第67話 ノブレス・オブリージュ 政略結婚は義務?
夜になった。華やかな歓迎晩餐会の開幕だった。
バッソンピエール殿やマーリー殿の期待とは裏腹に、ジェルナン殿はリュートも持ってこなかったし歌の披露もプログラムに入っていなかった。
「あやつ、どうする気じゃ」
歌もリュートもなかったが、ジェルナン殿は最新流行の服を着ていた。決まりすぎて余計な女性ファンを増やしそうだった。
「見た目で勝負か? 今夜は」
バッソンピエール殿はからかったが、ジェルナン殿はなにも答えなかった。
ジェルナン殿の服は事前に決めていたからその格好になったのだ。
信書を開けて中身を読んだときから、彼は自分の動揺を人に知られないようにするので精一杯だった。
リーア陛下については確信があった。絶対に彼を裏切ることはない。でも、もっと気に入ってもらいたかった。それで服を選ばせた。しかしながら、そんな浮ついた気分は、ゼノア王からの正式な結婚申し込みで吹っ飛んだ。彼は頭がもういっぱいで、服を選びなおす気力もなく、そのまま袖を通したのだった。
今回の結婚申し込みは、純粋に政略結婚である。しかも超大型で、外交的に言うといろいろメリットが多い。
何よりもまず、二国の関係が安定する。次にマノカイとゼノアが合併すれば、強大な国家が出現する。近隣諸国にとっては脅威だろうが、マノカイ・ゼノアは超大国として君臨、絶大な力を持つことになる。
「りこうな女なら、この申し出を受けるべきだろう」
いや、りこうでなくても、卑しくも国家元首なら、国力を増強させるこんな絶好のチャンスを逃すべきではないのかもしれなかった。リーア陛下がラセル陛下との結婚を希望しなくても、国中の者達が結婚を期待しているかもしれなかった。こんなに平和的な国家の結合はめったにない。チャンスと言えるかもしれない。
「合併したければの話だが」
ジェルナン殿は、外務大臣エルブフ殿のテーブルについて、それとなくエルブフ殿の意見をうかがっていた。
エルブフ殿は、ジェルナン殿が彼らのテーブルについても文句は言わなかったが、歓迎している様子はなかった。彼らのテーブルの話題は、当然、今回の正式の結婚申し込みであった。
「つい先日は、尼僧院に攻め込んでリーア陛下を拉致してでも結婚したいと言っておられた。今回は正式の申し込みだ」
「当然、目的はゼノアによるマノカイの併合であろう」
「究極の名門同士の結婚だ」
「もし、二国が一緒になれば、マノカイ・ゼノアは無敵だ。周辺国は、すべてマノカイ・ゼノア連合国の命令に唯々諾々と従うだろう。どれほどの権力を握ることになるか」
彼らは夢に誘われた。世界に君臨する夢だ。
たとえ一家臣に過ぎないにしても、超大国の家臣と、弱小国の家臣では、権力も金も違う。彼らは王にはなれないのだから。
「むげに断るわけにはいかん。どうしたものか」
「断れば、やはり戦争だろうか?」
「陛下はあまりラセル陛下をお好きではなかったような気がするな。年も大分離れているし。そう言えば、確か、ラセル殿は奥方がいたように記憶しているが、あれはどうなったんだろう?」
「実は始末されたと言ううわさがある」
「なんだと? まさかそれは殺されたとか言う意味か?」
「どうやらそうらしい」
「私もそれは聞いたことがある」
ジェルナン殿が初めて会話に参加した。
「ほんとうか、それは? あまり良い話ではないな」
ステイン殿が顔を曇らせた。
「ラセル陛下は……」
ジェルナン殿が言った。
「リーア陛下を愛しておられた」
全員がびっくりしてジェルナン殿の顔を見た。
そんな言葉は全く不釣合いな結婚話だったのである。純粋に政治的な駆け引きに過ぎなかったのだ。
「本当だ。いつでも陛下にやさしかった。しかし、元の奥方を始末したと言うのなら、そのような方とのご再婚話はいかがなものだろうか……」
みなの沈黙の後、エルブフ殿が口を切った。
「ばかばかしい。王族の結婚に愛だの恋だのいっても仕方がないぞ。わたしだって親が勝手に決めた結婚で、いやも応もなかったのだ」
「確かにそのとおりだ。しかし、この場合は少し違う。二人とも国王なのだ。親は居ない。誰も二人に命令は出来ないのだ。むしろ、我々に無断で勝手に暴走する危険性がある」
ステイン殿がうっかり口を滑らせた。旧来の貴族達は若いリーア陛下をやはりなめているのだ。
「賛成する場合は国を挙げての結婚式になるだろう。問題は反対する場合だ」
「だが、賛成も反対も、どうするかは陛下次第。まず結婚するのかしないのか」
「誰かといずれしていただかねばなるまい。お世継ぎが居ない」
「だが、誰と? ラセル陛下とか?……」
リップヘン殿か? それともジェルナン殿か?
誰もがそれを心の中で思ったが、誰も口に出さなかった。そしておそらくジェルナン殿が勝ちを占めるのだろうと思うと、不快に思った。
どこのウマの骨か実はよくわからぬ男。
器量がよく女好きがするばっかりに姫君の心を捕らえた男。
大衆は若くて男前のジェルナン殿の味方だった。新興貴族たち、リーア姫に付いてきた領主達も、ジェルナン殿の味方だった。
しかし、昔ながらの大貴族はそうではなかった。今、目の前に居る若者の方が憎いのだ。それくらいならラセルとの結婚を認めたほうがましくらいに思っている。
彼らの昔の権力を奪ってしまった原因はほかにあるのに、この若者のせいでそうなったかのように考えているのだ。
彼らの憎しみの視線を感じながら、ジェルナン殿は前途多難を感じた。
どれほど愛していても、この調子では、結婚どころではないかもしれなかった。彼は陛下をたぶらかす国家の敵かもしれなかった。そんなものにだけは、なりたくないのに。




