16・3なぜ加わる?
シンシアは腹痛で欠席したと伝えると、それを知らなかったらしい兄は大変申し訳ないと謝りながら、なぜか席についた。
顔を見合わせるルクレツィアと私。
常に儀礼に乗っ取った振る舞いをするクラウスだ。通常なら、着席の許可をとるところだろうに、なぜ当然のように座る。
仕方ないので、シンシアのために用意されていたカップにお茶を注いで渡す。
しかもどうしてなのか、クラウスにはブルーノもラルフもついていない。
つまりクラウス、ルクレツィア、私の三人のみ。一応『三ない運動』の一つ、二人きりで会わないに抵触してないけれど、限りなく危険なことにかわりない。
そういえば少し前のこと、この人を巡る騒動の余波でサロン蝶の間が閉鎖の危機にあった。だがそれは今のところ実行されていない。代わりにサロンに『飲み物の掛け合い禁止!! 破ったものは王宮への立ち入りを一ヶ月禁ず!!』と張り紙がされた。
それを聞いたときは信じられなかったので、ルクレツィアと確認に行った。すると美しいサロンに不釣り合いな大きな紙が本当に貼られていて、二人して笑ってしまった。
ちなみにサロンでの禁止事項なので、飲み物の掛け合いは他の場所で行われているらしい。
ということで、ゲームのことがなくても何かと面倒な彼とは関わりたくないので、早く立ち去ってもらいたい。
そんな私たちの胸の内を知らないクラウスは憂い顔で
「妹は外出にトラウマがあるらしく……」
と話し始めた。
「伺いましたわ」すかさずルクレツィアが反応する。「先ほどアレンがシンシア様のお手紙を届けに来た折りに、話して行きました。以前お辛い思いをされたとか。私たちは仲良くさせていただきたいとの返事を送りました」
「そうか」話を遮られたクラウスは、怯むでも機嫌を損ねるでもなく鷹揚にうなずいた。「気遣いに感謝する。彼女は社交界にデビューするのも嫌がっている。あなた方が友人になってくれると助かる」
「お会いするのが難しければ、まずはお手紙交換から、と思っています。ね、アンヌ」
ルクレツィアの言葉にうなずく。
「ご安心ください」
私もそつなく返す。感情を込めすぎず、素っ気なくなりすぎない絶妙な加減で。
「シンシア様をご心配して、こちらにいらっしゃったのですか?」と攻めのルクレツィア。「お仕事を抜けて大丈夫なのですか?」
暗に『シンシアはいないから帰れ』と言っているのだろう。だが敵もさるもの、
「本日の分は終わらせた」
と涼しい顔だ。
「あら、では公爵をお待ちになっている方々がいらっしゃるのでは」
強いぞルクレツィア。……大丈夫かな。ツンに思われないかな。
クラウスは意地の悪そうな、だけれども美しい笑みを浮かべた。
「つまりお前は邪魔だから去れ、ということか」
「あら、そんなこと」ルクレツィアは狼狽えた顔で否定した。
「どうも私はあなた方に嫌われているな」
ルクレツィアと顔を見合わせる。気づかれていたようだ。なるたけ自然に彼を避けてきたつもりだったのに。
これはいけない。ツンでもデレでもない中庸の態度で、波風立てないモブになりたいのだ。変に目立ちたくない。
「そんなことはありません」
助け船を出して、ね、とルクレツィアの顔を見る。
「公爵は人気者ですもの。いらっしゃるのを心待にされてる方々を差し置いて、私たちがあなたのお時間を頂戴してよいものかと心配なだけですわ。気に障ったのなら失礼をいたしました」
うなずくルクレツィア。
クラウスは笑顔を引っ込め、ふうんと言ってカップを口に運んだ。
どうもこの人は、何を考えているのかが分からない。態度は限りなく優雅な青年貴族なのだけど、どこか信用できないのだ。
本当にクリズウィッドと親しくしていることに裏の理由はないのだろうか。
あぁ。顔が見えなくてもストレートで裏のないリヒターに会いたいな。おとつい会ったばかりだけれど。約束の日まで後五日もある。
クラウスはカップを置くと立ち上がった。
「ご馳走様。邪魔をして悪かった」
そして私たちの返事も待たずに踵を返した。
その姿が見えなくなると、私たちは顔を寄せあい、小声で
「なんだったのかしら?」
と言い合った。
「とにかくまずかったわね」とルクレツィア。
「そうね。気を持たせないに関わるわね」と私。
「彼、察しがいいのね。やり過ぎないようにしましょう」
うなずき合っていると、
「なんの密談かな?」
とからかいを含んだ声がした。クリズウィッドが笑みを浮かべ侍従を従えてやってきた。
いつものように私の手をとりキスをして、そして。その手を離さず宣告をした。
「挙式の日取りが決まったそうだ。十月一日だよ」




