事例:2 近道。
「鶯。急がないとショーが終わってしまいます。」
鶯巣を先導して牡丹が細い小道を走っていた。
後方からついていく鶯巣は少しだけ呆れ顔で
「そもそもの原因は牡丹が寝坊したからだった気がしますがねぇ?」と言葉を返す。
牡丹達が急ぐ理由は通う大学近くのデパート屋上でヒーローショーが行われる予定だったからである。大の特撮好きな牡丹はこの日を楽しみにしていたのだが、肝心の当日に寝坊して出発予定時刻からゆうに1時間以上経っていた。
「今日の"仮面ランナー ジュ-オウ"ショーが楽しみすぎて眠れなかったのです。許しておくんなまし。」
「何故に里言葉。」
そんなことを口々に話していると、T字路で突然鶯巣が立ち止まった。焦っている牡丹は唐突に鳴りやんだ後方の足音に驚き、同じく足を止め「鶯。なに止まってるんですか!急いでください!」と急かす。
すると鶯巣はT字路の右方向に続く道を見ながら
「確かこの道、近道だった気がする。」と言う。
その道は約800mほどの長さの道でまっすぐな直線道路だった。道幅は軽自動車が一台入るか分からないほど狭く、道に隣接している家が一軒もないといった小道である。そのくせ不思議なことに、そこに対して屋根はないのにも関わらずその道はひときわ薄暗く、最奥がどこに続いているか視認できない。
そして、その道には二人にとって重大な問題があった。
「…鶯、何言ってるんですか。その道は今向かっているデパートと真逆方向に繋がってるんですよ?
そう。今いる場所から東にある筈のデパートとは真逆の西方向にその道は伸びていた。
「そうなんだけどね。私、昔ここからまっすぐ進んだらデパートの真後ろに到着した記憶があるんだよね。」
「どこか別の道と勘違いしてるんでしょう。馬鹿なこと言ってないで早く行きますよ。」
牡丹がそう言いながら鶯巣の顔を見たとき少し違和感を覚える。鶯巣が一切こちらを見ず、その道の一点をずっと凝視している。その視線の先、400m程先に一つの小さな社が建っているのが見えた。 牡丹の膝程だろうかといった高さのその社はすっかり古びていて、もうかなり長い期間手入れがされていないようだった。
「……そんなに気になるんでしたら行ってみますか?」
牡丹がそう言うと、鶯巣は表情を変えず少し首を縦にふったかと思うとスタスタとその小道へと入っていった。
牡丹はその後ろを神妙な面持ちでついていく。
その道を進む中で会話は一切無く、二人が歩くたびにコツコツと鳴る足音だけがその場に響きわたる。
先にあった社に近づいてきたとき、唐突に牡丹が鶯巣に向かって「鶯。せっかくだからそこの社にお参りしていきましょう。」と声をかけた。
鶯は社の前で立ち止まり、小さめの社にしゃがみこんでポケットに入れたガマ口の小銭入れを取り出し始める。牡丹もその右隣にしゃがみこんで赤い横長の財布を取り出し、コンビニで買い物をした時に出たおつりの50円を出して社の前にある石段に乗せる。
その光景に何故か少し驚いたような顔をした鶯巣は、牡丹の顔を一度ジッと顔を見てから少し微笑んで、ガマ口の中にあった500円玉を置いて手を合わせる。
1分ほどの合掌ののち、再び無表情に戻った鶯巣は出口である小道の西側にフラフラと進んでいく。その姿を見ながら牡丹は
「今回は急いでるので遠慮なく使わせてもらいます。次、鶯を巻き込んだら容赦なく社を粉々にするので覚悟してくださいね。」
とお社に語りかけて、鶯巣のあとを追った。
道を出るとそこはデパートの真後ろにある道であった。
「どうよ牡丹!ホントに近道だったでしょ!!」
その道に入った瞬間、先ほどまで消えていた表情が戻った鶯巣が後ろを振り返って牡丹にドヤ顔で自慢し始める。その姿を見ながら牡丹は
「そうですね。さっさと屋上のショースペースに向かいますよ。」
と面倒くさそうな顔をしながら鶯巣をあしらい彼女の横を通り抜ける。
「牡丹さん。大発見したもっと私を称えてはくれんかいのぉ…?」
と悲しげな顔で抗議をする鶯巣に牡丹は
「おばあちゃん、むしろ面倒ごとを引っぱってきやがったので昼食は鶯のオゴリで決定です。」と言う。
「面倒!?私なんかやったっけ!!?」
と、本当に何が原因かわからないといった感じの鶯巣に呆れ顔した牡丹は彼女の後方に続く小道をチラッと見ると、少しため息をつき、文句を言い続ける鶯巣をよそにデパートの中へ入っていった。
彼女が店舗に入る前に向けた視線の先に、数秒前まで通ってきた小さな社のある道はそこには無かった。