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 第二章-Ⅲ くだらない夢

 青龍に連れられ、板橋区のマンションへと案内された。移動中も周囲を警戒していたが、特に誰かが潜んでいるような感じはしなかった。たまに女から声を掛けられたが、青龍は慣れているのか素っ気なく断っていた。不審なやり取りはなく、女も不満そうに離れていって、その後も怪しい動きは見えなかったから、ただのナンパだろう。変装とはいえ遊んでそうな見た目のせいで、青龍にはよくあることらしい。

 マンションの一室に入ると車椅子に座った中年の男が待っていた。


「やあ、いらっしゃい」

「俺の父だ」

「……初めまして」


 騙されたか? 普通、隠れ家に他人、それもまだ完全な仲間になっていない人間を呼ぶとき、身内を待機なんてさせない。ましてや中年で車椅子に乗っている、即座に動けそうもない人を。招いた相手に襲われる可能性だって十分あるのになぜ。そこまでの信用なんて皆無だ。ならこれは罠の可能性が高い。どうする、今すぐ帰るか。


「うん、やはりキミを選んで正解だったようだね」

「警戒心がかなり高い。どうりで今まで誰も見つけられなかったはずだ」

「……」


 どうやらまた何か試されていたらしい。ジロリと睨み付けるが、二人とも笑っているのが気に食わない。


「説明しろ」

「簡単に人を信じ過ぎるようなヤツはダメだからな」

「すまないね、こちらも一応、命を賭けているから」


 お互い様だとでも言いたいのだろうか。だが、ずっと試されているのはこちらだけだ。まるで青龍とこの男の手のひらで転がされているようで、気分が悪い。


「次はない」

「大丈夫だ、それだけ警戒心が強いヤツを何度も試すほどバカじゃない」

「まあ、こちらの警戒心も汲んでくれるとありがたいよ。私たちはすでに一度、殺されかけているから」

「……車椅子はその時か」

「そうだね。私が最初に殺されかけた時のだよ」


 まるで何でもないことのように淡々と話す姿が、どこか裏の青龍に似ている。『最初』ということは、少なくとも青龍の父親は二度以上も殺されかけているのか。運良く生き延びたが車椅子生活になったとなれば、向こうの警戒心も確かに納得できる。

 ……彼らの話を全て信じれば、だが。


「だから復讐、か。ずいぶんと親孝行だな」

「親は大切だろう?」


 微かに口元を上げて笑っているようだが、相変わらず目だけは笑ってない。本心の全く読めない青龍に目を(すが)めるが、無視するようにさっさと奥の部屋へと入っていった。父親の方は苦笑して、どうぞと案内するように青龍のあとを追っていった。

 二人のあとに続いて廊下を抜けるとリビングがあった。念のため周囲を見回してみるが、いたって普通の部屋だ。気になるのは、外のバルコニーが隣の部屋と通じているところか。だが、隣の部屋に人の気配はしない。ソファに座るよう勧められて、一先ず座ることにした。青龍が向かいに座り、父親はその隣で車椅子を止める。


「改めて自己紹介しよう。澪也(れいや)だ。本来のゲーム名はユウキ。どちらで呼んでも構わない。青龍じゃ目立つからな」

「私は(いずみ)。ゲームはしていないよ。基本的に家にしかいないから、呼び方は好きにすると良い」

「……白鵺(はくや)だ。ゲーム名、白い鵺で、白鵺」

「よろしく、白鵺くん」


 さすがに本名は言えなかった。しかし、青龍……、いや、澪也は本名なのだろうか。ゲーム名が別にあるということは、本名か偽名どちらかだ。父親の泉というのも本名なのか偽名なのか、苗字なのか名前なのかも分からない。だが、仮に偽名だとしても、それだけで怒るつもりはない。お互いにまだ探り合っている状態だから。


「さて、それじゃあ、まずは私から。彼ら、裏の目的について教えよう」

「いきなりか」

「ああ、これを伝えるために、きみを呼んだんだ。ただ、あまりにくだらなくて、呆れるような目的だけどね」

「……どういうことだ」


 泉が話し始めると、澪也は茶を淹れると言って席を立った。


「きみは、言霊師を初めてから国語の成績が上がっただろう。それに運動神経も良くなったと思う。計算だって、ある程度は得意なんじゃないか?」

「そうだが……」

「それらは全て、言霊師の開発者が子どもたちの学力・体力向上を目的に作ったからだ」


 何をそんな当たり前のことを。言霊師は発売当初から、それを売りにしていた。だから多少高くても子どものために買う親が多かった。言霊師が爆発的に売れた要因の一つだ。


「そんなゲームに目を付けた政治家たちがいた。絶対に日本語でしか出来ない、他の言語では替えの利かない唯一のゲーム。それが日本で流行れば、すぐにアメリカなどの主要国でも売れるようになる。なぜなら、すでにアニメなどを通して日本語は世界である程度までは広まっているから。彼らはゲームを通して日本語が世界の共用語になれるのではと夢を見たんだ」

「は……?」


 なんだ、それ。まるで子ども向けのおとぎ話のような、そんなくだらない夢を政治家が……?


「ハッキリ言って、これはもう荒唐無稽な夢物語ではない。毎年どれだけの外国人が日本に来ている? 外国でもそのまま意味の通じる日本語だってすでにある。そこに日本語でしか出来ないゲームが登場し、日本で流行れば、本格的に日本語を勉強する外国人が増えるだろう。彼らがさらに他のユーザーを引き入れれば、かなりの外国人が日本語を話すようになる。共用語とはすなわち、世界で多く使われている言語だ。アメリカを含む主要国で売れたら、それだけで共用語になる可能性が一気に上がる。彼らはその可能性に賭けようとした」


 呆然と目を見開いて泉を見た。その顔は真剣で、馬鹿々々しいと思った話が、俄かに現実味を帯びてくる。それでも、賭けるにはまだ随分と小さな可能性でしかない。

 ふと近付いてくる気配に顔を上げれば、澪也が目の前にカップを置いた。中身は緑茶で、同じものを受け取った泉は軽く飲んで一息吐いた。そうしてまた、話を続ける。


「言霊師の利点はそれだけじゃない。熟語を通して国語力を、バトルを通して運動を、ダメージの計算を通して数学を、それぞれ遊びながら鍛えられることだ。さらに対戦相手と仲良くなることでコミュニケーション能力も高められる。そうした人材は、自衛隊では貴重な戦力になる」


 ハッと息を飲んだ。ただのゲームが少し見方を変えるだけで、将来の自衛隊員を育成するためのゲームへと代わってしまう。


「……まさか、ゲーム開発者は最初からそれを視野に入れて作ったのか?」

「いや、違う。それだけは、断じて違うと言っておこう」

「なんでそこまで断言できる」

「言霊師の元々の開発者が、私だからだ」

「は? どういうことだ」


 思わず警戒したが、泉は力なく苦笑した。


「本当は、澪也のためのゲームだったんだ……」


 かつて、大手ゲームメーカーに務めていた泉は、勉強は得意だが友達の少ない澪也のためにゲームを作ろうとしていた。それが言霊師だった。ゲーム自体は何年も前から構想があり、元々は遊戯王のようなカードバトルを想定していたらしい。だが、試作品を当時子どもだった澪也にやってもらったところ、つまらなくて売れないんじゃないかと厳しいことを言われてしまった。

 ちょうどその頃からバーチャルゲームが進化し流行り出したので、それを使った自分自身が戦うアクションゲームへと路線を変更した。だが、それにも様々な問題があった。まず、バトルするためには多くの子どもたちに遊んでもらわなければいけないのに、VRでは遊べる子どもが限られてしまうこと。場所も、二人以上で動き回るとなると、広い屋内施設といった場所に限定されてしまう。出来ることなら手軽に持ち歩けて、いつでも誰とでも遊べる端末型の本体が欲しい。だが、今あるゲーム機では不可能だった。

 それならと、全く新しいゲーム機の開発を考えた。それが、現在の言霊師の手袋とイヤホンの原型だった。声紋認証はすでに警察などで使われている技術をほとんどそのまま使用した。手袋の方も、手首のあたりに簡単な電子回路を組み込んで、当たり判定が出た時は強めのバイブレーションと共にダメージを読み上げる機能を付ければ良かった。

 その試作品と共に企画書を提出したところ、社内でも高評価を得てすぐさま本格的な開発へと進み始めた。


「そこまでは良かった。だが、ある日突然、上司から呼ばれて会議室へと連れて行かれた。そこには、とある政治家の秘書だと名乗る男が待っていた。そして、ゲーム開発に援助をしたいと言ってきた」


 提示された金額は、どう考えてもゲームの開発だけに使われて良いような金額ではなかった。そして、もっと派手に見応えがあるバトルになるよう、バーチャル技術をふんだんに使って欲しいという要求までしてきた。


「怪しいとは思ったが、同時に願ってもない申し出でもあった。新しいゲームの開発にはお金が掛かるからね。それにバトルが派手になれば、それだけ子どもたちも楽しんで遊べる。勉強にもなると知れば、多少は高くても親が買ってくれる。だから、私たちは喜んでその申し出を受け入れた。それに、たかがゲームだと、私自身も侮っていたんだ」


 結果として、ゲームは大成功を収めた。結界の制作には頭を悩ませたが、進化したAIやホログラムなどの技術を組み合わせ、なんとか開発に成功した。その技術の中には、極秘事項として提出された技術も使われていて、それを提供してくれたのが支援した政治家たちだ。彼らの提供した技術は明らかに一般常識を超えていた。それを知ることの恐ろしさを考えながら、だけど、その技術なしには結界は作れないと目を瞑るしかなかった。

 そうして出来た言霊師は、当然のことながら通常のゲームとは比べ物にならないほど原価が高くなった。利益を考えれば、売値は通常のゲームよりも2桁以上も高くなる。しかも、言霊師はバトルゲームという特性上、大量に売れなければ全く意味がない。いくら新しいゲームとは言え、これでは売ることが出来ない。


「それを、支援者は赤字でいいから安く売って普及させろと言ってきた」

「赤字でいい……?」


 そのあり得ない提案に、誰もが絶句したあと反発した。だけど、それすら支援者は金で解決してしまった。


「赤字分は支援者たちが補填するから、一般家庭でも買える値段を付けろと言われ、上層部たちは話し合いの結果、他のゲーム機よりほんの少し色を付けただけの値段で売り出した」


 その結果は、誰でも知っている。言霊師は全く新しいゲームとして、さらには勉強と運動を強化するツールとして、爆発的に売れた。どこでも自由に作れる結界というシステムは、値段を考えたら恐ろしいほどのコスパの良さで、現代の大きな謎の一つとしても密かに有名だ。発売当初ではその秘密を探ってやろうと分解する者も出たが、全員がゲーム機の爆発で死ぬか、重傷を負って生死の境を彷徨う羽目になった。

 ゲームが爆発したと話題になった時は一時売れ行きが悪くなったが、すぐさまゲーム会社は精密機器なので絶対に分解はしないで下さいと声明を発表した。ゲームの説明書にも、同じ理由で分解は禁止と最初から明記されていた。そして、死亡したのが某国の人間となれば、パクるために分解して死んだバカの自業自得だと言われるようになり、あっという間に爆発事故についての悪い噂はなくなった。

 いま考えてみると、死亡者まで出ているのに不自然なほど事態が早く収束していた。そのおかげで言霊師の売り上げはすぐさま回復し、驚くべき速さで普及していった。


「いや、けど……、おかしいだろ。多少の赤字なら補填するのも分かるが、言霊師の元値なら大赤字だ。それを補填してまで普及させる理由が、日本語の普及だけじゃ割に合わない」

「そのための裏だ」


 さっきまで黙ってお茶を飲んでいた澪也が答えた。


「裏……、って、賭けか。それで赤字分を回収したのか。 ……いや、それでも足りないはずだろう? 裏の会場だって、作るのに大金が必要だったはすだ」

「だが、一攫千金を狙った殺し合いを見せ物に出来るなら、会費なんかで十分補填できる。それに、ダメージの少ない死体からは臓器の密売も可能だ。死体なんて、人によっちゃ宝の山も同じだからな」


 金なんて、いくらでも作りようがある。言霊師は全く新しいゲームで、支援者からの資金と要望のおかげで派手さも十分。大金を払ってでも見る価値はいくらでも付けられる。 ……そういうことだ。



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