第二章-Ⅱ イカれたヤツら
場所を移動し渋谷のカラオケルームの一室で、履歴に残っていた曲を片っ端から入れて行った。監視カメラの位置も考えて、口元が映らないようにメニュー表を見ながら、チラリと視線だけを向ける。
「あの男の情報だが、素性については?」
「名前と素行の噂程度なら、さっき調べた」
「なら先に、親について教える必要があるな。あの男の親は裏の常連だ。それも白虎のおかげで最近VIPに上がった。その影響が政界にも出てるだろ?」
つい眉を寄せて首を傾げた。神白龍之介といえば、ここ数年で少しずつ顔が知られてきた議員で、確かに最近はよくテレビやネットなどで見かけるが、そこまで影響があるかどうかなんて知らない。
「政界で影響力を持つには金がいる。その金を稼いでいるのが白虎だ」
「あの男が、そんな親孝行をするのか?」
「もちろん親孝行なんかじゃない。白虎本人にしてみれば、ただ遊んでるだけだろう。元から性格に難があったようで、裏の大会も好きに暴れられるからという理由で参加したらしい」
さらに顔をしかめてしまい、一度大きく息を吐き出した。4年前にはまだ裏に白虎は居なかったと思う。去年、会場を見つけた時に初めて見た顔だ。あの頃はレベル7だったはず。すでに連勝を重ねていたから、半年ほどでレベル8に上がっていた。つまり、少なくとも1年以上は裏に参加しているし、それだけ対戦相手を殺しているということだ。白虎のあの武器は、一見して切れないようになっているが、中に鉄か何かを仕込んでいて、振り回せば十分な威力と切れ味の凶器になる。さすがに今日持っていたのは、表でも持ち歩けるような軽いレプリカなんだろうが。
「前回大会2位の賞金は5千万。これは白虎の小遣いだろう。神白の本命はブックメーカーの配当金だ」
「優勝を取り逃がしてマイナスになってるかも知れないだろ」
「神白龍之介は姑息な男だ。確率が五分五分の決勝に賭けてたとは思わない。賭けてたとしても、かなりの少額だろう。マイナスにはならないさ」
「……」
五分五分とは、とんだ言い草だ。その白虎を負かして1位になったのは紛れもなくこの男で、俺の予想通りなら青龍の方が勝率7割といったところだろう。何しろ、この二人は相性が悪い。片や大剣を派手に振り回して相手を潰すのが好きな白虎と、片や細い刀一本で小回りを利かせ、言葉巧みに相手の裏を斯いて冷静に仕留めるタイプの青龍じゃ、誰が見ても青龍の方が有利だ。言霊師の本質は言葉のバトルなのだから。ただ、白虎の方が体力も筋肉も上で、勝利への執念も凄まじいから、白虎が勝つ確率も十分に高かった。
「白虎が大会に参加し始めたのは一昨年の春頃。お前が来る半年ほど前か。その頃にはもうレベル7だった」
「オイ待て、なんで参加した時点でレベル7なんだ。普通はレベル6が表の限界だろ」
「普通はな。だが親が政治家という立場を使えば、金を掛けずに生贄を見繕うことは可能だろう。実際、あの男の周りでは数十人、不自然に言霊師を辞めている」
生贄、という言葉にピクリと反応してしまう。
「レベル7に上げたところで限界を迎え、裏に参加したようだ」
「……それで」
「それで?」
「他に情報は?」
本当に欲しいのは、裏の大会に関する秘密だ。白虎本人の情報なんて、その足掛かりでしかない。だが、青龍はフッと小さく笑った。
「白虎に関する情報はここまでだ。次は俺の番だろう。俺と手を組むかどうか、答えは出たか?」
その質問に、改めて青龍をジッと見た。手を組むならこれ以上ない相手で、気持ち的にはほぼイエスと言える。だが、答えを決めるのには時間が短すぎる。
「こっちは命を賭けてるんだ。せめて、お前の情報が信用に足るか、調べる時間が欲しい」
「いいだろう。すでに情報は渡した。お前なら5日あれば十分に調べられるんじゃないか?」
「まあ、妥当な期間だな」
「なら5日後の午後3時、またここで会おう」
「分かった」
念のためフリーのメールアドレスだけ交換して、青龍とは別れた。
(……一応、遠回りするか)
青龍に関しては、ある程度は信用できるだろう。けど、正体がバレた以上は用心するしかない。二重尾行には気を付けていたつもりだが、やはり素人じゃ見分けるのも難しいと実感させられた。相手が青龍でなければ、声を掛けることもなく自宅を突き止められていたかも知れない。自分の運の良さに思わず溜め息を吐いた。
ついでに変装用の服をまた少し見繕っておこう。次は大学生らしい服か。近くにいくつか大学があるから、それを見て回れば遠回りにもちょうどいい。まずは一番近い海洋大に向かって歩き出した。
***
5日後、前回と同じ格好でカラオケ屋の前に行くと、もう青龍が待っていた。軽く笑い合って友人のように振る舞うが、個室に入ってしまえば少し空気が張り詰める。だけど、前回よりはマシだ。
「それで、どうだった?」
「確かに情報通りだったな。白虎のことも、神白龍之介が売れ出した時期も、ぜんぶ一昨年の春以降に変わってる」
白虎の周辺を嗅ぎまわるのは簡単だった。大学生の恰好をして白虎の通う大学へと行き、白虎と会話していた人たちに声を掛けただけ。駅前で見かけた話を振ってやったら、それだけで勝手に色々と喋ってくれた。
昔から我が儘放題だったようで、気に入らない相手を平気で殴っていたらしい。勉強するようなタイプではないが、成績は元から良かったそう。5年前に言霊師が発売されてからは国語と運動の成績がさらに上がったようで、大学はその推薦でもって入学したらしい。
高校時代の友人もいたおかげで、レベル上げについての情報も聞けた。どうやら最初はレベルに関係なく、ケンカと同じ感覚でバトルしていたようで、負けたことも何度かあるらしい。だからレベル7になるまで時間が掛かり、最後は親の名前で対戦相手を脅してレベルを上げた。そして、口止めのため後遺症が残るほど相手を殴り、それを親が揉み消していたらしい。とんだクソ野郎だった。
その白虎が少し大人しくなったのが2年前。言霊師も、気まぐれに弱いヤツをいたぶる為だけにやっている程度。そして急激に金回りも良くなって、明らかにこの時期から裏へと参加したのが分かる。
神白龍之介の方は、ひたすらにネットや新聞を漁って情報を探った。元はただの一般社員の男が、神白家の娘に見初められ結婚して逆玉となり、その後は社長へと成り上がった。そして、数年前には養父の地盤を継いだという。だが、養父の影響が大きすぎる上に、元が一般社員ということもあってか、龍之介本人はあまり前へと出て来られなかったらしい。
それが3年ほど前から少しずつ影響力が出始めて、一昨年の春からはイケメン議員として目に見えて売れ出した。恐らく、3年前から裏と関わりを持つようになり、賭けで少しずつ小金を稼いでいたんだろう。そして、一昨年に白虎が裏へと参加したことで、一気に儲けることができた。
「さて、どうする?」
青龍が小さく笑った。まるでこちらを試しているような、期待しているような笑い方に、こっちも釣られてしまう。
「これで断るほど臆病じゃないんでな」
「そう言うと思ったぜ」
お互いにニヤリと笑い合い、一度肩の力を抜く。
「それじゃあ、ようやく本題に入れるな」
「ここで良いのか? 移動した方が……」
「いや、先に確認しておきたいことがある」
「なんだ」
「お互いの目的だ」
ピリ、とまた空気が張り詰めた。
「……それは移動した後で話し合うべきじゃないのか?」
「大事な前提だからな。移動する前に聞かなきゃいけないんだ」
まさか、罠でも張っているのか。いや、だとしたら5日も時間を掛ける必要なんてなかった。面倒な罠なんて仕掛けずに、あの日、黙って奇襲すれば良かったんだから。だが、青龍の真意が分からない。
「俺の目的から話そう。俺は復讐がしたい」
いきなりの内容に、思わず顔をしかめる。まさかここまでストレートに言われるとは。やはり罠なのか。しかし、青龍は気にせずそのまま話を続けた。
「詳細はまだ話せないが、裏の人間に恨みがある」
「……これで、もし俺が裏の人間と通じてたら、お前レッドリスト確定だな」
「それはない。俺もお前も、裏の人間とは繋がっていない」
「なんで断言できる」
「この1年、お前に接触してきた使いが何人か分かるか?」
「さあな」
使いとは、『言霊の使い』と呼ばれる裏の大会スタッフたちの総称だ。男女関係なく全員がパンツスーツを着てサングラスをしている。
「裏と通じている人間には、特定の使いだけが接触できる。今のところ上位者でそれがないのは俺とお前、それから朱雀だけだ」
「なら、朱雀を誘えば良かっただろう」
「ダメだ。あの女の性格からして、隠し事には向いてない。それにおそらく、近いうちに誰かが囲う」
「確証があるのか」
「最近、あの女と頻繁に接触している一派がある」
なるほど、と頷き返すが、そこまで情報を掴んでいる青龍に少しだけ苛立つ。白虎や他のプレイヤーに特定の使いがいるのは知っていたが、その他にも派閥があるなんて知らなかった。仮に知っていても、どの使いがどこの派閥かなんて簡単に分かる訳がない。そのために使いは全員同じ服装をしているのだから。それなのに青龍は、一体どこからそんな情報を仕入れてきたんだ。知らないことが圧倒的に多すぎる。
「それで、消去法で俺か」
「俺としては一番味方に欲しい人材だったから、ありがたいがな」
「なんでだ」
「お前の目的も復讐だろう」
ジッと見てくる目を睨み返すが、そんなことで怯むようなヤツじゃない。舌打ちしながらソファの背もたれにどっかり背を預けた。
「そう思った理由は?」
「裏でのお前の態度と雰囲気だな。他の連中と違った。死合を楽しんでいるが、自棄にも見える。どこにも属する気もなくて、警戒心が高すぎる。金か死合が目的で派閥を選んでるにしては、1年は時間を掛け過ぎだ。普通はもっと使いの連中と親密になろうとする」
はぁあ~……、と大きく溜め息を吐いて、頭をグシャグシャと乱暴に掻く。そこまで見抜かれて否定するほどバカじゃない。仕方がないかと頷いたあと、また姿勢を戻して口元を隠す。
「負けず嫌いなんだよ、俺は」
「……もしかして、元生贄か?」
その質問には、肯定も否定もしなかった。それだけで青龍は分かったように頷き、またジッと見てくる。
「子どもなら無謀にもなれるだろうが、お前の年でソレは、馬鹿だと言われるだろうな。忘れようとは思わなかったのか」
「……お前、生贄になったことないだろ」
ハッ、と思わず鼻で笑ってしまった。生贄とは、何も知らないまま裏の大会へと招待された子どもたちのことだ。大抵が大手企業を名乗って丁寧に、時には少し強引な手も使って、レベル6になった子どもたちを攫っていく。そして連れて行かれるのは、大会と称した命がけの言霊師バトル。ルールも何もかも知らせないまま、ステージに上がった子どもを大勢の観客たちの前で嬲り殺しにする、まさに生贄。
言霊師としてレベルの高いヤツらは、大抵が自信とプライドを強く持っている。それらを痛みと共に嬲られて潰され、会場中から嘲笑われて殺されそうになれば当然、心は死ぬ。運良く生き延びたところで、トラウマからは逃げられない。中学生や高校生の、大人になりきっていない子どもには、耐えられるものではない。
耐えられるのは、ほんの一部だけ。そう、最初からどこかイカれているようなヤツらだけが、また裏へと立ち向かうことが出来るのだ。俺のような人間だけが。
「俺は、俺を生贄に選んだヤツら全員、殺してやらないと気が済まない。俺を殺し損ねたことを後悔させてから殺す」
「……お前も十分、裏の素質があるな」
「だから、なんだ。手を組むのを止めるって言うなら帰らせてもらう。俺としてはもう十分情報をゲットできたからな」
こっちとしても目的を話してやったし、元生贄だということも教えてやった。それだけで青龍には十分だろう。出て行こうと荷物を掴んだが、青龍に止められた。
「いや、このまま手を組もう。そこまでイカれてるなら、こっちとしても途中で逃げ出す心配がなくて助かる」
「……つまりお前の復讐も、最後は殺すのが目的か」
「アイツらのために人殺しにまで落ちてやる気はない。逆にアイツらを生き地獄に突き落としてやって、二度と這い上がれないように見張ってる方が面白そうだ」
にっ、と細めて笑うその目が全く笑っていなくて、その言葉が本気なんだと思ったら笑い返していた。
「ふっ、ふふっ……、ハッ、良いな。そういうことなら手を貸してやる。ただし、最後に殺すかどうかは俺が決める」
「好きにしろ。一応、俺も連中に殺されかけた経験があるからな。止める気はない」
「なるほど。なら、話の続きはどうする。このままここでやるか?」
「いや、移動しよう。もっと詳しい話がしたい」
頷いて、今度こそ荷物を持って二人でカラオケを出て行った。時間はまだ余っていたが、特に不審だと思われなかったらしい。まあ、大抵のことは堂々としていたら、それだけで不審には思われないものだ。
「どこに行く」
「俺の隠れ家だ。ちょうどそろそろ引っ越すタイミングだったから、お前を招待しても問題はない」




