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2 帰り道と肉まん

・最小限の砂糖でどれだけ甘くできるかの挑戦みたいなとこある。




 高校一年生も終わりかけの冬。

 春の兆しはまだ遠く、吐く息は白く空へと消えて行く。

 そんなある日の学校の帰り道、雪子と二人で歩いていると、唐突に彼女が切り出した。


「そういえば最近、あなたと私が付き合っているんじゃないかって噂が校内で流れているらしいのだけれど……」


 家まで歩いて十分の位置にあるコンビニの前で立ち止まった彼女は「どうしてかしら?」と、不思議そうにコテッと首を傾げる。

 また面倒な話題を出してきたなと、僕は素直にそう思った。


「そりゃあ、毎日一緒に登下校してたらそうなるだろうよ」

「たったそれだけで?」

「思春期の高校生にとって放課後に誰と一緒に過ごすかはすごく重要なんだよ」

「そういうものかしら」

「そういうものだよ」


 たぶん、知らないけど。

 僕はほとんどキミとしか帰らないし。


「なんにせよ愉快な勘違いだ。キミと僕が恋人同士なんてね」

「そうね、ただのペットと飼い主だものね」

「……せめてそこはただの幼馴染と言ってくれないか」

「ただの幼馴染ではないから嫌よ」

「………………」


 まあ、ただの幼馴染でないとは、自分でも思うけど。

 彼女と僕の関係は少し特殊だ。お互いの父親が上司と部下。

 では子の関係はどうなるかと言うと、かつてここまで上下関係のはっきりとした幼馴染が存在しただろうか。

 最早主従関係と言っても差し支えない。彼女が主で従者が僕だ。

 それがもう八年ほど続いている。


「まあ、所詮噂は噂だ。放っておけばそのうち消える。もし今すぐ誤解を解きたい相手がいるなら明日にでも僕が話して──」

「そんな相手はいません」


 食い気味。


「さよけ」


 それだけ言った。


「ということでカイ、肉まんが食べたいわ」

「唐突に話題に飽きるのやめてくれないか」

「だって特に望んだ反応が得られなかったんだもの」

「キミ本当にそういうとこあるよな」

「昔はもっとアタフタしてくれたのに……」

「本っ当に、そういうとこだぞ……」


 これ見よがしに溜息を吐くな。

 吐く息が白いせいで口が煙突みたいになってるぞ。


「それはそうとそこのコンビニ、肉まん半額ですってよ。やばいわ、早く行きましょう」

「ダメだ、晩御飯入らなくなるだろ。怒られるのは僕なんだぞ」


 早速とばかりに歩き出そうとする雪子の制服の裾を掴んで止める。


「大丈夫よ、四次元の胃袋を持つ私には肉まんの一つや二つ、夕飯前よ」

「そう言って昨日はタピオカミルクティーだけでお腹いっぱいになってたろキミ」

「……あれね、案外量が多かったのよ。迂闊だったわ……」


 あれ意外とカロリー計算すると軽食として成立するんだよな。


「とにかくダメだ。もう五時過ぎだし、立花さんもご飯作って待ってるぞ」

「じゃあこうしましょう、私とあなたで半分こ。それなら良いでしょう? ね?」

「……可愛く言ってもダメなものはダメだ」


 上目遣い、よくないと思う。


「……あと一押しかしら?」

「違う!」

「……ケチ」

「ケチじゃない」

「じー……」

「そんな眼で見ても譲らないぞ」

「ちっ……」

「舌打ちするんじゃありません」


 何度も言うようだけど怒られるの僕なんだからな。


「カイが私に逆らう……」


 言い方よ。


「キミのためを思って心を鬼にしてるんだ、汲んでくれよ」

「むぅ、仕方ないわね……良いわ、今回はあなたの忠義に免じて我慢しましょう」

「はいはい、ありがたき幸せありがたき幸せっと。……ほら、帰るぞ」


 肉まんセール中のコンビニに背を向けて、ちょうど青になった信号を渡ろうとしたところ、今度は逆に僕がカバンをグイっと引っ張られた。


「うわっ!?」

「待ちなさいカイ、話はまだ終わってないわ」

「だからって急にカバンをグイって引っ張るな! グイって! コケるかと思っただろ!」


 あと少しでみっともなく尻もちをつくところだった。危ない。

 急に何なんだ。


「カイ、お手」

「は?」


 差し出された右の手の平。

 期待に満ちた雪子の表情。

 でたよいつものが。最近は無かったから忘れてたのに……。


「雪子、何度も言うようだけど僕はキミの犬じゃない」

「そうね、私もこんな大きな犬を飼った覚えはないわ」


 僕の抗議はさらりと流された。


「じゃあ、なんで……」

「カイが調子に乗ってしまう前に一度主従関係というものを確認しておこうかしらって?」

「なんで疑問形なんだ……」


 ニコニコと笑う雪子が右手を引く気配はないし、たぶん僕が「お手」をしない限りその場から梃子でも動かぬつもりだろう。

 置いて行くわけにも、無理矢理引っ張るわけにもいかないし、まあ、うん。

 僕は犬ではない、断じて犬ではないが、心の奥底で抗う何かを押し殺してそっと右腕を上げた。


「あ、右手じゃなくて左手でお願いね」

「え、あ、うん……あっ……」


 雪子の右の手の平に添えられた僕の左手。

 言われて、すごい自然に「お手」をしてしまった。

 パブロフの犬か僕は。


「さっ、帰りましょう」

「……………………」


 満足気に頷いた彼女はそのまま僕の手を引いて歩き出す。


「なぁ、手をつなぎたいならそう言えば良いんじゃないか?」

「誰かさんが肉まんを買ってくれないから寒いのよ」

「キミなぁ……」


 本当にそういうとこだぞ、噂されるの。





・だいたいこんなのが永遠続くだけです。

・僕が言いたいのは永遠。

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