-Anfang
「行きたい!!行きたい!!行きたいのーっ!!」
見上げるほど高い、鮮やかな装飾が施された天井。差し込む太陽の光に煌めく色とりどりのステンドグラス。まっすぐ伸びる深紅の絨毯の先に、それは美しいエメラルド色の王座がある。
ばたばたと足を動かしてだだをこねる姫君に胃の痛みが増してくる若き家臣は、その後ろで仕方なくブーツを運んできた腰の弱そうなじいやと溜息をついていた。
「姫様、もう一度お考え直し下さいませ!お願いですからこれ以上私どもを心配させないでくださいな。」
足元に置かれたお気に入りのブーツに足を突っ込み、いつも通り靴紐を結んでもらいながら、その少女は今日もソプラノの声でわがままを言っていた。
「ねぇどうしてなの、じいや?いいでしょう今日くらい!もうわたしは我慢の限界なのっ!外に出て戦いの世界に飛び込んでいたいのよっ!!」
ぎゃあぎゃあ暴れる少女を全身で制止し、四方八方に向くその足に全力で蹴られても苦い表情を浮かべるだけのじいや。理不尽なわがままにもひたすら耐える老人が哀れに思えたのか、若い家臣もそこに加わり眉間に皺を寄せ穏やかな声で説き伏せた。
「そうですよ姫様、じいやの言うことに少しはお耳を傾けてください。もうここ何日も姫様の行動はじいやの心臓に悪い影響ばかりでございます」
家臣の言葉がまだ終わらないうちに、隙を見てその危険な行動を止めようとするじいやの腕をすっとかいくぐり、じいやがぎょっとしているうちに少女はベルベットの高貴な椅子から立ち上がった。はずみで胸元のロザリオが揺れて銀色に煌めく。
「ルイス、この間頂いた紅茶を広間にいるジルべスター公に淹れてさしあげて。それと今日もガウンをお日様に当てておいてちょうだい」
赤絨毯を颯爽と歩きながら背後の家臣ルイスに声を投げかけ正面の扉へと向かう少女は、二人の困り果てた表情も止める言葉も全く知らないような顔つきで今日も軽やかなステップを踏んでいる。広間には三人しかおらず、外で牧師の少年の鳴らす鐘の音が聞こえてくる。
ルイスはもう慣れたのかあきれたように額に手を当てて「はいはいかしこまりましたよ、もう…姫様は」息と一緒に声に出した。「今夜も寝れなくなりそうだ…」
後ろからまだ親バカ二人の声が降ってくる。
「姫様、どうかお戻りになってください!!私どもは姫様のことが心配で心配で夜も眠れないのですぞ…今日こそは!今日こそは、早くお戻りになられてくださいね!」
「今日も同じことでばあやにお叱りを受けないようにしてくださいませ」
コツコツとブーツの鳴り響く音が広い広間に反響する。遠のいていくその乾いた足音に、苦労性の彼らはやれやれと首を振って呟いた。「まったく、相変わらず姫様は…」「夕暮れまでには帰ってくるのですよ!」
そんな二人の気苦労も胃の痛みも知らず、過保護な家臣たちに無邪気な笑顔を向けて、くるっとかかとだけで方向転換すると、その少女-------名をアリア・アインス・リーベ・クロイツ・フォン・ローゼンクランツ、この小さな王国の小さな王女は、広い外の世界へと駆け出して行った。