【挿話】闇落ち女神ネメシス④
現在のウルティマ帝国がある位置に、大昔、数多くの小国家が存在していた。クラウスはそのうちの一つゼノンという国の王族に生を受ける。彼が生まれた大陸北部東側は大小の国が乱立し、それぞれが覇権を争う戦乱の世であった。その覇権争いも西側にある大国バーゼルが一歩抜きんでると小国家連合対バーゼルという構図ができあがる。現在のパノティアに位置しているバーゼルが一気に大国まで成長した理由は、当時全盛であった火や水などの一般魔法をいち早く研究し、それを戦争の兵器に変換していったことが大きかった。そのため小国家群もバーゼルの後を追うように一般魔法の攻撃練度を高めることに取り組むのだが、大国バーゼルと比較すれば一歩遅れをとっていたことは明白だった。
それに当時の時代でも超魔法の部類に入る二つの属性、聖魔法と闇魔法は貴重な魔法として位置づけられていたものの、使用者が少ないことから研究も進まず、それに対して簡単に発動できる一般魔法が幅を利かせていたのである。
そんな状況の中、東側小国家群の一つゼノン国は、次々と侵略を行う大国バーゼルに対抗すべく、乱立していた小国家をまとめ上げ軍事同盟を築いていた。
小国家連合がバーゼルの傘下に入ることを拒否するのには理由がある。バーゼル王は侵略した国家に対して、王族、貴族たちを処刑していくという、過酷な占領を行っていたからだ。この侵略に立ち向かうため、ゼノン国が初めて音頭をとって諸国軍事連合を立ち上げたのだった。
その軍事連合のリーダーとなったクラウスは、今日も同盟国から打診を受けていた。
「クラウス様、それではトラン国に援軍を送ると……」
「そうだ、パール女王を見捨てることはできないよ」
この決断に対して一人の執政官が慌ててこれに反対の声を上げる。
「待ってください、クラウス様。バーゼルとは停戦を締結したばかりです」
「ああ、締結はバーゼルの計略だったってことだろう、トラン国への侵攻に参戦することがないよう一時的なものだ」
「クラウス様、この国の兵団はまだ大国に勝るほどの力はございません! 今は時間を作るべきです。それに諸国連合も一枚岩ではありません。軍事同盟とはいえ、呼びかけに応じるかどうか……」
「それはわかっている、だがパール女王はこの国のために聖魔法の魔力提供を欠かしたことがないのだぞ。分が悪くなれば見捨てるのか」
「し、しかし、共倒れては意味がありません。なぜそこまであの聖女に義理立てするのです?」
「女神の意向がある。それにバーゼルは私が持っているロベリアに脅威を感じているはずだ。だから我が国との停戦を望んだのだ。私が参戦すればバーゼルも侵攻を考え直すかもしれない」
「クラウス様、失礼ですがあの国があなた様一人のために行軍を取りやめるとは思えません。バーゼルは聖魔法を使えるパール女王を我が物にすることが目的です。それを妨害するのであればこの国も無傷では済まされません。ご存じのとおりバーゼルは歯向かう国に悪逆非道をつくす国です。戦端が開かれればゼノンにそれが向くことになるのです。今は諸国が一丸となって連携がとれるまで耐えるべきです」
「エルゼン、恐れる必要は無い、正義はこちらにあるのだ。それになんのための軍事連合だ、ここは何としてもトラン国を守り切る。それにトラン国を助けることはこの国にとって避けてはならないことなんだ」
「ですがクラウス様、どれだけ参戦してくれるか……」
「君が言うことはもっともなことだ。しかし時間はないのだ、この戦いに諸国が同調するよう働きかけて欲しい。間に合わなければゼノンは先行してトラン国へ進軍する」
「……」
クラウスは執政官たちとの会議を終わらすと、一人足早に自分の執務室へと戻る。幸いにも執務室には誰もいなかった。クラウスは執務室を素通りして隣部屋の自室に入りカギを閉めた。そこで彼は一人言葉を発する。
「二人ともいるか?」
するとゆらゆらとクラウスの前に二つの人影が現れた。
「カーディス、ネメシス。聞いてのとおりだ」
すぐに女神ネメシスが返事をした。
―――クラウス様ありがとう、パールを助けてくれて
すかさずカーディスが反論する。
―――クラウス様、私は反対です。トラン国はもう存在する意味もない国です。むしろ平和裏に大国に吸収させてはいかがですか? バーゼルなどクラウス様の力の前には恐れるに及びませんが、ゼノン軍はまだ大国と戦うには練度が足りていません。トラン国はあなた様が進む覇道の足枷になると愚考します
「カーディス、そんなことはないよ、トラン国のパールをはじめ、貴重な聖者を見殺しにすることはこの先進むべき”道”を見失うことになる。バーゼル国が聖者にする悪行は君たちも知っているだろう。私はそれを正さねばならない、兵の成長を待ってる時間はもうないんだ」
―――クラウス様、それならば私が構築した使徒の魔法を今こそ使うべきではありませんか?
「……うーん、どうも操る魔法は違う気がするんだよ。カーディスが構築してくれた手前悪いけどね」
その言葉にネメシスも同意した。
―――私も魔法で操ることには反対です。クラウス様が目指している北部統一はそういうことではないのでしょ?
「ああ、そうだよ、ネメシス。ロベリアの書には規範を追加していきたい、正しく、優しく、強くだ。この書が完成するときがこの大陸に平和が実現する時でもある。そうだろ、カーディス?」
―――……
一方、会議を終えた筆頭執政官であるエルゼンは、執務室へ戻ると部下たちが一斉に彼の顔を見てきた、会議の結果を皆が知りたがっているのだ。エルゼンは執務椅子に腰かけると部下に告げる。
「クラウス様はトラン国へ援軍を編制することをご決断された」
「エルゼン様! 相手はゼノンの何倍もの兵力で押し寄せてきますぞ、クラウス様のロベリアで対抗できるのでしょうか?」
「……わからない、クラウス様の力は人智を超えた魔法だ。勝算が御有りなのだろう。しかしさすがに我が国のみではトラン国を助けることはできない。諸国に参戦をお願いする、急ぐぞ!」
「はい!」
夜になると昼間の喧騒がうそのように、ここゼノン王城は静まり返っている。クラウスは今日の執務を終わらすと、立ち上がって夜の城下町を見下ろした。今日は珍しく月が綺麗であった。その月のあかりと同じように広がる町の灯りは、この小国が長年の戦乱を乗り越え平和を知らせているようにクラウスには思えた。
彼が王位に就いてからのゼノン国は、希少な闇魔法の恩恵を受け生活水準が他国に比べて著しく向上していた。生活する上での必要な飲み水や加工する際に使用する火など、魔法道具を次々と生み出し、荒れた大地も緑豊かな景色へと変貌させている。それによって食べるものにも困らず、加工品や食物の他国への輸出も軌道に乗りはじめていた。まだまだこの国だけではあるが、彼が思い描く理想へと着実に近づいていたのだ。それに彼は闇魔法書の抄本を作成し、国民向けに軍事や攻撃魔法などを除外した利便性を重視した小本を、身分に関係なく配った。それは誰もが生活魔法を使えることを意味し、また同時にその魔導書によって、クラウス王が思い描く理念を皆が理解することができたのだった。
そしてその闇魔法の恩恵にあずかりたいと思っているのは、当然、国民だけではない、周辺諸国もその魔導書に着目したことから歴史的な諸国軍事同盟を結ぶことができたのだ。これをさらに広げていくことこそ、クラウスが目指している道であった。しかし、大国バーゼルは一般魔法を研究している国である。大国が持つプライドがクラウスが進むべき道を邪魔していた。
クラウスは町から視線を上にあげ、綺麗な月を見上げる。自分が書き上げてきたこの魔導書がやっと戦争を終わらし、人々に安息を与えるものへと成長したことに彼は自然と笑みが浮かんだ。
(しかしまだだ、あと一歩だ。バーゼルをどうするか……ここでさらに闇魔法の力を見せる必要がある)
クラウスは外を眺めながらそのまま後ろに向かって声を発した。
「カーディス、ネメシス、私たちはいずれバーゼルに侵攻すべきだと思うかい?」
クラウスがそう言うと、透明な人影が二つ現れた。
そのうちの一人、女神ネメシスが答える。
―――いいえ、今回のトラン国への救援はしかたがないとしても、バーゼルにはあなたが自国に行ってきたロベリアの良さをわかってもらうよう、まずは話し合うことが大事だと思うわ。この国に停戦を申し入れたということはバーゼルもあなたが持つ魔法の有用性を理解しているということ。バーゼルとはそこに歩み寄る道があると思います
それを聞いてカーディスは反論する。
―――ネメシス、あなたの言っていることは辻褄が合っていない。それにバーゼルが話し合いに乗るとは思えません。彼の国は必ず攻め込んできます。私たちは強力な軍事力を早急に編制しなければ安息の日が奪われます
クラウスが困った顔して発言した。
「ふふ、両方正しいといえるな」
カーディスの指摘を受けて、ネメシスは申し訳なさそうに言った。
―――パール女王は自国が戦争の火種になることを反対しておりました。戦争が回避されるのならバーゼルに投降してもよいと。わたしは彼女の意思を尊重しなければいけませんが、投降すれば彼女は無事ではないでしょう。私はパールが辿る運命に目を瞑ることができませんでした。クラウス様には戦争の火種になり得ることをお頼みしたこと申し訳なく思っています
それを聞いてカーディスは笑った。
―――其方は状況がわかっていない、視野を広げ給え。クラウス様のロベリアは完成間近なのだよ。強力な軍隊を作り上げればロベリアに死角はないでしょう。今のゼノン軍はまだ未成熟です。今回、万が一、バーゼルを止めることができなければ、クラウス様が積み上げたものが崩れる危険があるのです。それをわかっているのですか? あなたは小を捨てて大に就くという言葉を知らないようだ
―――今回のことはあくまでも同盟国への救援ですが、バーゼルとの戦争には基本的に反対しております
―――ふふ、よく言えたものだ。戦争を回避するならばそれこそ強力な軍隊が必要でしょう
―――カーディス、あなたは十数か国もある国がクラウス様のもとで平和に統合されたことを軽視しすぎです。あなたは諸国へも闇魔法の力を示すべきだと仰っていましたね? 力で統合を果たしていたなら民の笑顔は見れたでしょうか?
カーディスはネメシスの言葉にさらに笑った。
―――はは、それとバーゼル国の対応は違いますよ。あなたはトラン国を助けたいのでしょう? 助ける手段は話し合いですか? 軍の派遣なしで話し合いが本当に可能だと思っていないから今回のことを謝ったのでしょう? あなたは
―――わたしはトラン国を助けたいけれども、バーゼルとの全面戦争は反対なのです。戦争を回避する手段は他にあると言っているのです。トラン国への救援も軍の派遣以外に方法があったのかもしれません。あなたはそういうことは考えないのですか?
カーディスは心底あきれた。
―――あなたは軍の使い方がわかっていない、バーゼルに対しては軍を動かすということは重要なことです、ゼノンが動いたと見せれば彼の国を牽制させることができるのですよ。それに各国も続けて参戦すればそれこそバーゼルに対して大きな牽制になるでしょう? 話し合いなどより余程効果が見込めます。それでもその牽制に効果がなければ、最後は力を行使すればよいのです。だから将来を見越して強力な力は必ず必要です
―――……何を言っているの? あなたはすべてのことを力で解決していくことに固執しすぎです。視野を広げるのはあなたの方ですよ。今回この状況で軍を動かせば衝突してしまう恐れがあることぐらい私にもわかります。しかしそうならないようにトラン国を助けていくことが最善だと申し上げているのです。
カーディスはネメシスに聞こえるように大きなため息をつくとクラウスに進言した。
―――ふふ、空論にも程がある。クラウス様、ネメシスはこの戦乱の状況には不向きと思われます。この蝶よ花よと煽てられている女神をなぜアルテミス様は採用されたのか理解できません。私は再審議を要望いたします
―――なんですって!
クラウスは慌てて仲裁する。
「二人とも待って、そこまでだ。ネメシス、知っている通りトラン国に軍を派遣することが決まっている。女王が投降したとしても、話し合いを行うにしてもバーゼルのことだ、どんなことをしてくるかわからない。それと私はトラン国は同盟国であるから助けるべきだと考える。しかしさすがに手ぶらでいくことはできないだろう、もちろん、話し合いで解決できるように尽力をつくすつもりだよ。その先にあるバーゼル国との戦争は今回のことで見極めができるだろう。臣下の者はもう動いている、軍の指揮はカーディス、君に任せる」
―――承知しました。ネメシスのこと、何卒ご再考くださいませ
―――あなたねぇ、はじめから私のことを小馬鹿にしているでしょう?
―――はは、自覚があるようで結構、ははは
カーディスの言葉にネメシスの紫の目が光った。クラウスは慌て仲裁する。
「まって、まって、そこまでだよ」
二人の仲が良くないことにクラウスは小さなため息を漏らしたのだった。




