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月と小麦と嬌艶花《アムール・フー》6


   ◆


 大半の町の人が家に引き上げていたが、行方不明のメアリーを探す有志の姿はちらほら見えた。気づかれたら、一人で歩き回っているウィルが怪しいに決まっているので、彼らの目をかいくぐりながら、たくさんの人の匂いを嗅ぎわけながら町中を歩いた。最後にたどり着いたのは、一軒の家だった。

 この扉の向こうに、メアリーの匂いが続いている。一番新しい匂いだ。

 コルがかぎ爪を鍵穴に差し込んで鍵を開けた。

 寝静まった家に、ウィルはするりと入り込んだ。



 バン!

 ウィルの何度目かの体当たりで、扉ごと吹っ飛んだ。

 おそらく地下室だ。メアリーの匂いは、玄関から入ってまっすぐこの先へと続いている。

 その扉を体当たりで破って真っ先に目に飛び込んできたのは、暗闇の中に浮かぶ裸の男女だった。

 頭が真っ白になった。

 てっきりメアリーは事件に巻き込まれたものと思っていたが、俺の被害妄想でしかなかったらしい。

 一瞬そう思い、羞恥を抱いたが、二人の様子はどこか変だった。

「ああ、邪魔が入っちゃった。せっかく二人で楽しんでいたのにね」

 メアリーの匂いを辿ってきたのだから、男の下で横たわっているのはメアリーに間違いない。しかし、その四肢に力はこもっておらず、だらりと伸びた手足と闇に輝く小麦色の髪が、光の届かない地下でぼんやりと明るかった。

 男がメアリーに口づけた。メアリーは人形のように、ぴくりとも動かない。

 ウィルは混乱していた。男の口調からは、まぎれもなくメアリーに対する愛情を感じる。しかし、本能で、メアリーを助けなければと思った。

「お前、メアリーに何をした」

 ウィルが低く、うなるように問いかけた。

 扉のなくなった入口から、月の光が入ってきた。

 地下室が少しだけ明るくなる。

 メアリーから体を引きはがした男は、ウィルも見たことがある顔だった。

「お前、昼の」

 その男は、それ以上ウィルに喋らせなかった。

「やっぱりお前なんだな。メアリーを助けに来たつもりかもしれないが、あいにく、彼女の運命の相手は俺なんだ」

 男は歌うように自慢した。

「彼女に何をしたかって? 俺は何もしていない。俺たちはただ、愛を確かめ合っただけさ」

 メアリーを見下ろした顔は、いとしさと、そして狂気をはらんでいた。

 月明りを受けてうっすらと見えたメアリーは、手と足を縛られていた。

 髪はもみくちゃに荒れ、四方に広がっている。

 メアリーは一糸まとっておらず、代わりに周りに布切れが散乱していた。身につけていた衣服が引きちぎられたことは明白だった。

 ウィルがメアリーを観察している間も、男は語り続けていた。いわく、男がどれだけメアリーを愛しているか。メアリーがどれだけ男を愛しているか。幼少期から二人の縁は繋がっていることや、メアリーの魅力に真っ先に気が付いたのが自分だということ。メアリーの胸が女性的だとか、脚が綺麗だとか、もっと自分の魅力に気が付いて、男からの目線を気にするべきだとか。

 吐き気を催すような独白だったが、その男の意見には、賛成だった。現に、こうなってしまった。

 男の演説は、常軌を逸していた。

 本当に二人が恋人同士だったとしたら、これはなんだ? 

 縄に手足を縛られ、自由を奪われたメアリー。

 乱暴されたのだ。

 そのことを、間違った運命を信じる妄想男の歪んだ視点のせいで、やっと理解したウィルは、怒ればいいのか、呆然とすればいいのか、ウィル自身にも分からない感情に襲われた。

 宙をさまよっていたメアリーの目が、一瞬動いた。ウィルと目が合った瞬間、その目に力が宿った。

 その目が何を語っていたのか、ウィルには分からなかった。

 「助けて」なのかもしれないし、「見ないで」だったかもしれない。

 分からなかったが、気が付いたら体が動いていた。

 体の奥がカッと熱くなる。それは怒りだった。

 メアリーを、こんな姿にして。彼女の目に絶望が宿っていたのだけは、まぎれもなく事実だ。

 月の逆光の中で、ウィルは大きな黒い狼へと変身していた。

 一跳びで、男の喉笛にかみつく。

 ウィルの口に、男の、メアリーを汚した忌まわしい男の生暖かい血があふれ、こぼれた。

 男が驚愕の声を上げるより速かった。

 メアリーが目を見開いて、その光景を見つめていた。



 ウィルは濡れた口元をぬぐった。袖口が赤く濡れた。

 殺した。

 殺したのだ。

 もうこの町には留まっておけない、とウィルは思った。

 

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