救い?
「おい比上、教えてくれないか?」
「ん?」
高校の屋上は、いつからか比上と日向の集合場所になっていた。
校内一の問題児である比上がいるとなると、他の生徒はまず寄ってこない。
「お前の課題をやることが、どんな修行になるってんだ?」
しかも、この量。どんだけサボっていたんだ?
「これ出さないと留年するって言われたんだよ。仲間を助けるという意識を高める修行ってことで」
都合のいい修行だな…。
「ふざけんなよ…」
と、ぶつぶつ文句を言いながらも、やってしまう自分の意志の弱さに嫌気がさす。
「なぁ…谷上とかとは、連絡取ってんのか?」
「いや。必要ない」
比上は一刀両断するが、少なくとも彼は、比上のことを心配していた。
あの目は、そういう目だ。少し、羨ましくなった。
「それより…今日辺り出そうだ」
「魔物か?」
日向は目つきを変える。
「いや、物理の課題」
この女…
「日向君!」
比上の大量の課題を片付け、身も心も擦り減らしていた日向を呼び止めたのは、クラス委員だった。
「あぁ…と、東堂さん」一瞬、名前が出てこなかった。
「あのね、体育祭の競技なんだけど、日向君、代表リレーになったんだ」
げっ?!
「ごめんね。今日の五限目に決めたんだけど…日向君いなかったから、勝手に決めちゃったんだ」
比上!!!貴様の課題のせいで…。
「本当にごめん。引き受けてくれるかな?」
「いや、全然大丈夫だよっ」
彼女が余りにも申し訳なさそうに頭を下げるから、思わず平気な顔をしてしまった。
本当は、ふざけんなぁと叫びたい気分だったが。
「ありがとう。助かる!みんな、押し付けるだけだからさ…ちなみにあたしも代表リレー。押し付けられました」
苦笑いする東堂。
「そうなんだ。じゃ、頑張ろうね」
よく考えたら、クラスメートと会話するのは久々だった。
「うん。ありがとう」
可愛い笑顔だった。
ただ、自分の横を通り過ぎた彼女の表情は、とても冷たい目をしていた。
「ん?」
日向が、鍵を見る。
少し、光っていた。
本当に、みんな自分勝手。面倒臭いことは全部押し付けて、そのくせ文句ばかり。
ふざけんなっ。何であたしが…。
また、ため息が出る。一体、いつになったら解放されるんだろう。いつまで、誰かの言いなりになり続ければいいのだろう。
親も、教師も、クラスメートも、みんな、みんなムカつく。
いなくなれば、どれだけすっきりするのだろう。
消えちまえ。
「東堂夏美だな」
はっと、我に返る。
「比上さん…日向君…」
その瞬間、東堂の身体は急激に熱くなり、激痛に襲われた。
「がぁ!!あ…あつ…い!!ひぃい!」
一体いつになったなら、比上のように目の前で苦しむ人がいても、平然と立っていられるようになるんだろう。
「乗っとられたばかりだ。チョロイ」
「東堂さん…」
ニヤつく比上と、困惑する日向。
放課後会った時は、あんなに可愛い笑みを見せていたのに…。
「ガァああ!」
彼女の身体は引き裂かれ、血とわけの分からない液体にまみれた魔物が、姿を現す。
「解錠っ!」二人が叫ぶ。
魔物が比上に襲い掛かる。
爪と鍵がぶつかり合い、火花が散った。
「やれっ日向っ!」
「おうっ!」
魔物の背後に回り、鍵を振り上げる。
倒さなければ、救われない。どんなに祈っても、もう、東堂は還ってこない。
祈りを込めて。
魔物は悲鳴を上げ、その身体は溶け出した。
「日向、見ろ」
比上が、無惨な姿になった東堂の亡きがらを指す。
…光りだ。光りが、彼女を包んでいる。
「お前の鍵に反応してんだよ」
そう言われ、日向は鍵をそっと東堂に向ける。
「…東堂…さん」
亡きがらから、東堂が現れる。
「…安らかに…眠りたまえ…」
言葉が自然と出てきた。
東堂の心臓を、日向の鍵が静かに突き刺すと、彼女は光りとなって夜空に消えた。
「言ったろ?お前の鍵は、唯一死者を救えるって」
「どういうこと?」
「その鍵は、死者を呼び出し、彼らが抱いていた憎悪や怒りを浄化させる力がある。浄化された死者は、魔物にはならない」
東堂の安らかな顔が蘇る。
「これ以上、魔物を増やさない為に…その鍵は必要なんだ」
見上げた夜空に輝いていた一番星は、まるで散っていった東堂の魂のようだった。