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東渡りのジグ人 ~ある意味女難の相がある男の物語~ お前は予知の力を持つ悪魔の使い  作者: buchi
第1章 ふたつの王国

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第18話 修道院で隠遁するとか言い出した

 ささやき声に、そこにいたすべての人々、ナイ儀官、リンゲルバルト、マノカイの人々が、公妃は皮肉な目つきで、ホルスト公子は素直な賛美をこめて、リョウは黙って、重い喪服に包まれた姿を見た。

「ああ、ああ、王妃陛下。サーシャが戴冠した暁には、再婚してくださるでしょうね。サーシャには再婚でも文句は言わせませんから、ご安心ください。」

 突然、声をかけたのはゴブロイド夫人で、挨拶もないその唐突さは無礼を通り越してもはや驚きだった。リップヘンはゴブロイド夫人をいますぐ何か残酷な殺し方で殺したそうな目つきで眺めた。

 リョウは誰かを思い出した。そう、ラセルの妻だ。どこか似ている。他の人々は、兄のゴブロイドまで含めて、疲れたような表情になった。

「ゴブロイドさま、再婚はいたしません。ご心配なく。」

 リーア姫は冷たく言った。

「年上でも気にしませんよ。」

 ゴブロイド夫人は誘うように続けた。公妃の顔にはあからさまな蔑みの微笑が浮かんだ。王妃が続けた。

「私は修道院に入ります。」

 リョウは何気なくリップヘンの顔を見て驚いた。

 リップヘンの鋼鉄のように滑らかな顔の中で目だけが心情を表していた。リョウは、ずっと前にリーア姫の結婚話をリップヘンへ伝えたときのことを思い出した。

「ほほほ、それはいいわ。政争の道具になるのはおいやでしょう。ねえ、リップヘン?」

 リップヘンは我に返り、目にはギラリと怒りをたたえて母を見た。

「ゼノアは全力でリーア様をお守り申し上げまする。しばらくだけでもゼノアに戻られてはいかがでしょうか。」

 リンゲルバルトが言い出した。

「とんでもありません。ゼノアだなんて。野蛮な国でしょう。サーシャが嫌がりますわ。」

 ゴブロイド夫人が叫んだ。人々が口々に叫び始めた。リョウも申し上げた。

「お守りいたしたく存じます。公妃さまがおおせられたように、政争に巻き込まれることを真剣に案じております。ゼノアの王宮には古いお住まいも残っております。ゼノア領内にも修道院はございます。お小さいころを過ごされた修道院も残っておりましょう。」

「ありがとう、リョウ。」

 リーアは微笑んだ。

「マノカイ王家の喪が済んだら、わたくしは小さい頃を過ごした修道院に入りましょう。夫を亡くした妻にとって、これよりふさわしい場所はありますまい。」


 

 リーア妃が再婚しないと公言したため、誰が夫にふさわしいかの議論は止まり、したがって、すべての議論はいったん中断した。

「まあ、せいぜい好きなだけ内戦でも何でもすればいいさ。」

 リンゲルバルトは捨て台詞をはいて、マノカイの王宮を後にした。

「抗議の事実さえ残りゃ、俺達はどうでもいいんだから。」

 リョウがうなずいていた。

「今のうちです。王子をお連れして、ゼノアに無事に帰りましょう。」

「リーア姫を取り戻せなかったのは残念だが、修道院入りするならだれも手が出せないしな。肝心のドゥゴ王子が亡くなってしまっては、結婚のしようもないし。」

 城門の前に待たせておいた自分の軍勢を見て、リンゲルバルトはリョウに言った。

「ぴったり1時間だ。さあ戻ろう。」

 ナイ儀官はようやく生気を取り戻し始めていた。

「なんとかなるかもしれん。」

 フリッツたちは不安そうにリンゲルバルトたちを待っていたが、彼らの顔を見て非常にほっとした様子だった。

「日が暮れかけてきましたし、リョウ殿が言っておられたとおり、町人どもの雲行きが怪しくなってきました。森の中での野営の方がまだ安全でしょう。こんなところで一晩明かすわけには行きません。」

「帰ろう。ゼノアへ。」

 リンゲルバルトはてきぱきと言って軽く馬に乗った。

 乗馬がまるでだめなリョウとナイ儀官は同じ馬車に乗った。


 放心状態のナイ儀官と同様、リョウも全く口を利かなかった。ただ、二人の思いは全く異なっていた。何回も繰り返し繰り返しリョウの心に響いてきたのは、リーア姫の微笑と一言だった。

「ありがとう、リョウ。」

「ありがとう、リョウ。」

 覚えていてくれたのだ。

 暗い中を馬車に揺られながらゼノアへ帰っていく道中、リョウはそのときのリーア姫の微笑を心の目で何回も思い出した。


 マノカイを出てから数時間はまだ道がよくて旅は単調だった。

 外はどうやらまた雨が降り出している様子だった。

 リンゲルバルトが幌をめくって声をかけた。

「今は少し休め。」



 

 疲れてうとうとしたそのとき彼はまた夢を見た。

 リョウは来たのは、豪華な王宮の中の一室だった。

 リョウもたびたび王宮に出入りしてきたので、この国のこの時代、どんな部屋ならどの身分と言うのの見分けが付くほどになったのだ。ただ、ちょっと驚いたことに、その部屋は女性の寝室だった。自分は何をしているのだろう。

 自分の服を改めると、どうやらまたもや楽師として出入りしているようだった。すぐそばには、螺鈿で飾られた美しいリュートが置いてあった。

 誰か来る気配がした。女性向けの寝室の中とは穏やかでない。何がなんだかわからないが、リョウはとりあえず物陰に隠れた。

 彼が隠れるのとほぼ同時に、ひとりの少年がお付きらしい貴族にいざなわれておずおずと入ってきた。

「別荘に行かれる前に、お母様にご挨拶を。」

 ふたりは部屋に入ったが、誰もいないので困ったようだった。

「公妃さまはこの時間に来るようにとおっしゃっていたのですが……」

 お付きの老年の貴族は、落ち着かない様子だった。

「探して来い。」

 少年は思いがけず大きな声で命令した。老年のお付きは飛びあがって、人を探しに飛び出していった。

 リョウは少年の顔をじっと見つめていた。なにか見覚えがあるような顔だった。知っているような気がするが思い出せない。

 老年のお付きは女官を連れて戻ってきた。

「申し訳ございません、公妃様はお出かけになられました。」

 女官は謝った。お付きの貴族はビクビクしていた。

「リップヘン様、いたしかたございませぬ……。」

 物陰からリョウはあっと叫びそうになった。

 そうだ、リップヘンだ。リョウにはその憤怒の表情に見覚えがあった。

 お付きの貴族がビクビクするのも無理はない。リップヘンはすぐに激高する男だ。子ども時代の彼のことは知らないが、おとなの彼はいきなり剣を抜いたり殴ったり、ほとんど奇行のような行いをすることで有名だった。

「母は、私を呼んでおいて無視するのか。」

「も、申し訳ございません。」

 まだ若い女官は平身低頭して謝ったが、リップヘンの怒りはそんなものでは収まらなかった。

 物陰からでも、やめろと叫びたいくらいだったが、リョウはやっとのことで自分を抑えた。

 手近にあったもので彼は若い女官を殴りつけ、そのまま外へ走り去った。

「また、このような真似をされる。」

 老年の貴族は青筋を立てていた。女官の額から血が流れ出していた。彼は泣きじゃくる女官をなぐさめ、人を呼んだ。リップヘンが使った武器を見ると、それはさっきの豪華なリュートだった。弦が切れ、みごとな螺鈿細工が外れてばらばらになっていた。

「頭もご器量も悪くないのに、こんな乱暴を……。」

 人々は、いつものことだったが、リップヘンの悪口を言いながら去っていった。


 あの少年はどこだ。まだそんなに遠くへは行っていないはずだ。人々が立ち去るとリョウは部屋から出た。

 通りすがりの侍女に彼は尋ねた。

「奥方様のご子息はどちらへ?」

「リップヘン様はご自分のお部屋におられると思いますが……」

 侍女に部屋を教えてもらって、リョウは急いで子供時代のリップヘンに会いに出かけた。だが、リップヘンはその部屋にいなかった。

「庭に出られました。」

 今度は、広大な庭を探し回らねばならない羽目に陥った。

「リップヘン様なら、ほらあそこに。」

 リョウがリップヘンの行方を尋ねた若い侍女は、指さした。リップヘンは階段状に作られた庭園の、人には見つかりにくい場所に腰掛けていた。

「いつものようにリーア姫様とこっそり遊んでおられます。」

「リーア姫様と?」

「お従兄妹様ですもの。」

 若い侍女は事もなげだった。

「姫様とお遊びになるのを公妃さまがお喜びにならないので、黙ってこられているのです。本来なら、姫君様の方がご身分は高いのですから失礼な言い分ですわ。」

 リーア姫とリップヘン!

 あれほど凶暴な少年が、リーア姫と、女の子と遊ぶというのが信じられなかった。

「リップヘン様はとんでもない暴れん坊で、ほっとくと何を仕出かすかわかりゃしません。やりたい放題ですわ。おとなしくしているのはリーア様とご一緒のときだけ。リーア様がご一緒してくださっているとほんとに助かりますわ。」

 やっぱり。リョウはリーア姫よりもリップヘンが気になった。

 リョウはこっそりと近寄って二人の様子をうかがった。

 リップヘンはリーア姫の顔を覗き込むようにしていた。リーア姫はまだ幼く、無邪気に笑って摘んだ花をリップヘンの手に押し付けていた。

「リーア姫、その花を私にいただけませんか。」

 聞こえないのを承知でリョウはつぶやいた。

 聞こえないはずだのに、リップヘンが鋭く振り返った。彼は目ざとくリョウを見つけると、いきなり傍らの石をつかみ立ち上がり、リョウめがけて何のためらいもなく投げつけた。

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