事例:1 コインロッカーベイビー
「鶯。コインロッカーベイビーというのをご存じですか?」
講義が終わった教室で着物を着た白髪の少女と見紛う背丈の女性が隣に座る女性に聞く。
鶯と呼ばれた黒髪で長身の女性はまとめていた荷物を一度置き答える。
「初めて聞いた。コインロッカーから生まれた赤ちゃんのお話とか?」
「それは非常にファニーなお話ですね。違います。」
「さらっとディスるのやめてくれる?
牡丹が話にあげるってことは都市伝説とかそっち系なわけでしょ。」
牡丹と呼ばれた白髪の少女は手に持っていた電子タブレットの画面を鶯のほうに向け話し出した。
「コインロッカーベイビーとは1973年前後におきた捨て子事件のことです。
駅や街中に設置された鍵付きのコインロッカーに自身の産んだ子供を入れて遺棄をするんです。
当時は今に比べこういった行為は匿名性が非常に高くそれでいて第三者に確認されづらかった。
今でこそ管理体制が厳しくなったので難しくなりましたが、その頃はコインロッカーに生物を入れるなんて想定は一切されていませんので保管期限の過ぎたロッカーの中から異臭がした際に事件が発覚するなんてことが多かったそうです。
そこから派生していき、このサイトのように"遺棄をした母親がそのコインロッカー付近で泣いた子供に「お母さんは?」と声をかけると「お前だ!」と言われた"なんて都市伝説が生まれたりもしました。」
「なにそれ胸糞悪いなー…
で、なんでそんな話をお昼前にしたの。食欲失せちゃったじゃんか。」
午後12時過ぎ。昼食時に話すような内容でないのはだれが見ても明らかであった。
すると、牡丹が少し眉間に皺を寄せて
「鶯。今日の通学は自転車でしたか?それとも電車ですか?」
「今日はちょっと遅れそうになったから電車だったけど。」
「なるほど。でしたら、少々急いだ方がいいかもしれません。
鶯、この後は他の講義等はありませんね?」
「うん。今日はこれで終わりだからお昼食べて帰ろうかと…
ねぇ、まさかとは思うけど私の後ろに子供が立ってるとか」
「立ってはいません。背中におぶさってます。」
「なおヤバメな感じでは!!?」
「悪い子では無さそうですしまだ大丈夫だと思います。さ、早く行きましょう。」
牡丹はそう告げると、すでに荷物を詰めたベージュ色の中型鞄を肩にかけ部屋を駆け足で後にした。
荷物をまとめている途中だった鶯は慌てて紺色の大型バッグに残りを詰め込み牡丹を追う。
「牡丹…背中の子が悪い子じゃないんだったら何もそこまで急がなくて良くない…?
私そろそろ体力限界なんだけど…!!」
10分ほど走りっぱなしでゼイゼイと息を切らした鶯がそう言うと
「鶯からその少年をきり離すだけならそうですし、なんなら今向かっている場所に行かなくても問題はありません。」
鶯の前を着物で悠々と走りながら牡丹がそう答える。
「なら…なんで…?」
「急がなくては、その子自身が大変なことになるんです。
鶯も生霊のことは分かりますね?」
「生きたまま幽霊になっちゃうやつでしょ?
そのくらいなら私でなくても知って…」
そこで鶯は気づいた。牡丹が教室を出る前に言っていた"まだ大丈夫"というのは自分に対してではなく背中におぶさった少年に対してだったということを。
「まさか」
「おそらくそのまさかです。
このご時世にこんな事をするなんてどうかしてるとしか思えませんが可能性は非常に高いです。
ぱっと見は5才ほどの姿をしていたので初めは気づきませんでしたが、背中におぶさり指をくわえて心を落ち着けているしぐさを見るに本来の姿はおそらく赤ん坊ではと。」
「じゃあ、コインロッカーってのは?流石にそれだけの情報じゃわかんないよね。」
「授業中、定期的にその子はしきりに泣き叫んでたました。
人が霊になるということは何かを伝えたいときですので理由があって泣いてる筈。
それで鶯が通学時に通りそうな場所を調べてたら、少年が泣いている時間と合致して"あるものが到着していた"場所が一カ所存在しました。それが今日、鶯が降りたであろう"伏見駅"です。」
「まさか、電車の到着時刻。」
駅に到着した電車の音に反応して泣いていたのだとすればその近辺、音のよく響く構内である可能性が高い。
「さらに言えば、あの駅には監視カメラが設置されていないコインロッカーエリアが存在するんです。
以前利用しようとしたとき丁度、あそこの駅員に"まだそこには監視カメラが設置できてなくてね。"と仰ってましたから、もしまだあそこにカメラがついていないとすれば…」
それを聞いた鶯は走るスピードを無理矢理に上げる。
「ふふっ。鶯のそういうとこ私好きですよ。」
それに続いて牡丹もスピードを上げコインロッカーのある駅に急いで向かった。
駅のそのコインロッカールームはほとんど使う人がいないからだろうか、蛍光灯が切れかけたままで少し薄暗かった。
コインロッカーは3列ほどあり、この中から赤ん坊を探すのは至難の業である。
「ここは確かに職員の死角になってるから無いこともない話だけど…
今のご時世、そんな馬鹿な事するやついないと思うがなぁ。」
流石に学生二人ではロッカーを開けることはできないと思ったため連れてきた駅員がそう言う。その質問に対して牡丹がジトっとした表情で
「うるさいですよキツネ。つべこべ言ってるとこの前のアレのこととかを…」
「善良な獣に脅しとか卑怯では!?そう思いますよねウグイス殿!」
脅されてすっかりしょぼくれたキツネ目の駅員は鶯にそう聞くが完全にスルーされてより一層肩を落とす。
その姿も目に入っていない鶯はロッカールームを見るが想定以上に多いロッカーをひとつひとつ確認しながら牡丹に聞く。
「急がないと…牡丹!どれかわかる!?」
「正直どれかはわかりません。
少年も顔を伏せたまま動かないので急いで救出せねばならないんですが…」
牡丹も少し焦りだした時、鶯が突然ピタッと止まる。
「鶯…?なにしてるんですか早く見つけ出さないと!」
「…牡丹。もしこういうロッカーを使うならすでに"使用中"の所から詰めて入れない?」
「それが絶対ではないですが。まあ、あまりにも離れた位置には入れる事はないですね。」
すると鶯がひとつのロッカーを指さす。
「じゃあ、なんであれだけ離れた右端の一番上だけ使用中になってるんだろう。」
その指さしたロッカーは左側詰めで使用されてあるのだが、何故か10個もの未使用ロッカーを挟んで右側の上段端ロッカーだけ使用中になっている。
ハッとした顔をした牡丹は駅員にこう告げる。
「キツネ!あのロッカーをすぐに開けてください!!」
「赤ちゃんの母親が分かったんだって。」
あれから三日過ぎた大学の教室で鶯は牡丹にそう告げる。
「水商売の女性だったみたいで、客の子供を孕んでしまったけどそれが店側にバレて解雇。
男も責任取らずに音信不通になったらしくって、赤ん坊をみたらいやになったから偶然目に入ったコインロッカーに詰めこんだらしいよ。」
「…しかし、無意識に自身への後ろめたさから他の使用しているロッカーの近くを避けて入れたということですか。」
事件の内容としてはよくある話であった。
何か特別な理由があって少年がついてきたわけでもなく、偶然そばを通りかかった鶯へたまたま助けを求めてきただけの話であった。
「しかし、鶯はホントよく惹きつけますね。こういったモノを。」
「今月でもう3件目だっけ。偶然もここまでくると怖いね。」
「もしかしたら本当に鶯はそういったモノを惹きつける何かが出ているのでは?
と、最近私も疑い始めたレベルですからねホントに。」
「そんな私自身、全く視えてないわけだから困ったもんだよねー」
鶯がそう言うと牡丹が少しムッとして
「全くです。おかげであの日私は赤ん坊の泣き声で一切講義には集中できず、おまけに昼食を食べ損ねてしまいましたからね。きっちり責任を取ってください。」
「あー…じゃあ今日のお昼は私のオゴリってのは。」
その言葉を聞いた牡丹は涎を垂らしながら
「交渉成立です。ではさっそく食堂へ急ぎましょう。」と答えた。
これは現世の者でない存在に憑かれやすい女『鶯巣 まひろ』とアヤカシ払いの家系だったが為、長年孤独に生きてきた女『朝霧 牡丹』との少し不思議でそれでいてなんてことのない雑多な物語である。