3 スマホと写真
大社雪子は機械に弱い。
故に──
「近頃は若者の間ではLINEなるものが流行しているそうね」
(情報の周回遅れ……)
──しばしばこうなる。
「それでカイ、LINEはどこに行けば買えるのかしら? やっぱり電気屋さん?」
「……世界中どこ探したってLINEは売ってないと思うぞ」
「え……?」
「いやそんな『この世にお金で解決できないものがあるなんて……』みたいな顔されても、そもそもあれアプリだからスマホにインストールすれば無料で使え──」
「すまほ……?」
「……そうだった、キミはそこからだったな」
「……???」
頭に多数の『?』を浮かべる彼女は花の女子高生においては稀少種とも言える、ガラケーユーザーだった。
***
翌土曜日。
家族の昼ご飯を適当に作っていると突然の呼び出しがあり、パパッと終わらせてから雪子の家に向かうと、ドヤ顔でホワイトカラーのスマホを掲げる彼女が出迎えてくれた。
「今朝買いました」
「ました論法」
「ということでLINEとやらを入れてくださいな」
そう言って見せられた画面は見事に初期状態だった。空っぽである。
よくわからない羊がよくわからないことを口走り邪魔だったのでとりあえず消した。
「……ショップの人にやってもらえば良かったんじゃないか?」
「……ちょっと何言ってるか分からなかったからすぐに帰ってきたわ」
「なんで何言ってるか分かんないんだよ」
ショップの人より分かりやすい人なんていないだろ。
まあたまにデジタルに弱い相手を狙う性質の悪い店員もいるらしいけど。
「みんなして私の知らない言語を使うのよ。いつから日本の公用語は二つになったのかしら……」
「落ち着け、現在から過去に至るまで日本語だけだ。というかキミ英語5だったろ」
「あれは英語ではないわ、宇宙人語ね」
「そんなものはない」
仮にあったとしたらこの星に地球人はキミしかいない。
「あー……とりあえずストアを開いて──」
「……お店を開くの? い、いくらかかるのかしら……」
「違う、そうじゃない。次にLINEをインストールして──」
「何に就任するの? LINEさんが店長なの?」
「いや、就任させるの意味じゃなくて取り付けるの方だよ。インストールが終わったらLINEの新しくアカウントを作ったら──」
「LINEさんの勘定書を作るの? いえ口座かしら? やっぱりお店を開くのだわ!」
「英語の知識が邪魔っ!!!」
ストアを開いてLINEをインストールしてアカウントを作るが、お店を開いて店長に就任したLINEさんが新しく口座を作るに訳されたら、そりゃ会話も通じないだろうよ!
まさかここまで重傷だったとは……。あとで立花さんに言っとこう。
「……とりあえず、お望みのLINEは入れといたから、あとは好きにしてくれ……」
たいしたことはしていないのになんだかどっと疲れた。
「これがLINE……って、ここからなにをするものなの?」
「……よくそんな知識でスマホに乗り換えようと思ったな」
「だって……ナウなヤングの必須アイテムなのでしょう? これ……」
もうその時点で古い。
「LINEはメッセージアプリだよ、家族や友達と会話するためのものでメールをもっと手軽にして遊び心を加えた感じ。まあ実際にやってみた方が早いか。まずLINEを開いて──」
「???」
「……一回僕がやるからよく見て覚えてくれ」
「わ、わかったわ」
なんか田舎の爺さんを相手にしてる気分だ。
「LINEを開く」
「開く」
「右上の人のシルエットのボタンを押す」
「押す」
「ふるふる」
「? ソロモン72柱の序列34番、地獄の大伯爵フルフルがどうしたの……?」
「違う!」
もうこれわざとだろ!
フルフルと聞いて一番にソロモン72柱出てくる高校生なんてそうそういねぇよ!
「上に平仮名でふるふるって書いてあるだろ、それだ」
「ああ、これね」
「で、ふる」
「何を……? あなたを……?」
「なんでだよ、よしんばそうだとしてどうやってふるんだよ」
「ごめんなさい。私、好きな人がいるの……」
「そのフルじゃない! スマホをだ!」
遊んでるだろ、なあ、キミ遊んでるだろ!?
「ああ、そういうこと。完全に理解したわ」
「ほんとかぁ……?」
「当然よ……って、きた、きたわ! ほら見てカイ! できたわ!」
『 友だち 1
〇高山戒道
♪ I Slept With Someone in Fall Out Boy And All I Got Was This Stupid Song…… 』
ああ本当だ、できてる。
僕の方にもまだ名前しか設定してない味気ないアカウントが追加されている。
長かった……。本当に長かった……。
「友だち第一号が僕になっちゃったけど、まあ勘弁してくれよ」
「本当ね、ペットの欄はないのかしら?」
「ペットがLINEするわけないだろ」
「ピクサーあたりでそのうちするんじゃない?」
「………………」
しそう。いやもしかしたら既にしているかもしれない。
「なんてね。冗談よ、あなたを一番に登録したいから呼んだんじゃない」
そう言って、雪子はクスッと嬉しそうに笑った。
「……そりゃ、光栄なことで」
……本当に。
***
そのあとはまあ、簡単な使い方を教えて、誤爆しないように注意事項も書いて送り、何度も言い含めた上でまずは古くからの友人のグループに招待した。
突然の妖精さんの登場とたどたどしい挨拶文に皆が沸き立ち、友だちの数もすぐに10を超えた。
学校のグループの方はまた追々。
「この画像や一言はどうやって設定するの?」
「ホームの右上、歯車のボタンを押して、プロフィールのところから設定できるよ」
「……なるほどね」
慣れない手つきでスマホを操作する雪子。
まあ機械音痴ではあるが学習能力は高いのですぐに慣れるだろう。
それよりも問題は彼女のアカウントの扱いだ、無闇に広めたりしたら僕が立花さん──彼女の元・ボディーガードであり現・お世話係──に怒られる。
せめて一通りのネットリテラシーを覚えてからじゃないと不安だ。
「カイ、これなんだけど」
「今度は何が──」
分からないんだ、と雪子のスマホを覗き込むと、
ピロリンと、そんな音がした。
「は?」
「良い感じに撮れたわ、ちょべりぐってやつね」
「……ゆ、雪子!」
「あら、怒ってる顔も良いわね。カイ、こっちよ、目線向けて」
「からかうな! それに人を勝手に撮るんじゃない!」
「仕方ないでしょう、だってアイコンを変えようにも写真が一枚も入ってないんだもの」
「っ!? それアイコンにする気なのか!?」
「しました」
「ました論法やめろ!」
****
その日、雪子のアイコンが僕とのツーショット写真になったせいで友人たちにひどくからかわれたのは言うまでもない。
・そろそろネタの在庫が尽きて来た(早い)