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アルテミスとエマ

 

 戦いを終えるとアルテミスは、ゴードンやローラシア騎士達と別れてエマと二人で邸に戻った。帰る馬車の中でエマは黙して窓の外を眺めるアルテミスをチラチラと見ていた。窓の外を眺めるその人の顔は、美しい白銀の髪に遮られて窺い知ることはできない。ただ表情がわからないというのに、なぜだか気軽に話しかけられない雰囲気を感じる。そしてその重たい空気の原因は自分自身にあるとエマはわかっていた。


「あ、あのアルテミス様」


「……」


 アルテミスは顔を外へ向けたままエマの方を向きもしない。


「す、すみません」

 

 アルテミスは外を眺めながらエマに言う。


「エマ、私は怒っているのよ」


「はい……すみません」


 白銀の目がやっとエマを捉えた。


「私に話すことがあるでしょ、話せないのならあなたは邸から出ていきなさい」


 それを聞いてエマは涙を流した。座席から降りて狭い馬車の床に両膝をつける。そしてアルテミスの顔を見上げて言った。


「お話しします……私が行った罪を……女神さまに」

 

 エマはすべて包み隠さず話した。父であるミリオンが仕事のトラブルから逆恨みを受けて母を傷つけられたこと、そして負傷した母を聖魔法で治すことができないことがわかると、闇魔法に頼ったこと。それからはベルンの弟子のエドムントを側近に就かせ、彼の指導のもと、母の回復と交換条件に約束したララの殺害に奔走していったこと。ララ以外にも父は、北部で暗部兵と結託して多くの聖者を暗殺したこと。そしてエマ自身の罪も話していく。父に言われて仮面を被り、黒い霧の病が治せる聖者を演じて、聖騎士達を北部におびき寄せて殺害したこと。今もララを毒殺するため邸に潜入したことをすべて話した。


「はー、気分が悪くなるわね」


 アルテミスは呆れた顔をして聞いている。エマはすべてを吐き出して悔いはない顔をアルテミスに見せた。


「アルテミス様、私の中にあった闇の力は消え去りました。今までが嘘のように自分の過ちを受け入れることが出来ます。愚かなわたしに罰をお願いします」


 そう言うとエマはその場で頭を深く下げた。下げた顔からポタリと涙が落ちる。多くの聖騎士や聖者を間接的ではあるが死に追いやったことに今更ながら恐怖を感じた。それは当時なんとも思わなかった自分自身に対して沸き起こった感情だった。

 

 アルテミスは深く息を吐いた。


「あなたの母は命を捨てて小さなあなたを守ったのよ。意識を消失したまま死を迎えたとしてもあなたが成長していくことを望んだはず。侯爵も同じこと、心を失うことを望んではいないのよ」


「……は、はい……う、う」


 エマはその場で蹲った。


「それにあなたのお母さまの意識は残念ながらまだ浮上してはいないわ。簒奪者が得意とする魔法で操り人形の状態なのよ。おそらくまた意識を消失してしまうでしょう。なぜなら今使われている闇魔法はすべてまがい物だからよ」

 

「……はい、仰る通りです。今の母は庭に咲いた黒い花を見たきり、また意識を失ってしまったのです。エドムントは聖都で闇の力を強める必要があると、闇の力がまだ弱いことが原因だと言っておりました。再び目を覚ますにはララ様を殺すしかないと……」


「ふふ、相変わらず面白い方々ね」


 エマは決心した顔をアルテミスに向けた。


「アルテミス様、わたしの罪ある魂を生贄に、母を……母だけは……助けてくださいませんか? 私の魂をどのようにでもしてください。けれど罪がない母だけは……母にはもう一度セイレンの花とともに生きてほしい……う、う」


「……あなた、変な本読みすぎよ、生贄って……私をなんだと思っているの」


「す、すみません!」


 アルテミスは先ほどの戦闘が良くないイメージをつけてるのかしらと一瞬悩むが、すぐに気を取り直して言う。


「お母さまはどこにいらっしゃるの?」


「母は今、北東部のはずれにある父の別宅で介護しています……」


「そう、そこはまだ危険なところね。そうね……私が今いる邸にお母さまを連れてきてくれるかしら?」

 

 エマはアルテミスのその提案に喜んで即答した。


「馬車で運べば可能だと思います」


「エマ、あなたのお母さまは戦闘がある北部にはいない方がいいでしょう。わかりました、あなたの罪のことは私が預かります。お母さまと一緒にあなたのことも含めてお話ししたいことがあります。いいですね?」


「は、はい」


 そう言うとアルテミスは一層、厳しい顔をして告げるべきことを言った。


「それとエマ、あなたの父親はもう後戻りできないところまできてしまっています。断罪を受ける“資格”を有している、よろしいですね?」


 エマは自分こと、父のこと、すべてを受け入れるつもりだ。赤い瞳から母と同じグリーンの色へ戻ったエマは、もうこれ以上、父に罪を重ねてほしくないと思っている。父の願いもすべては母が元気になること、それを望んでいたはずだった。母が再び意識を消失した今、彼も本心ではどこへ向かったらいいのか迷いが生じているはずだ。もうこれ以上は父が本来持っていた純真な心を汚すべきではない。そう思い、エマはアルテミスの太腿に顔をうずめて言う。


「……はい、お願いします。母だけは……なんとか。私と父の魂を生贄にしても……それが私と父の願いです」


 アルテミスは自分の足に顔をうずめているエマの両頬を両掌で挟んでグイッと顔を上げて目線を合わせる。


「エマ、あなたわたしのことを絶対勘違いしているわ。私はあなた方がかわいくてしょうがないの。私から見ればあなた達はまだまだ不安定な子供のようなものだわ、辛いことを言う私も辛いのよ。生贄じゃないの、わかった?」


 エマは至近距離に白銀の目があることにびっくりして間抜け面をしてしまっている。その目はダイヤモンドのようにキラリと光を帯びていた。エマはその目を見ていたら何の返事だったのか忘れてしまったが、それでもなんとか返事をした。


「はいい」


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