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 第二章  敵か味方か

 どうやらまた一人、どこかで殺されたらしい。事故でも自殺でもない、ただの中学生の死なんて、今時ネットニュースにもならない。だけど、必ず誰かが噂する。

「なあ、また一人死んだんだって。やっぱあの噂って本当なのかな」

「んははっ、どこ情報だよ、それ」

「さっきあっちで知らんヤツらが話してた」

 少年が今来た道を指差し、それを他の少年たちが笑った。それはそうだろう。噂の根拠が噂だなんて、笑い話でしかない。ただ、知っている人間からすれば、それは単なる噂ではなく、真実だと分かる。

 現にネットを開けば、匿名SNSで知り合いが死んだ、言霊師が強いヤツだった、という話が出てくる。そして、必ず嘘つき呼ばわりされるのだ。ネットニュースにもならない話の真実なんて、身近な人間にしか分からない。承認欲求を満たしたいヤツが集まるネットでは、何を言っても嘘つき呼ばわりだ。

(バカなヤツら)

 人が死んだなんて叩かれて当然の内容を、むやみにネットに書き込むからそうなる。真実を隠したいヤツらにとっては、勝手に否定されて勝手に口を噤むんだから、ありがたい事この上ないだろう。こうしてまた、簡単に人の死が隠されていく。

 黄輝(こうき)は自分が噂に巻き込まれた時のことを思い出し、小さく溜め息を吐いた。生きていられた自分がどれだけ幸福か、そして、どれだけ不幸かなんて、誰も知らない。知っているのは、あの地獄を生き残ってしまった者だけだ。何とか生き残っても大半は後遺症に悩まされたり、トラウマとなって精神を病むか、そのまま自ら死を選んだりして、まともに生きることが出来なくなる。こうして普通に暮らしていること自体が、ある種の奇跡であり、呪いでもある。

「コウ、おっせーよ」

 待ち合わせ場所で笑っていたのは、Tシャツを着てリュックを背負った二人の少年。黄輝も今は似たような恰好をしている。二人とも千葉からわざわざ遊びに来ていた高校生で、何度か会ううちに仲良くになった。好奇心旺盛で色んな場所へ行っているらしく、おかげで彼らの話を聞くだけで軽い情報収集も出来る。三人で歩いていれば、ただの友達が遊んで歩いているだけに見えるし、彼ら二人が話していれば俺があまり喋らなくても違和感がないから助かっている。

「この前、オレら二人で新宿に行ってみたらさ、かなり派手な男がいて」

「アレ、けっこうビビったわ」

「派手な男? どっかでロケでもやってたのか?」

 東京なんかじゃ派手な男なんていくらでもいる。芸人から俳優はもちろん、一般人まで目立つ格好をしていることが多い。

 とりあえず、少し興味があるように続きを促せば、予想外の名前が出た。

「なんかよく分かんねえけど、白虎だって言ってたな」

「白虎……?」

「そ、すげえ自慢げに『オレは白虎だー』て」

「そんな芸人、いたか?」

「ん~、芸人ってより、イケメンのコスプレって感じだったから、ゲームか何かのキャラじゃねえかな?」

「たぶん今日もいると思うから、今からちょっと行ってみねえ?」

 少し渋ってみるが、二人はどうしても俺を連れて行きたいらしく、これ以上断ったら不自然だ。仕方がないと苦笑しながら頷いたが、どうにも嫌な予感がする。

 コスプレのような格好に、白虎という名前。自慢げに名乗っていたのなら、性格も見た目と同様、派手好きなのだろう。そんな男に、一人だけ心当たりがある。

(……どうする)

 出来たら顔を合わせたくはない。二人の後ろから遠目に見てアイツかどうかだけ確認して、本人だったらすぐ逃げるべきだ。だが、正直言ってこの状況は、少しだけ勿体ないとも感じる。

 ソイツが本当に俺の知る『白虎』なら、絶対に何らかの情報を持っているはず。派手好きなあの性格なら、慎重さには欠けるだろう。こうして何も知らないヤツが白虎のことを話しているのが何よりの証拠だ。

(試しに尾行でもしてみるか)

 遠目に見たあとは、理由を付けて彼らを置いて帰ろう。そのあと、また変装して戻ってくればいい。家が分かれば儲けものだが、さすがにそこまでバカじゃないはずだ。それに目立てば他のヤツらも気が付いて、同じように行動するヤツが出てくる。二重尾行でもされてこっちの正体を知られたら最悪だ。変装するにも限界はあるから、さらに注意して動くしかない。

 考えている間も彼らは白虎について面白そうに教えてくるので、適当に相槌を打って誤魔化した。



 渋谷から電車に乗って移動し、あっという間に新宿まで来てしまった。ここも渋谷に負けず劣らず賑やかしいが、前方がさらに少し騒がしかった。二人があれだと確信をもって前のめりに進んでいくのを、一歩後ろから遅れて着いていく。出来るだけ目立たないようソッと騒ぎの中心部を見た。

(……やっぱりアイツか)

 見えたのは、予想通りの白髪と赤い隈取り、それと聞き覚えがあり過ぎる声まで聞こえた。ご丁寧にいつも持ってたゲームの武器みたいな大剣まである。

「お前も撮りてえなら来い!」

「はーい!」

 周囲の人間に声を掛けて、楽しそうに撮影会じみたことをしている。あそこまで堂々と目立たれると、いっそ清々しくて羨ましい。こっちは必死に隠れて変装までして、殺されないようにしているのに。だが、逆に考えてみれば、あの男はこんなに目立ったところで殺される心配がない立場だということ。

「やっぱすげえ人気だな。オレらも行ってみるか?」

「女ばっかじゃん。俺パス」

「えー、オレらだけで行っても、なあ?」

「面白そうだけど、さすがにハズい」

「なら今日は、このまま新宿歩いてみるか?」

「あ、悪い。俺行きたいとこあるんだ」

「もしかして戻る?」

「ああ、さっき迷ってたもんな」

「お前らはまた戻んの面倒だろ。じゃ、また今度な」

「お~」

「りょ~」

 笑って手を振り、駅に戻るフリでさっさとこの場を離れた。

今は服もカツラも持ってきていないから、近場で買いそろえないと。急いで古着屋などを回って、着替える場所も探した。コスプレスタジオなんかもあるここらじゃ、探すのにそれほど苦労はしない。ただ監視カメラにだけは気を付けなければいけない。さり気なく周囲へ視線を走らせ、特に不自然な動きをする人がいないことを確認してから近場で着替えた。

 さっきまでは高校生らしく黒髪のショートヘアにTシャツとカーディガンという、極ありふれた格好だったが、今はスプレーで少し髪色を変え、ワックスを使って緩いウェーブも入れている。古着屋で買ったYシャツとプルオーバーを着て、それからズボンもスウェット系からジーパンに変えた。最後に伊達メガネをかけて、リュックをカバンの中に隠せば、さっきの高校生スタイルと同一人物だなんて分からないだろう。

 少しでも不自然な点を残したらバレる。そのくらい相手は手ごわい。タイミングを見計らって他の利用者が出ていくのに合わせ、彼らに紛れて外に出たあとは、さっきの場所までゆっくり歩いた。



 白虎を遠巻きに追い越すとき聞こえた会話から、撮影ついでに言霊師の対戦相手を探しているらしいことが分かった。何人かに言霊師のレベルを聞いているが、白虎が強すぎて戦えないでいる。

 ほとんどの人は普通、レベル7~8までが限界だ。同じレベルの人と戦って15連勝しないとレベルは上がらないのに、格上からバトルを挑まれて負けたら連勝はリセット。さらにレベルが上がるほど人数が減り、同じレベルの人を探すのが難しくなっていくから、その間に連勝を維持するのがまた難しい。

 そんな中で白虎は表の限界であるレベル8。戦えばほぼ負け確定の相手に、誰も挑む訳がない。

(表でレベル上げなんてムリだろ)

 ルール通りにバトルして上げられる限界は、おそらくレベル6。そこから先は相手探しもバトル内容も苛烈を極める。同じレベルの言霊師を探して金を取る連中もいるが、15連勝するにはいくら金があっても足りない。レベル6以降の八百長なんて、いったいいくら取られるのか。おかげで表じゃ不正が割に合わないゲームとして、クリーンなイメージすらある。

 思わず鼻で笑いそうになって咳で誤魔化しながら、白虎が見張れる位置にある店に入り、チラリと窓越しに様子を伺う。他の人も気になるのかチラチラ見ているから、たまに顔を向けても不自然じゃないはずだ。眼鏡越しなら視線も少しわかりづらい。

 コーヒーと小さなデザートだけ頼んで、時間を潰しつつ白虎の周囲を見張った。



 30分ほど経つと、白虎が飽きてきたのか写真を渋るようになってきた。そろそろかと見計らい、さっさと店をあとにする。

 軽くスマホをいじって電話のフリをしながら、待ち合わせ相手を探すようにキョロキョロと辺りを見回す。特に不審な動きをするヤツは居ない。ちょうど白虎も帰ると言い、駅とは反対方向へ歩き出したので、同じ方向へ歩き出す。

 人込みに紛れながら距離を取って追い掛けたが、待っていたらしい女と合流して、人通りの少ない路地へと入っていった。雰囲気から見るに、ラブホがある通りだろう。

(たしかにラブホなら、隠れて着替えるのにピッタリだからなぁ)

 さすがに尾行に対する備えくらいはしていたらしい。それとも、本気でラブホを利用するつもりなのか。年齢的には白虎も俺とそう変わらないはずだが、身長のせいか、体格のせいか、白虎の方がずいぶんと大人びている。こういう時に少しばかり童顔な自分の顔が恨めしい。協力してくれるような女もいないから、どうしたって限界がある。

 いや、実際にまだ18歳なんだから仕方がない。身長だって平均くらいはあるから、別に小さい訳でもない。ただ、学生だとまだ未成年扱いで、行動に制限がかかってしまう。得られる情報だって少ない。そこから必死に考えて新たな情報を探していくしかないが、今回の白虎でなにも情報を得られなかったのは痛い。

 静かに溜め息を吐きながら、近くで目に着いた店へと入っていった。コーヒーを注文したあとは、とりあえず白虎との写真を上げているアカウントを探し出し、なんとか加工して白虎の素顔を割り出してみる。派手な赤い隈取りを消してしまえば、単なるイケメンが出てきた。コーヒーを飲みながら試しにグーグルで写真の男を検索してみたら、意外とあっさり割り出せて思わず咽そうになった。

「は?」

 それなりに名前の知られている国会議員、神白龍之介の一人息子で、『神白(かみしろ) 虎牙(たいが)』という男らしい。軽く調べてみると派手好きで素行が悪く、周りからは犯罪の一つや二つ犯していても不思議じゃないまでと言われていた。大学も裏口入学したんじゃないかという噂もある。たしかにあの様子じゃ、そんな噂が出るのも分かるが、白虎本人であるなら虎牙の地頭はかなり良いはずだ。でなければ裏の大会でベスト4にまで入れない。

 そんな男が変装しているとはいえ、表で堂々と顔を出しているとは。正体がバレることを気にしていないのか、それすらも楽しんでいるのか。白虎の意図が読めなくて、思わず眉を寄せ悩んだ。直後、なぜか目の前の椅子に男が座った。

 あまりに自然に座ったせいで、少し反応が遅れた。無言で視線だけ上げ、ジッと見つめるが、相手の男はただ口元に笑みを浮かべるだけだ。すぐさま店員を呼んでコーヒーを頼み、それが来るまでお互いに素知らぬ顔でスマホをいじる。

 コーヒーが置かれ、店員が下がっていくと、ようやく男が口を開いた。

「初めまして。雷獣、だな?」

「……そういうアンタは、青龍か」

 シンプルな服だけど少し気崩して、明るい茶髪をハーフアップで結んでいる。大き目なピアスと、垂れた目尻に2つ並んだ泣き黒子が印象的で、パッと見は軽い男に見える。ただ、その目が笑っていないことを除けば。その姿は俺の知る青龍とは全く違うが、声には聞き覚えがある。

「いつから見てた」

「最初から。あの男は目立ちすぎだからな、利用させてもらった」

 思わず小さく舌打ちが出る。警戒はしていたが、おそらくさらに離れた場所から人間観察でもしてたんだろう。しかし、今の姿で正体がバレたとは考えにくい。服装も髪型も髪色も、ぜんぶ裏の時とは変えているし、さっきから喋ってもいない。それなら変装し直したことが目に留まったのか。

 だが即席とは言え最初と今の恰好では、印象がかなり違うはずだ。それなのに、なんでバレたんだ。悔しいが、それを素直に聞くのはマズい。今はお互い腹を探り合って、どちらが有利かを見極めなければならない段階だ。最悪の場合、このまま殺し合いになることも覚悟しなければ。できたらそれは避けたいんだが。

 コーヒーを飲みながら慎重に考えて、ゆっくりと問いかける。

「目的は?」

「手を組みたい」

 予想外の一言に、ピクリと反応して青龍を見た。青龍は気にした様子もなく、コーヒーを飲んでいる。その姿にやはり青龍らしいと思う。裏での青龍は無慈悲に、無感情に、ただ敵を倒す機械のような男だった。印象だけで言えば、今の見た目とは正反対と言って良い。あとは雰囲気さえもう少し誤魔化せたら、絶対に青龍だと分からないだろう。

「……手を組むにはお互い、信用が足りなくねえか?」

「あんな場所で信用も何もない。だからこそ、表で探す必要があった」

「白虎については?」

「アレについては俺も知らない。ただのバカなのか、何かの罠か」

「まあ……、アレはちょっと、迷うな……」

「あの男の性格を考えると、罠の可能性は低い。おかげでこっちは助かったが」

「調べたのか?」

「ある程度はな。まずは、その情報交換といこうか」

「交換できるような情報なんて、俺にはないぜ」

「お前の目的を、大まかにでも良いから知りたい」

「……言えないと言ったら?」

「お前が俺にとっての敵かどうか、判断したいだけだ」

「それでもし敵側だったら?」

「殺す」

 淡々と返された一言は、まるで羽虫か何かを相手にしているようなごく自然な一言だった。そのあまりに率直で青龍らしい一言に小さく笑って、頷いてやった。それくらい淡泊な方が、こちらとしても対処しやすい。しかも、青龍はいつも真面目だった。その青龍が真正面から敵かどうか聞いてきたということは、少なくとも青龍にとって俺は、敵には見えなかったということだ。

(仲間が欲しいのはこっちも同じだしな)

 一人で出来ることには限界がある。ましてや、裏を相手にするなら絶対に仲間は必要だ。1年以上も裏に関して調べてきたが、バトル会場を見つけるので精一杯だった。まだそこから先へは一歩も進んでいない。青龍と手を組めれば、ずっと停滞していた一歩を、ようやく踏み出せるかも知れない。

「それは俺がお前を殺しても文句は言わないってことで良いか?」

「そうだ、これは殺し合いなんだからな」

 明確なその言葉に、口角が上がってしまう。やっぱり青龍は真面目だ。仲間にするならこれ以上の性格はない。

 頷いたあと、二人ともコーヒーを飲みほしてから店をあとにした。


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