仲間?
地下に下りるエレベーターには、未だに慣れない。速度が速いせいだろうか、身体の中身が一瞬浮く感覚が、大嫌いだった。
そうだ。
どうしようもなかった自分を拾ってくれたのは、ココじゃないか。ココがなかったら、今頃、路上で野垂れ死にしている。
「お帰り谷上」
「ただいま戻りました。井尻さん…」
この人に、救われたんだ。
「聞いたよ。二段だったんだってな?」
「はい。手も足も出ませんでした。情けないっす」
言葉にすると、自分の無力さは一層増した。けれど、井尻は優しく、谷上の肩を叩く。
「この経験が、お前を強くする。気にするな」
いつだってそうだ。この人は、過ちも失敗も、全部受け止めてくれる。
血の繋がった親まで見捨てたのに、この人は違う。そう信じてやってきたんだ。
「で、谷上、今までどこに?」
空気が、百八十度変わったのが分かった。
「聞くところによると、日向シンヤに応援を求めたんだって?」
「日向を呼んだのは、たまたまやったんです。俺、必死で…信じてもらえへんと思うんですが…」 井尻は首を振る。
「信じるさ。戦闘の真っ最中だ。誰を呼ぶかなんて、選んでられない」
井尻の真っ直ぐな視線に、心臓が高鳴る。
言わなければ。
この人こそが、自分を信頼してくれた。
唯一の…。
「未弘、ただ今戻りました」
未弘の声がした瞬間、谷上は胃の中のものを全てぶちまけそうになった。
「お帰り未弘。谷上を助けてくれたんだって?」
「…はい」
長年の勘なのか、未弘は谷上がまだ何も言っていないことを悟る。
「ありがとう。大切な存在を失うところだったよ」
にっこりと微笑む井尻の目が、どうしても見れない。
「で…未弘、日向シンヤは捕らえられなかったのか?」
どうすることが、最善なんだ?この張り詰めた空気を、乗り切る為には…。
身体が震える。
谷上には、未弘も井尻も、自分を試しているように思えて仕方なかった。
「どうした?未弘…」
井尻の目つきが、明らかに変わった。
「…違うんですっ!!」
口を開いたのは、谷上だった。
「俺のせいなんです。未弘は、日向を捕らえようとしたんです、でも、俺の怪我の方を心配して…追わんかったんです」
一気に喋ったせいか、言い切った後も何を言ったか全く記憶がなかった。
「…そうだったのか」
空気が、元に戻ったのが分かった。
「任務遂行も大事だが、仲間を第一に考える方がもっと大事。さすが、未弘だ」
「とんでもないです」
未弘は深く頭を下げ、部屋を出た。
「ありがとう」
地上へ上がるエレベーターの中で、未弘が静かに礼を言う。
「谷上…」
「…俺は、井尻さんを信じてる。今回は、お前に助けられた借りを返しただけだ」
未弘を見れなかったのは、目を合わしたら、気持ちが揺れそうな気がしたからだ。
「それでもいいよ…助かった」
その穏やかな口調が、心から好きだ。
「…未弘っ!」
降りようとした未弘を、谷上の声が止める。
「俺達…仲間だよな?」
少しだけ空いた間。
「もちろん。貴方がピンチの時は、いつでも駆け付けるわ」
その笑顔は、谷上の胸にいつまでも残っていた。