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闇の行軍


 翌日、アランとレイラ、他、隊長クラスの仕官達が聖者と騎士達が眠る戦死者墓地の前で黙祷していた。レイラは毎日のように山に咲いている花をその墓前に供えている。今日、聖都へ向けてここを離れるレイラは、もうそこに花を供えることはできないが、聖者の仲間たちの魂はレイラと共に聖都へ帰還するのだと信じている。そして戦死した騎士たちの魂はアラン達が引き継いでくれることだろう。


 レイラは墓前から離れると視線を上にあげた。この墓地は木を伐採して平地にならし、見晴らしが良いところに作られている。そのためこの墓地からは敵陣がよく見下ろせた。レイラは吹き抜ける風を感じながら眼下にいる敵陣を見る、やはり敵は攻める気配はない。昼時だからか敵陣からは火を起こしている煙が立ち昇っている。レイラはいけないと思いながらも平和な風景に笑みを浮かべてしまった。

 

「レイラ、聖都までの護衛に二人つける。長旅になるだろうからよく話し合っていくように。途中の町には暗部兵が潜伏しているはずだ、連絡兵の話ではトーレス地方から南下するルートは安全らしい。ただどこに暗部兵がいるかわからないからよほどのことがない限り町へ入らない方がいいだろう、わかったね」


「ええ、わかったわ」


 アランはレイラが頷いたのを確認すると護衛達に声を掛けた。


「おまえたち、レイラを必ず聖都まで守れ。いいな」


「はい……副長もお気を付けて、聖都で待ってます」


「ああ、頼んだぞ」


「それじゃ、いくね」


「気をつけてな」


 そしてアランはもう彼女の頭を撫でなかった。レイラは立派な聖女だったと、敬意を抱いて出発する彼女の顔を見つめた。

 それから山を下りていくレイラは一度だけ振り返って手を振った。それを最後に彼女は振り返ることなく下りていく。アランは戦死者たちが眠る墓地を背にしてレイラが山を下りていく後ろ姿をいつまでも見ていた。


(ここは女神の国だ。聖都の女神よ、彼女を守ってくれ)



 パノティア王国南部国境付近……


 黒い鎧を装備した一軍が聖都へ向けて行軍していた。それらは傍から見れば異様な軍隊であった。なぜなら彼等からは黒いオーラが放出しており、馬までもが何らかの魔法によるのか黒いオーラを漂わせていたからだ。それはまるで黒い塊が蠢いているかのようで、彼らが通り過ぎると道の端に咲く花々が黒く変色していった。そして馬上にいる騎士たちは黒い剣に黒い盾、黒い鎧、魔法師ではない重装備した黒の重鎧兵であった。そんな騎士たちの先頭にいるのは黒い服の上に黒いマント、黒剣を肩掛けしている美丈夫である。


「ベルン閣下、敵軍がいる国境はもうすぐです」


「そうか、先触れをいかせよ」


「はっ」


 ベルン率いる闇騎士たちは、帝国を出てまっすぐ聖都プリアには南下していなかった。彼はプリアに行く前に西へ行軍し、パノティア国境付近にいる敵軍を目指して進んでいた。戦果の報告が全く来ない、忘れられたその戦場を視察もかねて見に行こうと考えたのだ。視察と言っても彼にとっては最早それほど重要な拠点でもなく、かと言って放置もできないため、後顧の憂いを断つためであった。


 一方、山の麓にいるパノティア兵たちは……


「ベルン閣下が! こちらに……」


 パノティア兵たちは浮足立っていた、なぜならもうすぐここに帝国闇師団長ベルンが来るというからである。パノティア軍隊長はその連絡に急いで兵を整列させベルンを出迎えた。


「一年以上もここで何をしている?」


「も、申し訳ありません、敵が優位な場所に陣取っているため、せ、攻めあぐねております」


 パノティア軍が攻めあぐねるにも理由があった。アランはこの十分な時間を使って強固な陣を築いていたからだ。山の周囲に魔法防御壁を張り、それを壁にして山の中腹に火力が高い魔法師を配置していた。そのことからパノティア兵が一定の距離まで近づくと集中攻撃を受けてしまうのだった。パノティア兵は上から狙ってくる魔法弾を躱しつつ、下にある魔法壁を破壊しなければならない。そんなことから山に入るには捨て身の覚悟が必要だったのだ。


「時間は十分にあっただろう、そのような言い訳を聞きに来たのではない。いま国境で戦っているのはお前たちだけなのだぞ、おかしいと思わないか?」


「も、申し訳ございません」


「単なる騎士であるお前たちをなぜ私は生かしていると思う?」


「……」


「敵と戦わせるためだ。戦わないのならば死んでもらうぞ」


「な、何卒お許しを」


「ならば今日中に敵を殲滅せよ。できなければ一人残らず処刑する、いいな?」


「……は、はい」


 その頃、山の上に陣取っているローラシア軍陣地では、見張り兵が駆け足で副長アランがいる部屋に飛び込んでいた。


「アラン副長!」


「どうした?」 


「て、敵が動き出しました!」


「それはあの黒い軍団もいるのか?」


「いえ、見たところパノティア兵だけのようです」


 アランは先ほど姿を見せた黒い軍団を見て思わず笑みを浮かべてしまった。あの軍団は普通ではない、あれは帝国兵だとわかった。しかも相当な精鋭だろう、とうとうこの時が来たとアランは思った。この日が来る前にレイラを逃がした己の手腕に拍手したいぐらいだった。


(祖国には帰れなさそうだがしかたないだろう、多くの仲間が先に逝って待っている、向こうでゆっくりするのも悪くない)


「手はず通りの防衛戦に持ち込む、すぐに配置につけ!」


 それから程なくしてパノティア兵は、なにかに駆り立てられるようにいままでの慎重さも忘れて突撃してきた。走りながら魔法弾を壁に撃ち込んでいる、属性は火だ。

 しかし、パノティア兵が危惧していたように強固に築いたローラシアの防御壁はそう簡単には破れない。壁を前にパノティア兵の足が止まる、止まった足はすでに死線を越えていた。


 攻撃範囲に敵が入ったことを視認したアランは、各場所で待機している魔法師に一斉射撃を命じる。


「撃て! 撃て!」


 五百名を超える魔法師が火弾を撃ちまくる、それによって空に火の雨が降った。


「ぐあぁぁ!」


 格好の的であるパノティア兵は体に火がついて大混乱だ。それでも火の雨は止まらない、人がひたすら燃えていく。パノティア兵は魔法師が少なかった、そのため魔法防御壁もほとんどの兵が張れずに直に火弾を浴びていた。数少ないパノティア魔法師が張った防御壁もローラシアの高い攻撃魔法で破壊され同じく体に火弾を浴びている。中には幸運にも麓の魔法壁までたどり着く猛者もいたが、壁の裏で待ち構えているローラシア騎士達によって多勢に無勢で打ち取られていた。


 後方で待機していたパノティア兵たちはそんな光景を見て突撃できずにいる。自ら火に当たりに行くほど士気は高くない。パノティア兵からすればこの戦いは命を懸ける戦いではなかった。長期の遠征で彼らは逃げ出すこともできたが、彼らが帰るべき国は帝国によってすでに地獄と化している。帰っても地獄、行く当てもない。そうした中、彼らは心のどこかで自分たちを解放してくれる救世主を待ち望んでいたかもしれなかった。しかし彼らのもとへ来たのは地獄からの使者だった。


「行かぬ奴はこうなる」


 浮足立っているパノティア兵の背中に向かってベルンは闇弾を撃ちつけた。それによってパノティア兵は、後ろからも攻撃されバタバタと倒れていく。

 もはやこの場はパノティア兵に対しての大規模な処刑場と化していた。


「ゾル、ヴァン、ゴミどもの掃除は終わったか?」


 ベルンは今回の聖都遠征に、軍のほかに弟子を二名連れてきていた。彼らに逃げだそうとするパノティア兵を闇魔法の練習台にせよと指示していた。


「はっ、生き残っているパノティア兵はおりません」


 ベルンはそれに頷くと弟子に言った。


「こんな所で道草を食っているわけにはいかん、終わらすぞ。お前たちに第七十番台の闇魔法を見せてやろう」


「「おおー」」


 高位の闇魔法にゾルとヴァンは思わず歓声を上げた。


 一方その頃、ローラシア兵たちは突撃してきたパノティア兵を高火力でもって排除したところであった。アランは見晴らし台から眼下の光景を見る。彼の目には一面に火の海が映っていた。地面も焼くような炎に動いている敵兵はすでにいない。


「やったか?」


「敵が全滅したぞ!」


 パノティア兵を倒したことにローラシア兵たちは沸いた。


「俺たち帰れるのか」


 ローラシア兵たちが勝鬨を上げる。

 しかし、そんな彼らの背後から怒声が飛んだ。


「まだ終わってないぞ! これからが本当の戦いだ!」


 アランは大声を出して士気を上げた。戦いは終わっていない、後方で待機していた黒い軍団は無傷であったからだ。


「次の集中砲火の準備をしろ! 急げ!」


 後方に待機していた黒い軍団は、火が消えるのを待っていたのか燃える人がいなくなると軍団の中から一騎の兵がゆっくりと前進してきた。アランは堂々と一騎で向かってくる敵に不安を感じたが、やるべきことは決まっていると自らを鼓舞する。そして彼はその敵が攻撃範囲に入ってくれることを祈った。

 その一騎で向かってくるベルンはというと、下に転がる死体を一切気にすることなく馬で踏みつぶしながら進んできている。彼の目にはゴミでも転がっているようにしか見えないのだろう。ベルンからはローラシア兵が旗を上げて撃ち方用意の合図を送る様子が見えていたはずだが、それすらも無視して泰然と攻撃範囲に入ってきた。


「入ったぞ! 撃てぇー! 撃ちまくれ!!」


 アランは彼が攻撃範囲に入ってくれたことを天に感謝した。

 一人の兵に過剰なまでの火弾を浴びせる。それでもアランは闇魔法を使うであろう相手には足りないぐらいだと推測した。一点集中砲火の攻撃に炎は竜巻のように上にあがっている。


「もういいだろう! 十分だ!」


 アランは頃合いをみて攻撃中止の合図を送る。


「やったか? 消えてくれ!」


 彼は一騎で来る不気味な敵が消えてくれることを祈った。煙が消えるまで一時の静寂が戦場を包み込む。しかし……


「⁉ そんな! うそだろ!」


 皆が注目する中、期待に反してその人はいた。その者は馬上からこちらを見上げている、あれだけの火弾を受けても平然としていることにローラシア兵たちが驚いていると、ベルンは肩がけしていた黒剣を抜き差し、それを天に掲げて魔法を発動させた。


「第七十番、暗雲の落命」


 そう念じると、ローラシア兵が陣取る山の上に突然暗雲が出現した。不気味とローラシア兵がいる山だけが暗闇に包まれる。次第にその暗雲からゴーという音が鳴り響いてきた。


「なんだあれは!」


 兵たちはみな突然発生した暗雲を見上げている。あまりにも広範囲な黒い雲に、まさかこれが魔法だとは誰も思わない。そしてその暗雲が山をすっぽりと覆い尽くし、辺りが完全に真っ暗闇になると空からポツポツと何かが降ってきた。


「あ、雨か?」


 誰かがそうつぶやいた直後、ドサリと倒れる音がする。


「な、なんだ! 何が降っている!」


 雨のように見えたそれは明らかに雨ではない。なぜならそれが人に突き刺さっていたからだ。

 ローラシア兵の上に無数の黒い針が降り注いでいる。それは暗雲から降る雨が硬化して針になって降り注いでいた。その針は大きく、そして先端が異常なぐらい鋭利に尖っている。次第にそれはボトボトと明らかに重量物が落ちる音を響かした。


「た、盾を持て! 屋内に逃げろ!」


 暗闇の中、誰かが的確にこう叫ぶ。しかしその黒い針はあまりにも鋭利すぎるのか、盾を破壊し、家屋をも破壊しながら落ちていく。逃げ場がないローラシア兵たちはそれに抵抗する手段もなく、次々と無数の黒い針に刺されて倒れていった。


 一方のベルンは山から聞こえる悲鳴を聞いて笑みを浮かべている。


「素晴らしい殺傷力だ、父が構築した魔法はやはり最強である、ハハハ!」


 絶え間なく降り注ぐその黒い針は、まるで慈雨のごとき命を宿す者に向かって降り注ぐ。無差別に降り注ぐそれは、山に一つでも生命がある限り延々と止むことがない無情の雨だった……


指揮を執る見晴らし台でアランは一人倒れていた。逃げても無駄だと理解した彼は、潔くその場で闇の攻撃を受け入れたのだ。彼の体には黒い針が無数に突き刺さっている。もうすでに誰の声も聞こえない、人の気配も感じない、暗闇が支配した静かな山で、彼は仰向けになりながら黒い空に向かって呟いた。


「……ロッド団長、俺もここまでのようです……ふふ、レイラを逃がすことができた。やったよ、彼女の笑顔を守った……」


 静かな山で最後の言葉が響いた……



 その頃、山間部を南に歩いていたレイラは、国境方面からの轟音を聞いて焦りの表情を見せていた。


「国境で何かがあったんだわ! 戻りましょう!」


 彼女が来た道へ戻ろうとすると護衛は彼女の腕を掴んで止めた。


「だめだ! レイラ! 戻ってはいけない!」


「どうして! みんなに何かあったらどうするの!」


「アラン副長の命令だ、君は何があっても戻ってはいけない、わかってくれ!」


「私一人の命がなんだというの! 私は聖女よ、皆の傷を癒すことが出来る……!」


 レイラがさらに護衛に訴えかけるため、彼らの顔を見るとレイラは息をのんだ。なぜなら彼らは涙を流していたからだ。


「レイラ……皆のために……アラン様のために後ろを振り向いてはいけない……頼む」


 その護衛の言葉を聞いてレイラはその場で泣き崩れた。

 それでも護衛達はアランとの約束を守るべく一歩でも先へ進もうと泣くレイラをおんぶして前へと足を動かした。


「……アラン……みんな、聖都で待ってる……約束でしょ……」





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