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大聖堂前にて


 左右に分かれたローラシア・聖国軍は、帝国軍の拠点を撃破すると、バルトスの計画どおりそのまま敵の本拠地、ミリオン侯爵邸に突き進んだ。

 

 アルテミス達、東軍も侯爵邸を目指して進んでいたのだが、先行していた連絡兵が意外なことを報告してきた。


「アルテミス様、ご報告申し上げます。目的地の侯爵邸ですが現在、炎上しているようです」


「わかりました、とりあえず侯爵邸に行きましょう」


「どういうことでしょうか? 敵将ベルンがいるのだと……」


 アルテミスの隣にいるクリフが予想外の報告に首を傾げてそう言った。


「わかりませんが、ベルンは移動したのかもしれませんね」


 それからしばらくして聖国軍が侯爵邸に到着すると、たしかに邸は火に包まれていた。この邸の主はもうこの世にいないが、それがわかったようにその侯爵邸はボウボウと燃えて崩れ落ちている。ここにいたはずのベルンがどこにいったのかは誰もわかるはずもなく、騎士達は一応この邸を調べることにした。

 

 聖都南部、聖女専用宿舎……


 侯爵邸から立ち昇る黒い煙は、距離がある南部からでもよく見えていた。ララは上階の窓から不安げにその黒煙を見ている。ついさっきこの邸の庭から無数に銀の粒子が空へ上がったことにより、子供達や聖女達は邸の庭に集まり、そこが歓喜に包まれていたのがうそのように、今度は遠くに見える黒い煙に戦闘が行われていることをあらためて皆理解したのであった。


「ララ様」


 窓を見ていたララの後ろからサリーが声を掛けてきた。


「アルテミス様がおられますから大丈夫ですよ」


「ええ、セイレンの光も北部方面に飛んで行ったようですし、アルテミス様がご無事でお戻りになられるよう、私たちはお祈りしましょう」


「はい」


 サリーが返事をしたところで、今度は遠くにかすかに見える大聖堂から突然、黒い魔力が柱となって放出されているのが窓から見えた。


「⁉」


「ララ様、どうかされましたか?」


 ララはそれを見て明らかに動揺している。


「こ、この魔力は……彼の魔力だわ……」


「ララ様?」


「い、行かないと、彼を問いたださなければ!」


「ちょっと! ララ様! 落ち着いてください! どこへ行くのです!」


 その頃アルテミスは侯爵邸の庭で燃える邸を見ながら闇の魔力を探していた。しかし邸には生ある者の気配を感じることはできなかった。


「ここはもぬけの殻だわ」


 ゴードンやクリフたちの側には、ローラシアのフレッド団長の姿もある。彼らを見て西軍も無事、敵を倒したことにアルテミスは安堵する。

 しばらく彼らが燃える邸を見て思案していると、突然後方から、ゴーっという音を立てて黒い魔力が立ち昇った。皆がその音に後ろを振り返った。


「なんだ! あれは……大聖堂からだ!」


 状況が把握できずに兵たちがざわついている。そんな兵達にアルテミスは大聖堂から立ち込める闇の魔力を見据えると浮足立っている彼らに言った。


「みなさん! ベルンは大聖堂にいるようです。すぐにわたくしを大聖堂へ連れていってくださいませ」


 一方、少し前の時間、大聖堂前に陣取っていたバルトスは……


「敵はあいつ一人だ! 撃て撃て!」


 バルトスは一人で大聖堂の正面扉に姿を現したベルンに向かって攻撃の指示を出していた。対するベルンはバルトスには目もくれず、右手を出して撃ち込んでくる氷の刃を打ち消している。そしてすべての魔法を打ち消すと、ベルンはつまらなそうにバルトスに赤い目を向けた。


「ベルン!」


「バルトスか? それは聖属性の鎧か? 残念だが私にそれは効かんぞ。ふん、安心しろ、今はおまえに用はない、まだ生かしておいてやろう。いいか、後からここに来る女神に伝えろ。この大聖堂を賭けて一騎打ちの勝負を行いたいと。奥の中央の間で私が待っていると必ず伝えろ、わかったな? バルトス」


「この街にいる敵はお前ひとりだ! 一人で何ができる!」


「ふふふ、相手も一人だ。私一人いれば十分だろう。お前は運が良かった、あと少しでお前の国もろとも帝国の配下になるところだったのだ。女神に感謝することだな、バルトス」


「ベルン、勘違いするなよ。帝国が行っていることは単なる悪事だ。お前たちが向かう先には何もない」


「何を言う、強い者がすべてを支配するのだ。弱きものはただ従えばよい」


「そのような道理が通用すると思うのか? お前が目指すのはやはり虚無だ。一人だけ生き残って従う者もいなくなり、いずれ屍に囲まれているだけになる。そのような状態はもう国であるはずがない」


「力なきものがどんなに綺麗ごとを並べてもお前の後ろにいる民衆どもは死んでいくだけだ」


 ベルンはそう言うと、バルトスの後ろにいる兵達に向かって闇弾を撃ち放った。


「くるぞ!」


「殿下!」


 カルロスが捨て身でバルトスの前に移動すると聖盾を前に構えた。


「盾を前へ! 殿下を守れ!」


 バルトスも警戒を発して身構えた。そこで彼が嵌めている白い指輪が自動で動き出した。それは大きな壁に変化しベルンの魔力をスルスルと吸い込むように打ち消した。


「……なるほど、女神の加護をもっているのか。まあいい、バルトス。おまえたちなど女神がいなければ容易く殺せる。私は女神を必ず打ち破る。その後はお前は私に賛同せざるを得ないだろう。闇魔法が最後に勝つところをよく見ておけ」


 ベルンはそう言うと、大聖堂の中に一人入って行った。

 バルトスは視線を落とし手に戻った白い指輪を撫でた。この指輪がなければどうなっていたか想像して歯を食いしばる。彼の力が向かう先は虚無であると言ったものの、自分がベルンに敵わないのはわかっている。しかし、バルトスはそうであっても彼の極端な考えを否定しなければいけない。それは自分たちのためでもあり、守るべき民たちのためでもあるからだ。ローラシアは王道をいくのだと心の中で言い放った。


 それからしばらくしてアルテミスを乗せた馬車が軍を引き連れて大聖堂前に到着した。アルテミスが急いで聖女ルーシーとともに降りてくる。


「バルトス様、ご無事ですか?」


「はい、あなたが授けてくれたこの白い指輪に救われました」


 そう言うとバルトスは悲しい顔をして、続けてアルテミスに言った。


「私の非力により大切な大聖堂にベルンを入らせてしまいました。申し訳ありません、私は彼の前でなにもできませんでした」


 ローラシアの次期王でありながら、ベルンが放つ闇の魔力に足踏みした情けない自分を正直にアルテミスに伝えた。するとアルテミスの美しい手がバルトスの頬にふれた。バルトスは落とした顔を上げてアルテミスを見る。目を細めた優し気な表情をしたアルテミスがバルトスを見ていた。


「いいのですよ、あなたは民たちのためにあらねばなりません。彼らと同じ場所に立とうとしなくてよいのです。ベルンは人智を越えた力を持っています。それは本来、ここでは許されていないことなのです。そうであるから今わたくしがここにいるのですよ」


 バルトスは添えられた手の温かみに感情が揺さぶられた。


「……アルテミス様」


「ここまでの戦いで味方は誰一人として命を落とした者はおりません。ご安心ください。そしてプリアにいる最後の敵はベルン一人です。彼を打ち破れば聖都は長き苦しみから解放されるでしょう」


「……アルテミス様、ベルンは大聖堂を賭けてあなたを待っていると……」


「わかりました、ここからは私一人で大丈夫です」


「「アルテミス様!」」


 ゴードンたちがアルテミスが一人で行くことに声を出して諫めた。

 代表してバルトスが言う。


「アルテミス様、女神一人で行かせたとなれば歴代まで恥さらしの汚名を受けます。ローラシア代表としてわたしも同行いたします」


 バルトスがそう言うと、ゴードンも同じように言った。


「アルテミス様! 盾として私をお使いください!」


 クリフやジャックたちも言う。


「「私も!」」


「殿下一人は行かせられません! 私も行きます!」


 カルロスも言った。


「中央の間は軍が入れるほど広くはないでしょう。数人でしたら許しましょう。大聖堂が再びこの国に復活するところを見届けてくださいませ」


 アルテミスがそう言ったところで背後から声がした。


「ア、アルテミス様、わたくしも共に行かせてください」


「ララ、あなた……」


 ララは走ってきたのか、息を切らしていた。後ろにはサリーも青い顔をして息を切らしている。

 ララの言葉にアルテミスは一瞬迷いを見せたが、彼女もベルンとの決着があるのだと理解した。


「わかりました、ベルンになにがあろうともそれをあなたは見届ける覚悟があるのですね」


「はい!」


 アルテミスはララの返事に頷くと大聖堂へ歩を進めた。

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