聖女の休日
聖女様って、神聖なイメージが凄いけど、人間らしい一面もあるともっと素敵ですよね。
「高貴なる騎士の皆様に祝福がありますように」
真っ白な衣装を見に纏って、騎士達の安全を憂慮する聖女は聖堂で祈りを捧げていた。
周囲には、その様子を涙しながらじっと見つめる騎士団の面々が聖女を囲むように立ち尽くしていた。今回の騎士団の任務は、本当に命懸けのものであり、生きて帰ってくる確率は相当低いらしい。
任務の詳細は、野盗化した戦争敗戦国の元市民や兵士などの掃討。実力や装備品では騎士団に軍配が上がるが、敵の数が明らかにこちらよりも多いことから、厳しい戦いになるとあちこちで噂されている。
聖女は祈る。……騎士団の無事を。そして、王国の安寧を願って。
キラキラと輝くように聖女の周囲を神々しい光が包み込む。これこそが聖女が祈りを捧げる意味。聖女が得た加護を与えたい者へと分け与える。
加護を受けたものは、不思議な力によって幸運に恵まれることになる。期間は、聖女が祈りを捧げた想いの程度によって左右され、今回の場合、聖女の祈りによって得られる加護の使用期間は長くて三ヶ月近くになる。
「汝の道程に輝かしい栄光を……」
儀式は進む。
聖女は祈りを続け、時間が経つにつれてその表情に余裕はなくなっていく。
「ああ、聖女様が俺たちのためにあんなにも必死に……」
「絶対に生きて帰るぞ」
「野盗の掃討が終わったら、真っ先に聖女様へ良い報告がしたいなぁ」
「本当にありがたいことだよ」
滞りなく進んだ聖女の祈りは、騎士団の士気を大きく向上させると共に、安らかな癒しの加護を与えた。祈りを終えた聖女は、静かに立ち上がる。
「……私からの祈りは神々に確かに届きました。皆様の安全を願って、私からの祝福とさせていただきます」
聖女の温かな言葉を聞き、騎士団は一同に頭を下げ、感謝を示した。
聖女の仕事は、このように人々のために神々へ祈りを捧げる崇高な仕事。彼女の存在は、王国にとって希望であり、象徴的なものでもあった。
純粋で、慈悲深く、いついかなるときも、誰かの幸せを願う努力家な聖女。皆がそのような認識を持ち彼女を敬う。聖女は国民から多くの支持を受けているのであった。
……それが単なる虚像であるとは、誰も知らずに。
儀式から五日後。
教会に聖女の姿はなかった。
「ふん、ふん、ふふん♪」
教会の裏側にある宿舎にて、鼻歌混じりの上機嫌な聖女が緑掛かったガラス瓶を片手に宙を舞うように踊っていた。その姿は、人々のために懸命に祈りを捧げる聖女の理想像とは、程遠く、世間知らずな町娘が柄にもなくはっちゃけているような光景である。
「聖女様、そんなにはしゃがないでください。誰かに見られたらどうすんですか」
「大丈夫よ〜。この部屋は完全防音で、教会内部の人間じゃないと入らない場所だし。もう、相変わらずセレインは堅いわね〜」
「堅いとかそういう問題じゃないんです! 貴女はもう少し聖女としての自覚をですね……」
聖女に小言を言い続けるのは、教会の司祭の一人であるセレイン。彼女は、教会の司祭で唯一の女性であり、最年少の司祭でもある。
聖女と同性であることから、彼女の祈りの儀式の際には、司祭として必ず彼女が聖女の儀式の準備を執り行う。そんなことを続けて二年。聖女と司祭のセレインはすっかり、仲が良くなっていた。
「聖女様? 今すぐにその瓶の栓を抜こうとするのをやめなさい。もうそれ三本目じゃないですか」
「え〜、いいじゃん。セレインも一緒に飲もうよ〜」
「いや、遠慮しときます。……ていうか、私未成年だし!」
鋭いツッコミにも動じず、聖女はほわほわした顔でセレインに抱きつく。セレインは頬擦りしてこようとする聖女を面倒だと言わんばかりの顔で引き剥がそうとしていた。
「もう〜、照れちゃって」
「酒臭い……近付かないでください」
「ほら、聖女様と祝杯をあげるチャンスですよ〜」
「シラフなので、そのノリにはついていけません……」
セレインはやっとことで聖女を引き剥がすことに成功した。聖女の体格はとても華奢でまさに理想の女性という見た目をしているが、見かけによらず、かなりの身体能力が備わっている。
成人男性よりも腕の力が強く、馬とほぼ同じくらいのスピードで走ることができる。そんなもの凄い力を持つ聖女をセレインが引き離すことが出来たのは、聖女が泥酔しているからに他ならなかった。
千鳥足の聖女。
やけ酒ではないのに、ここまで酒に呑まれるとは……。セレインはため息を吐いた。
「……なんでそんなになるまで飲んじゃったんですか。今日は休みだから良いかもしれませんが、明日は普通に朝から、祈りを捧げなきゃいけないんですよ」
「も〜、分かっれるって〜……だぁかぁらぁ、明日お酒が抜けてるように、お昼にピークを待ってきたのぉ」
「朝から、浴びるくらいお酒を飲むなんて、聖女様の感性を疑ってしまいたくなります」
現在、十三時。
太陽が昇り、気温が一番高い時間帯。一般的な人ならば、今頃せっせと仕事をこなしているようなそんな時である。
顔を真っ赤に染め、聖女は酒瓶を煽る。
「ぷはぁ……おいちい」
「……いつの間に開けたんですか」
「ん〜、セレインに抱きついている時?」
「器用ですね。……酔っ払いにしては、随分と細かな作業ができることで」
「んふぅ! だって、私聖女様だもの!」
セレインは目を覆いたかった。皆が夢見る聖女様が朝から酒を飲み、同僚に絡んでくるダメ人間のような姿であることに。
しかし、この光景はセレインにとって初めてではなかった。突然聖女様がこんな奇行に走ったというわけでもない。そう、彼女は昔からこういう性格だったのである。
大衆の理想像というものは、所詮は理想。
現実は、それと大きく乖離している。セレインは思う。……司祭でなければ、聖女様の輝かしい姿だけを見ることが出来たのにと。
「セレイ〜ン、なんかぁ、暑い! 脱いでいい?」
「いいわけないでしょ! ほら、お水持ってきますから、大人しくしててください。……って、服のボタンを外さない! ちょっとぉ、下を履いてください! 下着でうろつく聖女がありますか!」
「ん〜、セレイン? セレインも脱ぎなよ。涼しくて気持ちいいよ」
「もう、私は頭が痛いです……」
聖女の醜態を直視したくないというセレインの気持ちとは裏腹に聖女の介抱に追われる彼女は、せっかくの休日に何をやっているんだという脱力感に襲われた。
「……はぁ、聖女様の秘密。墓まで持っていこう」
「セレイン〜、私のお酒はどこぉ?」
「お酒はもう禁止です!」
「ふぇ〜……」
他の誰にも、この乱れきった聖女様の愚行を晒すわけにはいかない。彼女の意思は固かった。せめて、理想の聖女様像が後世まで語り継がれるように、悪い部分の隠蔽をきっちりこなしていこうと。
寄り掛かるようにして眠る聖女をベッドに寝かせたセレインは、確固たる決意をしたのであった。
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