第1話① 目覚めの記憶
窓の外では満開の桜が鮮やかな蒼天に向かって必死に背を伸ばしている。開け放たれた窓から春の風が頬を掠め、甘い香りが部屋中に広がる。
そこは、一目見ただけでお金持ちが住んでいると分かるような部屋だった。1人で住むには広すぎる部屋の中、壁には数百冊の本がたくさんの棚にしきつめられ、天井には豪華なシャンデリアが吊るされている。
そんな部屋の中、一人の少女がベットに腰掛けていた。その部屋の大きさとそぐわない、幼く小さな少女だ。おそらく歳は8くらいだろう。
彼女の名前は、名前は…
「私、誰…??」
その時、大きな扉がガンガンと叩かれた。ガンガン、だ。トントンという音には美化しても言えないような、鋭い音が響いた。
「ど、どちら様でしょうか?」
彼女は震えながら尋ねる。
ドアを開けて入ってきたのは、少女より少し年上に見える少年と、その母親らしき女の人だ。そのひとは、
「あら、起きたの。」
とても軽蔑した目でそう言った。
「別に起きなくてよかったのだけど。貴方のメイドになりたいっていうおかしな女の子がいてね。」
後ろから顔を出したのは、青色の髪をショートにバッサリ揃えていて茶色の目をした、彼女と同じ年くらいの女の子だった。
「初めまして。結谷梨衣と申します。今日から月ヶ瀬栞様のメイドをやらせて頂くことになりました。精一杯お仕え致します。」
「あ、はい…。よろしく……。」
「じゃあ、私たちは行くわ。迷惑はかけないようにね。」
最後に少女を一瞥して、女の人は帰っていった。そこで、1度も話していなかった少年が口を開く。
「しーちゃん、目が覚めてよかった!しばらくは安静にね。また会いに来るから!ばいばい。」
少年は満面の笑みでそう話し、名残惜しそうに時々振り向きながら女の人を追いかけて行った。
その後ろ姿を見送ってから、メイドの女の子の方へ向き直る。
(この子の名前は、結谷梨依だっけ…。そういえば、さっきこの子私の事『月ヶ瀬栞』って呼んでなかった?それが名前、かな??)
彼女は、迷った挙句、確かめることにした。
「あの…私の名前って、月ヶ瀬栞だよ…ね?」
梨依は目を見開き、私の予想していた答えとは全く違うことを口にする。
「栞様、もしかして記憶をなくしていらっしゃるのですか?」
「え……………?」