誤作動する魔法陣
「ご苦労様、ヘスティア。魔法陣の不備はどのくらいで修正が完了しますか?」
イシュタルは降下魔法陣が構築されている神殿を訪れて責任者であるヘスティアに声をかけた。オドオドした態度が特長の女神ヘスティアは、礼の姿勢をとったあと暗い表情をみせて報告する。
「ほぼ完成はしているのですが、魔力を流し込む際一部が欠けてしまう不具合が発生しております。お、おそらく、魔力を予定よりも多く充填する必要があると推測しています。これから魔力量を上げて試してみるところです」
「わかりました、明日、アルテミス様がこちらに来られます。具体的な日程を報告しなければならないでしょう、お願いしますね」
ヘスティアは再び礼の姿勢をとり、神妙な顔つきで頷いた。
イシュタルはヘスティアが作業へ戻っていくところを見送ると、そこへ女神の中では珍しく髪を短く揃え、背も高く軽装な鎧に身を包んだ女性がイシュタルに声をかけてきた。腰に下げてるのは魔法師の主用な武器であるところの杖ではなく剣である。
「イシュタル、明日アルテミス様がこちらへ来られるのか?」
「ええ、そうよ。その時、降下日をお伝えする予定よ」
「いよいよだな、我が剣アスカロンの奇跡を見せてやろう」
「武技に関しては何も言うことはないわ、それで治癒の方はどうなの?」
「問題ないだろう? 上位聖魔法はほぼ習得済みだ、これ以上必要か?」
「地上では十分過ぎるでしょうね、アルテミス様にもそう報告したわ。闇魔法師が発現させている黒い霧に対処できればそれ以上必要ないでしょう」
「ふん、低位魔法など治癒魔力を使わずともこの剣で一掃してやろう」
ルキアは女神たちが不得意としている剣の扱いに慣れており、しかも戦闘向きなスキルを習得している。そんな彼女が地上へ降りれば間違いなく戦神として活躍するだろう。ただイシュタルは思う、戦に勝つことだけが目的ではない、疲弊した民に安寧をもたらし、進むべき道を示さなければならない、そう考えるとルキアには難しい問題に取り組んでもらうことになる。
「戦いの面では何も心配しておりません、ただそれ以外のことでは苦労をかけてしまうわ」
「そうかな、まあ楽しんでいくつもりだよ」
イシュタルは斜め上の返答に思わず笑みが零れた。
◇
アルテミスは時間を確認すると側仕えにそろそろかしらと言い、書類を机に置いた。置いた瞬間、それらは光と化して消えていく。
「アルテミス様、こちらに着替えを準備しております」
「ありがとう、リリー」
彼女が好んで着る白いドレスに着替えると、何人も近寄りがたい神々しいオーラに包まれる。そこから発する癒しの光は一切の不浄を寄せつけない。側仕えの者も同じ女神でありながらそのオーラに包まれてしばし放心状態になるほどだ。
「さて、いきましょうか。私一人で大丈夫よ」
「はい、わかりました」
魔法陣を作成している神殿ではアルテミスが見に来るということで多くの女神が集結していた。彼女たちは自然とアルテミスが通る道を開けてその人が訪れるのを待っている。それからしばらくすると侍従を付けずに一人でアルテミスが姿を現した。大きな魔法陣の前で待っていたイシュタルは至尊の存在を見定めると、礼の姿勢をとり報告を行う。
「アルテミス様、魔法陣の不備ですが、魔力量を当初の設定より高く流すことで綻びが起きないことがわかりました。本日は実際に最終段階まで展開させます」
「ありがとう、イシュタル。皆の者もよく頑張ってくれました。志を同じくするものとして誇りに思います、ここから大きな第一歩を踏み出すことでしょう」
そしてアルテミスはイシュタルの横に控えているルキアに声をかけた。
「ルキアも魔法の習得大変でしたでしょう、よく頑張りましたね」
ルキアはすかさず一歩前に出て礼の姿勢をとった。
「とんでもございません、アルテミス様の一助になれればこれに勝ることはございません」
そしてこの魔法陣を最後まで構築してきたヘスティアにも声をかけた。
「ヘスティアもこの難しい魔法陣をよくここまで構築してくれました」
自身の名前が呼ばれるとヘスティアも緊張した面持ちで前に出て礼をする。
「よ、予定より遅れてしまいまして申し訳ございません」
「いいえ、ご苦労さまでしたね」
アルテミスはヘスティアの言葉に返事をするとあらためて魔法陣に視線を移して言った。
「あなた方の努力の結晶であるこの大魔法陣を近くで見てもよろしいかしら?」
アルテミスは少し下がったところに広がる魔法陣に近寄るべく階段を降りる。そこには複雑な文様を映しだした円形状の魔法陣が鎮座していた。
イシュタルはアルテミスが見れる位置に立ったことを確認すると、すかさずヘスティアに起動の合図を送る。そしてヘスティア達、魔法陣を構築していた女神たちが、魔力が溜め込まれているクリスタルを魔法線の始点に設置した。すると次の瞬間、魔法陣は七色に光りだし、その輝きに女神たちから感嘆の声が漏れる。
アルテミスはその魔法陣を満足そうに見つめていると、ふと視界の隅に点滅している箇所を見つけた。
「あら?」
アルテミスは何度も見返すが、やはり光が点滅している箇所がある。自身が邪魔をして他の者は点滅に気づいていないようだ。試運転とはいえ不具合なのだろうとアルテミスが後ろに点滅を伝えようとした次の瞬間、体が魔法陣に強く引っ張られた。近くにいた者の、「あ!」という声が早いか、魔法陣はアルテミスの膨大な魔力を吸い上げて光が増し、その光は神殿の天井を突き抜けて空まで一直線に伸びる。
「えっ! ちょ、ちょっとまっ――――」
アルテミスは強烈な力で魔法陣に引っ張られ、同時に意識も持っていかれる。…………そのあと光が収まった神殿の床には魔法陣も、アルテミスも消えていた。




