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プロローグ

 一面の白。

 世界を覆う天の氷は、いつも私を苦しめる。

 いや、正しくは「我々」と言うべきか……。


 私は震える全身に鞭を打ち、吹雪く大地に一歩踏み出した。

 傍に立つ九歳の娘を少しでも寒さから遠ざけようと、私はその小さな体をそっと抱き上げる。

 地面から吸われていく熱は想像以上に大きく、10歳にも満たない子供ならば尚のこと注意せねばならない。

 娘はひしっと私にしがみつき、僅かに震えているのがわかる。

 耳元に聞こえるその吐息だけが、唯一私を人の世界に残してくれているようでどこか安心した。

 背後には、足元を雪に取られガソリンも尽きた自動車が一台。

 無人の雪原に残された我々は、今世界で最も孤独で、最も非力な存在であった。

 雪は太古より、生命を苦しめる最も身近な自然の力である。

 如何に科学技術が進歩しようとも、生命の根本的なエネルギーである「熱」を奪うこの現象は未だ人類の脅威であった。

 もはや防寒具すら意味をなさない圧倒的な冷気と吹き付ける氷の礫。私は満身創痍だった。

 数歩先すら視界がままならず、手袋の中で少しずつ感覚を失っていく指先。私はそれでもこの腕の中にある命を守るために一歩を踏み出していく。宛など無い。ただ、僅かでもいい。僅かだとしても、この死の風を凌ぐ場所さえあれば。そんな思いが私を前に進ませる。


「この子だけは……」


 凍り付いた声帯で呟いた擦れるような声は、果たして発せられたものか否か。

 私は、もはやそれすら判別できないほどに衰弱しきっていた。


 世界が氷に覆われたのは、ちょうど一年前。

 アイスショックと呼ばれたその事件は、世界全土を氷河期と化す大自然災害だ。と言っても、それは人知では語れない現象故に、社会が無理矢理に銘打った結果に過ぎない。

 真実は、超能力者「氷の魔女」の暴走によるものだ。

 超能力の存在は、太古より様々な形で世界に残っており、現代でもその力を持つ者たちは少なからず存在している。

 平成の時代になりグローバルな社会体制に拍車がかかったこともあり、多くの血が混じり超能力を持つ者はその数を爆発的に増やした。しかし、それでも超能力者の数は社会の一般人口比には程遠く、我々はひっそりと社会の影に暮らしている。

 そして去年のこと。ある強力な力を持って生まれた超能力者の力が暴走し、世界に氷河期が訪れた。

我々超能力者の中でも一際注目を浴びていた彼女は、畏怖を込め「氷の魔女」と呼ばれており、誰よりも力を持っていた。しかし、強大過ぎる力を制御できなくなった彼女は、暴走し蒸発。制御する主を失った超能力は、悪戯に力を開放し世界を氷へと変えてしまったのだ。


 !


 そこまで思い出した時、ふと私は何かにぶつかり足を止めた。

 顔をあげると、それは木造の壁であり、すぐそばに扉が見える。

 農具小屋だ。

 私の住む北海道のこの地域では、農業が活発に行われており至る所に農具小屋がある。

 特別盗むものも無ければ、地域の者はみな顔見知りということもあり、幸い小屋に鍵はかかっていなかった。

 私は小屋になだれ込むようにして入ると、娘をそっと下す。


「……だい……じょう……ぶか? ……かのん」


 私の微かな問いかけに、娘はコクリと頷き身を寄せてくる。


 ……似ている。


 その瞳、その色白な肌、艶のある髪。全て亡き妻に似ている。

 全てを白に変える強くて優しい彼女に、この子はどこまでも似ていた。

 私は震えつつ、そっと手袋を外す。

 指先は紫に変色し、もはやピクリとすら動かない。

 身を寄せてくる娘の頭を、私は優しく撫でた。

 私は残る体力を振り絞り、娘を撫でる反対の掌に炎を灯した。

 ソフトボールほどの大きさの炎は農具小屋を照らし、娘の身体に付着した雪を溶かす。

 私は炎の超能力者だ。年を取り環境のせいでめっきり力は弱まってしまったが、内側には、まだ死なない炎が灯り続けている。


 その時だった。


 不意に視界が大きくぼやけ、私の手から炎が消える。


「パパ?」

 

 娘の驚いたような声が遠くで聞こえる。

 眠りにつく直前のようなボーっとした感覚と、ハッキリした意識の間に置かれた私は、自らの死期が迫っていることを悟った。


 ……ここまでなのか?


 私はブレ続ける視界の中で娘を慌てて抱き寄せた。

 何のために抱き寄せたのか分からない。ただ、咄嗟にそうしなくてはならないと感じたのだ。妻に託されたこの子まで連れていくわけにはいかない。せめて私の温もりを分けて――。

 そこまで思考が追いついた時、私の中である案が浮かんだ。

 深く考えるより先に、私は慌てて娘の手を掴む。

 齢にして九歳の手のひらはあまりにも小さく弱々しい。それでいてしっかりとした命を感じるのだから不思議なものだ。


「パパ?」


 今度は問いかけるように発せられた声に、私は応える。


「誰しも……心の底に、見えない炎を持っている」


 私は言うが否や、自身の中にある全エネルギーを娘の手に込めた。


「あっつ!」


 驚いて手を放そうとする娘をしっかりと抱き寄せ、私はそっと握った手を離した。

 私の胸の中で娘は手を押さえている。娘の手は赤く腫れあがっていたが、そこには確かに小さな炎が灯っていた。


「……かのん。お前が照らせ。明日を――――」


 その言葉を最後に、私の意識から世界が消えた。

 真っ暗な空間に投げ出された私は小さく呟く。


 ――大丈夫だ。前を向け――



×××××××××××××



 あれから、九年が経った。

 

 父の最期を看取った私はあの後、現地に駆け付けた消防隊に救助され命を繋ぐ。

 十年近い月日が経過したが、今も世界は氷に閉ざされ、私たち人類は地下都市を築いての生活を余儀なくされている。変わったことと言えば、昼と夜の区別が曖昧だということと、超能力に対する認知が広がったことくらいだろうか。

 救出された瞬間のことはあまり覚えてはいないのだが、後から聞いた話では、父は最後まで私を包み守り続けてくれていたという。力を譲渡し、死した肉体には熱など微塵も残っていなかったはずなのに、私は熱を失うことなく父に温め続けられていた。

 世の中には科学では説明できない力が多く存在する。私の授かった超能力も然りだが、それすら超越する力があるのだとすれば、それは「愛」なのかもしれない。

 私は、父の愛に救われて生きている。


「……パパ。私。ママを探しに行くよ」


 父の墓の前で手を合わせる私は、小さく微笑み首から下げた白銀のネックレスにそっと触れた。

 母の形見として父の持っていたネックレスは、二人の形見として私が引き継いだ。

 18歳になりすっかり大きくなってしまったが、私の心はあの時から凍ったまま。

 しかし、凍ってはいてもその矛先は未来を向いている。


「私が、明日を照らすんだよね?」


 確認するように墓石に向かってそう問いかけた私は、スクッと立ち上がると、右手で天に大きな炎のアーチをかける。轟と鳴る鮮やかな爆炎が薄暗い地下世界を照らす。

 すぐさま私は、左手でその炎のアーチを一瞬で氷結させると粉々に砕いた。

 パラパラと散る氷のかけらは、さながら地表に降り注ぐ雪のようで、何か今までの常識を突き崩すような大きなイメージを感じさせる。

 私は振り返ると、少し離れたところに待つ数人の男女に向かって声をかける。


「行こっか!!」


 西暦20XX年。大氷河期時代。社会に「氷の魔女」の娘が降り立つ。右に炎、左に氷の力を持つ「雪原の妖精」の未来は、吉か凶か。

 人間は誰しも心に見えない炎を宿している。見えない力に後押しされ、彼女は進む。

 明日を照らすために。



【登場人物】

主人公

●カノン 18 女

 物語の主人公。氷の魔女の娘。炎の超能力を持つ父を持ち、炎と氷の力を持つ。もともとは強すぎる母の力である氷の力のみを持って生まれてくるが、プロローグで父から炎の意思を譲渡されたことで、炎の力に覚醒し継承者となる。

 父の形見である白銀のネックレスをつけている。

 父の死ともに、関東圏に住む親戚の元に身を寄せる。親戚との関係は極めて良好。

 18歳になった本編では、地下都市のギャングの幹部として喧嘩や派閥争いに明け暮れる。ギャングであることから素行は悪いが、根本にある心は真っすぐ。非力な者を苦しめるチンピラや道理の通らない悪のギャングを始末して回っている。

 殺伐とした外向きの顔の一方で、家に帰ると家族の手伝いをするなど、育ててくれた親戚の叔父叔母をいたわる場面も多い。ギャングとしての活動した凌ぎは、八割を家に入れている。

 戦闘力は極めて強く、関東地域を束ねるギャング組織の中でも名が知れ渡るほど。凄まじい火力を誇る炎の能力と、母譲りの圧倒的な氷結能力で敵を圧倒する一方、能力に依存する戦闘スタイルを取るため、長期消耗戦は苦手。素の格闘戦においてはギャング組織でも中堅以下。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


※最初に断っておきますが、こういったことは、雪国では比較的起こり得る事件だと思います。ですので、実際の事件や団体とは一切関係ございません。モデルとなった事件はいくつかありますが、現在の状況との関連性も皆無ですので、そのあたりの事情はご了承ください。


はじめまして。コウガ・クラヒコと申します。稀に思いついた作品を投稿している青年です。作品に対する感想などございましたら、ぜひコメントいただけると幸いです。



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