「このおおお!」
それを見たジークヴァルトは憤怒の表情で突進していった。
「怒りに周りが見えていないな、やはりガキだ」
後ろに回り込んでいた新手がヤコフの合図で闇弾をジークヴァルトに撃ち込んだ。それに対して突進しながらもその背後からの闇弾に気づいたジークヴァルトは、躱すことができたのだがそれを躱してしまうとプリシアに直撃してしまうことがわかったため、躊躇うことなく左腕でそれを受け止めた。その衝撃でジークヴァルトの腕は元から吹っ飛ばされてしまう。彼はそれでも表情ひとつ変えずにヤコフに向かって突進していった。
「なんて奴だ! 剣を降ろせ! この女が死んでもいいのか」
ヤコフは気絶しているプリシアを盾にしてジークヴァルトの剣を受け止めようとプリシアを前に突き出した。だが彼女の細い体では全てを防げてはいなかった、ジークヴァルトは迷うことなくヤコフの脇腹目掛けて剣を突き刺した。
「ぐああ! こ、こいついかれてる! おい! はやくとどめを刺せ!」
ヤコフはジークヴァルトの後ろにいる仲間に叫んだが、ジークヴァルトがヤコフの後ろに回り込んだため闇弾を撃つことができない。
「いいから撃て!」
それでも撃てと叫んだヤコフは腹に剣を突き刺されて苦渋の表情を作っている。魔法師であるヤコフはジークヴァルトの素早い剣筋にまったく反応できなかったのだ。
「はやくプリシアを離せ!」
ジークヴァルトは離れたところにいる敵が遠距離攻撃を撃つ前にプリシアを助けようと強引にヤコフに接近した。一方のヤコフは向かってくるジークヴァルトに、逆に身動きの枷になっていたプリシアをたまらず放り投げると、闇の魔力を腕に宿してジークヴァルトに向かって行く。向かい合った二人は近距離で攻撃を繰り出した。
「うおおお! プリシアをよくも!」
「このガキが!」
ジークヴァルトは剣をヤコフの心臓に向かって突き上げた。対するヤコフもジークヴァルトの心臓に向かって闇弾を撃ち込む。相討ちと思われた両者の攻撃はジークヴァルトに軍配が上がる。先に到達したジークヴァルトの剣が闇弾の軌道を逸らしたため、ヤコフの魔力はジークヴァルトの顔を掠めるように後方へ流れていったからだ。
しかもジークヴァルトの動きはまだこれで終わってはいない。ヤコフの心臓に剣を突き刺した彼は、片腕を失いながらも精神は冷静を極めた。後方にいた敵から撃たれた闇弾を、突き刺したヤコフの体を盾にして受け止めると、そのまま絶命しているヤコフを盾にして窓付近にいる敵に突進していったのだ。バルコニー付近にいた闇暗部兵は、隊長がやられたことに動揺して動けないところを、その隊長の死体が目の前に迫ってくることに恐怖の顔を浮かべてしまっている。
「うおおおお!」
迫るジークヴァルトに暗部兵がようやく逃げようと体を後ろに向けた瞬間、ヤコフの体から突き出たジークヴァルトの剣が、勢いよく暗部兵の首に突き刺さった。そしてジークヴァルトは二人を突き刺したまま、剛腕に任せて二人の死体を地面に叩きつけるように串刺しにしたのだった。
「ハァ、ハァ……プリシアは……」
戦いが終わると、全身血だらけの修羅と化したジークヴァルトは、流れる血液をものともせず倒れているプリシアに近寄る。
「プ、プリシア大丈夫か?」
「……」
気を失っている彼女からの返事はない。
「ソニア、すまない。プリシアに早く治療を……」
「は、はい」
ソニアが外へ助けを呼ぼうとしたところへ、ようやく護衛騎士達が部屋になだれ込んできた。
「プリシア様、ジークヴァルト様!」
公爵の護衛騎士達にジークヴァルトはすぐに訴えた。
「プリシアに早く聖者の治療を!」
「あ、あなたもです! おい! 早くジークヴァルト様とプリシア様に治療を!」
結局、暗部兵達はジークヴァルト一人に半分は殺されていた。彼らはリーダーのヤコフが殺されるとすぐさま退散していったのだが、別動隊の闇兵たちは辺境伯の暗殺に成功していた。もう一人のターゲットであるローベルトの方は場所を移動していたため暗部兵達に見つからず無事であったのだ。ジークヴァルトに足止めされたことで公爵を探す時間がなかったのである。
その後、ジークヴァルトとプリシアはこの地にいた聖者に治療を施されるが、ここにいた聖者達では力不足のため思うように治癒ができないことがわかった。それを受けてローベルトは、王都所属の聖者に至急治療してもらう必要に急いで王都へ戻るのだった。
帰りの馬車の中でジークヴァルトは、片腕を失ったというのに意識を失うことなくひたすら横たわるプリシア見ている。
「ソニア、プリシアの意識はまだ戻らないのか?」
「はい……」
ジークヴァルトの介護をしているソニアが沈痛な表情を向けて答えた。
「辺境領におりました聖者様の話では体に異常はないようです」
「そうか」
「私はあなた様の方がご心配です。……左腕は……レオン様でも治癒できるかどうか……」
左腕だけでなく、闇弾が掠めた顔の半分の傷跡も痛々しかったことにソニアは心配している。
「ふふ、利き腕があれば剣は今までどおり問題ない。残念なのは腕とこの顔でプリシアに嫌われてしまう方がショックだな」
「そのようなことはありません! 嫌うことなどあるはずがありません……う、う……」
二人を一人で命がけで守り抜いた彼の言葉に、ソニアは涙を零してしまったのだった。
王都聖教会……
強行軍で王都に戻った一行はそのまま聖教会へ向かう。
「レオン! 頼む、治療を」
青い髪と目をしたローラシア聖教会大司教レオンはジークヴァルトの悲惨な姿をみて眉間に皺を寄せていた。
「わかりました、お二人をあちらの部屋に」
若くして王国聖教会大司教に就任したグレース家レオンは高い聖属性の魔力から早くに家を出て聖教会に身を捧げた。その持ち合わせた魔力に周囲からは羨望の眼差しを受けて「彼は女神から愛されている」と囁かれていたほどだ。しかし美形な外観に異性から好意を抱かれることが多く、常に女性の影が絶えないことがいまいち突き抜けた評価を抑えていたのだった。
「レオン、俺はいい、プリシアを先に」
「……わかった」
ジークヴァルトは自身の治療よりもプリシアを優先してくれと頼み込んだ。レオンはそれに返事をすると、後ろに控えていた同僚に自分が戻ってくるまでジークヴァルトに魔力を流し続けるよう指示し、彼はプリシアがいる部屋に入って行く。部屋の中でプリシアは父ローベルト達に見守られながら横になっていた。その目は未だ閉じられたままだ。
「頼む!」
「はい」
レオンは横たわるプリシアを前にして片手を天に掲げた。すると彼のその手がアンテナとなってそこに聖属性の魔力が降りてくる。その降りてきた魔力をそのままプリシアへと流した。これが彼を有名にさせた業、彼のみが唯一行える才能であったのだ。彼は十歳頃には女神から聖属性魔力を直接受け取ることができ、その魔力は通常の聖者が受け取る魔力量をはるかに超えていた。
それを受けたプリシアの体は溢れんばかりに光輝く。レオンは十分過ぎるほどの魔力を彼女に流し込むと、その光の眩しさに反応するようにプリシアの目がゆっくりと開いた。
「う……う……ここは……」
「プリシア!」
「プリシア様!」
周囲からの呼び声にも状況が把握できないのか、彼女はまだぼーっとしている。
「わたしは……どうしたのかしら? なにか大変なことが……あったはず」
「プリシア様はまだ記憶が混濁しているようです。体に異常はないのですが念のためしばらくは安静にするようお願いします」
「レオン、感謝する。ジークヴァルトも頼む!」
ローベルトが叫ぶようにレオンに言った。
レオンは急いで別室にいるジークヴァルトのもとへ向かう。
「レオン、プリシアは?」
「大丈夫だ、意識を取り戻した。多少、記憶の混濁があるがしばらくすれば取り戻すだろう、さあ、それよりもあなただ」
ジークヴァルトの治療の方は困難を極めた。レオンは丸二日治療を行い一命は取りとめたものの、顔の傷は完全に傷跡を消すことが出来ず、そして欠損した左腕も、レオンの魔力でもってしても再生することはできなかったのである。
プリシアの方は体に異常はなかったのだが、目の前で行われた殺し合いの恐怖に彼女の精神は許容できず心に傷を負ってしまったようだった。そのことから彼女は無意識下で、ジークヴァルトごと記憶に蓋をしてしまった。プリシアの中には思い出したくない恐怖の記憶とともに、ジークヴァルトとの淡い恋心が眠っていた。
それから数日後、オルグレン侯爵家……
「……ジーク、今日はここまでにしよう」
ジルトス王から活躍を称えられ、最高位「剣星」の称号を贈られたジークヴァルトはあの事件以来、気持ちが暗く沈んでしまっていた。レオンにはそれが体の傷からではないことがわかっていたのだが、それをはっきり口に出すことが出来なかった。
「レオン、もういい、これが治癒の限界なのだろう?」
「……」
「明日も来るよ、すまない」
「レオン、俺の治療はもう必要ない」
「しかし」
「もういいよ、おまえからはこれ以上治癒できないことへの罪滅ぼしをしていることが伝わってくる、治療できないものはしかたがない、おまえに責任はない」
「ジーク……プリシア様とは……」
「……おれは彼女が元気であればこれ以上求めることはないよ」
「……すまない」
ジークヴァルトが部屋から出て行って一人になったレオンは自らの力の無さに天を仰いだ。
(……女神様、所詮、私の力はここまでなのでしょうか……)
◇
闇兵の襲撃事件も季節が過ぎていくと次第に人々の記憶から遠ざかっていった。その後の帝国からの襲撃もないことが、さらに事件の記憶を遠ざけたといえる。しかし時間がいくら流れてもその傷跡は消えてなくなることはなかった。
「ソニア、急ぎましょう! メーディア様が到着してしまうわ」
「はい!」
穏やかな日差しに包まれたある日の午後、王妃主催のお茶会に参加するため、黄色いドレスを着たプリシアは、中庭に続く廊下を足早にソニアとともに歩いていた。すっかり元気を取り戻した彼女だったが、事件前と少し性格が変化していた。少し短気になり、気性が激しい性格になったように感じられたのだ。その他はいままでのプリシアを取り戻していたのだが……
「ソニア、本日参加される方の確認をさせて」
それを受けてソニアは小さなメモ紙をプリシアに渡す。彼女はそれを確認すると笑みを浮かべた。
「大丈夫ね、王妃候補としてわたくしに敵う方はいらっしゃらないわ。ふふ」
「……はい」
そのことに満面の笑みを浮かべたプリシアは中庭へと続く扉を目指した。そして扉を開けると眩しい陽光に目を細めてしまう。彼女は細めた目線の先に陽射しを後ろから照らされた一つの黒い影を発見した。お茶会の会場はその影があるところの階段の先にある。彼女はそのまま意気揚々と階段を上って前に立つ黒い影が目の前にくると、彼女はその者の片腕がないことに一瞬哀れみの表情を作るがすぐに社交用の笑みを作ってカーテシーをした。
「あら、ジークヴァルト様、ごきげんよう、偶然お会いするのはこれで二度目でしたかしら、ほほほ」
「プ、プリシア様……」
後ろに控えていたソニアの小さな声がかき消されると、プリシアの言葉にジークヴァルトは静かに返した。
「ごきげんよう、プリシア様」
挨拶を終えて彼女は足早にジークヴァルトの横を通り過ぎていく。プリシアの記憶は今もまるで重厚な扉に阻まれるようにその先にあるはずの二人の記憶を開け放つことができていなかった。
それでもジークヴァルトにとってプリシアは記憶があるかないかなど関係なく命を賭して守るべき人であることに変わりはない。彼はいつかは彼女のその目が自分を見てくれる日がきてくれることを信じて待っている。それはたとえ、プリシアが王妃になったとしても変わりはなかった。そんな決意にも似た強い想いを彼は心の内側に大事に抱えている。
しかし、ジークヴァルトのその強い想いも知らずに颯爽と横を通り過ぎていってしまった彼女は、跳ねるように階段を駆け上っている。彼女のその足音は彼の気持ちを沈ませるのに十分な音であった。けれどそれでもなお、彼は振り返って彼女を見てしまう。
そして振り返った先では彼が予想した通り、彼女は眩しい日の光の中に吸いこまれるように消えたあとだった……




