信頼?
私も裏切り者だから
目の前にいる未弘サユリという女性が、何者なのか日向には理解できなかった。むしろ、何を言っているのだ?と鼻で笑い飛ばしてやりたかった。
「何を裏切ってんの?」
「鍵屋」
即答だった。
平然と、見ず知らずの奴に暴露してしまう真理が、やっぱり分からない。
「サユリお嬢様、比上様がお見えになりました」
「通してちょうだい。ついでに、リビングで朝食を食べまくっている男も連れて来てちょうだい」
本物のお嬢様というものを、初めて見た。
畏まりました。と、長年仕えてきた執事は、日向にも深々と頭を下げた。
「お金持ちなんだね。この部屋、俺の家より広いよ」
「そう?何ならここに住む?部屋は腐るほど空いてるわ」
一緒に?!
変な汗が噴き出した。
「よお、未弘。日向が世話になったな」
相変わらず怠そうな比上と、口の周りにソースをつけたまんまの谷上が現れた。
「とんでもない。お座りになって」
椅子を勧める仕草も、優雅だ。
「盗聴は?」比上が部屋を見回す。
「大丈夫よ。専門家に見てもらったし、この部屋は余計な電波を遮断するよう作られているわ」
比上は軽く頷き、椅子に腰掛けた。
「昨日、二段が出たんだって?」
「えぇ。ごめんなさい、助けに行くのが遅れてしまって」
あれ?
谷上と日向は顔を見合わせる。
なんか、おかしくないか?
「いや。こいつも一人で助太刀に行ったのが馬鹿だった」
課題を全部やらせた奴に、馬鹿呼ばわりされたくはない。
「彼の力、素晴らしかったわ。ただ、まだ秘められた力はある」
「だろうな…」
「ちょっと!!」
やっと、谷上が二人の間に割って入った。
「何だ?」比上が睨みつける。
「お前ら、仲悪いんやなかったのか?犬猿の仲やて…みんな言っとる」
そこだ。おかしいと感じたのは。日向も頷く。
「みんなって?鍵屋の連中?」
未弘が首を傾げる。
「そうやっ!俺だって、そう思ってたし」
「谷上、貴方の悪いところは、何でもすぐ鵜呑みにするところよ」
「そう。お前は噂に流されやすい」
女二人に説教されている谷上は、悪戯をした小学生に見えた。
「せやかて…鍵屋におった時やて、全然、目も合わせへんし…誰が見ても…」
「まぁ周りにそう思わすようにしてたのは事実だけどね」
また、優雅に紅茶を口にする未弘に、日向の心臓の鼓動は強くなる。
「そう思わすって?」
未弘が、真っ青な瞳で日向を見つめる。
「私がこの指名手配犯と内通してるなんて、誰も思わないでしょ?」
悪戯に笑うその顔に、また、身体が熱くなった。
「未弘…じゃ、お前…」
「ええ。谷上、私も井尻さんは漆黒と繋がってると思う」
広い部屋に、沈黙と動揺が混ざり出す。
「そんな…」谷上の顔色が、見るみる青ざめていく。
「鍵屋のネットワークを使っても、比上を確保できなかった原因て…」
「ええ、私が情報を操作した。鍵屋に入隊している以上、外で自由に動けない分、比上には動き回ってもらわないとならないからね」
「おかげで大忙しっす」
比上が苦笑する。
「日向君もその鍵も、鍵屋より先に見つけなければならなかったの。谷上には今まで黙ってて申し訳なかったけど…」
言葉が出ない谷上。
「けど、これが真実よ。私も鍵屋を裏切ってる。鍵屋の内部情報及び、井尻さんに関する情報は、全て私から比上に渡ってるわ」
動揺する谷上。
平然とする比上。
覚悟を決める未弘。
そして…
「あの…何であの井尻って奴が怪しいの?」
今一、状況が読めていない日向。
「あたしと未弘で捕まえた魔物を吐かせた。井尻の名前が出たんだ」
「捕まえたのは五段の魔物。漆黒の一員だったわ」
五段を生きたまま捕らえたという事実に、日向も谷上も唖然とした。
こっちは、二人で二段の魔物すら倒せなかったのに。
「井尻の名前が出た。けど、名前を出したとたんその魔物は自爆したわ…」
未弘の眉間に、皺が寄る。
「だから、井尻さんを疑うの」
「俺は無理っ!」
谷上が声を上げた。
「井尻さんは、俺の命の恩人だっ!尊敬してるし、信頼してる!悪いけど、魔物なんかから名前が出たくらいで、裏切るなんてできない」
「その魔物なんかから名前が出たことが、問題なのよ」
宥めるように、未弘はゆっくりと喋る。
「…無理。悪いけど、このことは報告させてもらう」
「私には、助けてもらった借りがあるはずよ。それに、このことをばらさないと約束するなら、日向君に連絡したことも、私が口裏を合わせてあげる」
部屋を出ようとした谷上の前に、未弘と比上が立ち塞がる。
「日向に連絡したのは、たまたまやっ!」
「鍵屋がそんな理由を信じると思う?」
未弘はどこまでも冷静だ。こういうところは、比上にそっくりだ。
「売るって言うなら、お前は行かせない」
「俺は、お前らだって信じてたっ!身勝手なことばっかしてても、仲間だって…鍵屋の一員として、信頼してた!なのに…情報を流してたなんて」
未弘を見つめる彼の瞳は、怒りに満ちていた。
「谷上、私も貴方を信頼してる。だから、本当のことを話したの。分かってくれるって…」
「残念だったな…おしまいだよ」
その言葉に、みんな縛られたように動けなくなった。
立ち去る谷上を、誰も止めることができなかった。