令嬢のささやかな復讐
「お前は本当に何をやらせても鈍臭いなぁ。」
溜め息まじりにそうやって私をけなすのは──
婚約者のアストン・スタローン様。
公爵家の長男様です。親同士が勝手に決めた婚約者の私を、心から好いている訳ではありません。ただ、それでも将来結婚するのですから、私の方は少しでもアストン様と良い関係を築いていこうとは思っています。
あっ、申し遅れました。私はターナー公爵家の三女、ナタリーです。アストン様と違い、異性には一切免疫はありません。見た目は特別美人な訳ではありませんが、アストン様曰く、まぁまぁ可愛い方だそうです。
確かに焦げ茶に茶色の瞳、地味な服装、ろくに気も利かない私なので、会う度にアストン様をがっかりさせてしまっています。
今も、食事中に粗相をしてしまい、アストン様をがっかりさせてしまったところです。
‥‥アストン様といると、とても緊張してしまい、どうしてもスマートに振る舞えないのです。普段しない粗相をしてしまうのです。
さて、そのアストン様ですが、地位も見た目も魅力的で女性に大変モテます。特別美形という訳ではないですが、優しそうな雰囲気をした、雰囲気イケメンというやつですかね。物腰もスマートで、女性慣れされてるので、そういうところもモテる所以だと思います。
‥‥女性遍歴も凄くて、なんと私と婚約をしてからも恋人がしばらくの間いらっしゃったとか。その方が他の方と婚約をされてからは、もう会ってはいないようですが。。とにかく女性が途切れた事がないんだそうです。
ふいにアストン様がつぶやきました。何やら昔の彼女に想いを馳せている様子です。
「俺は面食いなんだ。今まで付き合った女は、皆美人だった。お前とあいつだけは違ったけどな。」
あいつとは、彼が長年付き合っていた初恋の令嬢、タバサ・ウィンダー侯爵令嬢です。ボンキュッボンのセクシーなスタイルで、社交的で情熱的。彼の浮気にも泣きながら耐えていたけなげな女性。
この彼女も、なかなかにモテてたそうで、彼とお付き合いしている時も、誰それから言い寄られただのしょっちゅう言っていたようです。
‥‥私からしたら、色んな男性に言い寄られている事実がもう尻軽というか、何というか、、
まぁ、彼に言わせて見れば私のやっかみなんでしょうけど。。
彼のタバサ様への賛辞を私は毎回ありがたく聞いていなくてはなりません。
彼曰く、これまでの女の人にはとても良く世話をしてもらっていたそうで、特にタバサ様はダントツで気が利いていたとか。
だから、私は彼の元カノたちへの賛辞をありがたく聞き、こんなに大切にされてきたアストン様と付き合えているのだから、その事実をとてもありがたく思うべきだし、もっと気が利く女にならないと駄目だとアストン様は言うのです。
「あいつは俺にとって、女神だな。成績をつけるとしたら、今までの女の中でもダントツだった。‥‥お前は、、最下位だな。俺に愛想を尽かされないように、もう少し頑張れよ。」
ハァーッ。心がキュッと締まりそうです。私の心はズタズタに切り裂かれたように痛みます。
‥‥タバサ様。何故彼と別れて、隣国の王子様へと嫁がれたのですか?
彼はタバサ様と別れた後も、貴女の事を女神と崇めて恋してらっしゃいますのに。。
貴女が彼と結ばれていれば、私がこうして彼と婚約する事もなかったのに。。
タバサ様は、アストン様と付き合っていながらも、隣国の王子様と付き合ってらっしゃったんですよね?
彼は、タバサ様のは浮気ではない。ただ言い寄られてただけだ、と言いますが、、
浮気ですよね。だって、彼と別れたのも隣国の王子様と結婚するからだって彼自身言ってましたし。
それに、隣国の王子様と上手くいかない時期にこっそりアストン様と会っていましたよね。
貴女と会った日のアストン様はいつも上機嫌で、饒舌でした。私は一度も頂いた事はないですが、彼が一生懸命に用意したプレゼントを頂いてましたよね。アストン様も、貴女と会うことは私には隠そうとはしませんでした。ただ、何回も会ってたうちのほんの数回しか報告というか、自慢をしてこなかったので、多少は私に対して後ろめたいものを感じてくれてはいたのでしょうか。
一度だけ、アストン様に口答えをした事があります。
「アストン様、タバサ様は結婚された身ですよね。そして貴方には私という婚約者がいる。そんなお二人が二人きりで会う事、それは浮気というのではないですか?タバサ様は、私という婚約者がいるのに貴方様を誘っていますよね?それでも彼女は純粋で健気な女性だと仰るのですか。」
「ハァッ。お前の心は醜いな。お前があいつの事を貶したくなる気持ちはわかるけど、俺とあいつの関係をお前の汚い言葉で汚して欲しくない!」
アストン様は途端に機嫌を悪くし、私をとても怖い顔で睨んでらっしゃいます。私は、、涙を堪えるのに精一杯で、ごめんなさいも言えませんでした。彼の私に対する評価は最悪の物となったようです。すぐに私をお家へ送り届けて帰られてしまわれました。
それからしばらくの間、彼とは会う事はありませんでした。
それなのに、今日彼の方から会いたいとおっしゃって、私と会って下さいました。私の方は、もう早く婚約破棄してくれないか、と思っていたところなので、少し開き直った気持ちで、彼と会う事にしたのです。
しばらく無言が続いた後、彼はおもむろに語り始めました。
「俺さぁ、今まで付き合った女は皆結婚や婚約をしちゃったんだよなぁ。浮気して散々色んな女を泣かせてきたから、これからはお前と付き合う事で償おうと思うんだ。分かりやすく言えばボランティア?的なやつね。」
「!?」
この方は、私の事をいったいどこまで馬鹿にすれば気が済むのでしょう。。悔しくて涙が出そうでした。胸が苦しくて、鼻がツーンとして、思わず嗚咽してしまいそうになりました。
風の噂で、タバサ様が隣国の王子様との間にお子をもうけられ、夫婦仲は大層良好だと聞きました。
一時期アストン様とよりを戻そうと、彼女から持ちかけて来た事を私は知っていました。結局アストン様は、彼女に二度振られたかたちになりましたが、それでも彼の恋の熱は消えてはいないのでしょう。
だから、アストン様は彼女を吹っ切ろうと私と向き合う気になったのでしょう。だって、隣国の王子様との間にお子を産まれ、夫婦関係も良好なのですから、アストン様の入り込む隙なんてないですから。
‥‥それなのに彼は相変わらず彼女と私を比較してきます。もうこれは一生続くのだと思います。
だって、思い出の中の彼女は、彼によってどんどん美化されて、私がどんなに頑張っても追いつける訳がないのです。
寧ろ、彼は私を貶める事によって失った自信を取り戻そうとでもしているのでしょうか。
私はなんと惨めなのでしょう。。彼が私を褒めたり愛する事はきっと一生無いでしょう。
時は流れ、彼と私は結婚式をあげました。
彼は結婚後は、この国の王子様の側近として毎日仕事で忙しくしています。浮気の噂は聞きません。
彼曰く、若い頃散々遊んだ男はもう遊び尽くしたから、結婚したらもう遊ばなくなるんだそうです。
反対に、真面目な人ほど、恋愛慣れしていないので、結婚後に浮気に走る傾向があるのだとか。
彼と私の結婚生活は、表面上は全く問題なくこれまで過ごしております。
彼の口から元カノの話はあまり出なくなりました。私はといえば、公爵家夫人としての務めもしっかりこなし、彼のお母様とお父様のおぼえも良いようです。社交界でも顔が広くなりました。友人も増えました。
それでもまだ彼は私を褒める事はありませんでした。
他の方の奥様と私を比べては、お前はアレとコレが駄目だ!とか、お前がもっと美人なら良かったなどと、相変わらず貶してくるのです。
極め付けは、私達に待望の赤ちゃんが生まれた時です。
「なんだ、女の子か。お前は駄目なやつだな。」
と言い放ったのです。私が命がけで産んだ娘と私に向かって、なんという事を言うのでしょう。
私は、心の中で何かが壊れたのを感じました。心が内側から粉々に砕かれたかのようでした。
私は、貴方を許さない。
それからも私達はこれまでと変わらない夫婦関係を続けていきました。
二年後、待望の男の子が生まれました。彼は大層喜びました。
けれども、息子が成長するにつれ、
「誰それの子はもう国語と算術と歴史をマスターしたのに、うちの息子はまだまだ覚えてないなんて駄目じゃないか!お前がしっかりしていないからだぞ。」
と彼から叱られる日々が続きました。
私から見たら、息子は成績も優秀で、性格も良くて、全く問題ないどころか、寧ろ素晴らしい息子です。
あっ決して親バカなだけではありませんよ。世間の評価も同じく素晴らしいのです。
この歳になって、気付いた事があります。彼──アストン様は、どうも常に他人の目を気にしてらして、誰かと誰かを比較してしまう悪い癖があるようです。
優しい物腰の、その穏やかな表情の裏で、損得勘定で人付き合いをしているようなのです。
そして、女の人を見る目は全くないようです。タバサ様にいまだに気があるのが良い証拠です。
タバサ様からの昔のラブレターを大切にしまわれている事からわかるように、かつての彼女をいまだに思っているようなのです。彼は、私がその事を知らないと思ってますが。。
タバサ様は、アストン様と私の結婚後に時々アストン様と連絡を取っていたようです。
アストン様は、タバサ様がいまだに自分を思っている愛情の深い女性だと勘違いしてますが、、
私は知っています。タバサ様とアストン様は似たもの同士なのです。別れてしまっても、結婚しても、常に相手が自分の事を一番に思っていてくれないと気が済まない性質のようなのです。
だから平気で、家族を裏切る事が出来るのです。
子供達はいつしか立派に成長してくれました。社交界では、才色兼備の姉弟だと評判です。
それぞれ素晴らしい伴侶を見つけ、幸せな家庭を築きました。
私の役割は充分に果たしました。
私は子供達だけには行き先を告げて、彼には内緒で家を出ました。
彼にはもう充分に尽くしてきたつもりです。
彼は知りませんが、彼が思うよりも私は良くできた妻だったようです。
彼はいかに私が頑張ってきたかを見ようとも知ろうともしませんでしたから。
私がいなくなれば、きっと色々困る事があるでしょう。たまには困って見れば良いのです。
頭のはげて、でぶっとした彼を愛してると毎日言ってくれた妻はもういません。
現実を見て、少しは傷つけば良いのです。もう貴方に恋して尽くしてくれる女性はいないという事に。。
貴方は、毎日日課となった夫婦での庭園の散歩の事を、煩わしく思っていましたね。
時々お酒やお菓子を咎める私の事を疎んでいましたね。途端に健康を害して少しは苦しめば良いのです。
そして──
いなくなった私にこれまでの事を少しでも感謝してくれれば良いのです。
‥‥私は、貴方の言う通り心根の醜い女ですから。これくらいの復讐ぐらいしますよ。
さようなら、アストン様。
私は海の向こうで、生まれ変わったつもりで仕事も見つけて一人悠々自適に老後を過ごす予定です。その為の資金や準備もこっそり進めてきました。
貴方の事を復讐したいと思うぐらいには、愛していました。
ええ、悔しいから認めたくないけど、子供を二人も産んでも良いと思えるぐらいは愛していました。
貴方が少しでも、私の事を誰と比べるでもなく見てくれてたら、少しは感謝してくれてたら、
私は貴方が死ぬまで、貴方のそばにいてあげたでしょう。
でも、もう私は充分傷ついてきました。
さぁ、これからは自分らしく、自分だけの人生を謳歌しますよ!
感想とお気に入り登録、評価をありがとうございます。
本文以外のタグや後書き等を変更しました。
※2020/6/30に投稿した短編小説の『アストン公爵の回想〜「令嬢のささやかな復讐」のアストン視点〜』ですが、R18規定に抵触した為削除する事になりました。(アルファポリスさんにも投稿中。そちらは読めます。)
ブックマークをして下さった方、読んでる途中の方、ご迷惑をおかけします。
今後とも宜しくお願いします。