表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

月と小麦と嬌艶花《アムール・フー》5


 年頃の女の子を担いで歩くのは、思っていたよりも骨の折れる仕事だった。時間がかかってしまったが、祭のおかげでみんな表通りに出ていて、誰にも会わなかった。これは奇跡だ。

 やはり、俺とメアリーは運命で約束された関係なのだ。


 祭のいいところは、それ以外にもたくさんあった。俺の両親が、祭に参加しているおかげで、家に誰もいないこと。俺は地下の物置にメアリーを連れ込んだ。

 もちろん、手足を縛って、声を上げられないようにした。

 想像していたよりも重かったので、色々なところにぶつけてしまった。あざになっているかもしれない。本当にかわいそうなことをしてしまった。

 縄に縛られて横たわるメアリーのスカートがめくれ上がっていることに、俺は気がついた。例のいつもより短いスカートだ。

 メアリーのことを気遣って、整えてあげた。目が覚めた時、衣服が乱れていたらきっと嫌な気持ちになるだろう。まあ、この行為には大して意味がないのけれど。

 スカートを整えて、気が付いたことがある。

 メアリーのスカートは、いつもと同じスカートだった。ただ、いつもよりウエストが高い位置にあった。わざと短くしていたのだ。

 これが何を意味するのか、俺にはよくわからなかった。

 俺が毎日来るからか? それとも、あの男が来るからか? 

 どちらにせよ、男を意識していたのは事実だろう。

 誰だ? メアリーが意識していたのは。

 俺なら、いい。しかし、万が一他の男だったら?

 想像しただけで、カッと頭に血が上った。

 ……まあ、いい。もうメアリーは俺のものだ。時間はたっぷりある。

 しばらくは気絶したままだろう。

 俺は、地下室に鍵をかけて外に出た。

 腹ごしらえをしよう。

 家を出て表通りに出ると、いつもの何倍もの熱気が俺を包んだ。

 明るく、楽しく、夢のある、いつもとは違う町。

 これとは真逆のところに、俺のメアリーはいるのだ。



 次に地下室に入ったのは、祭が終わったあとだった。何か騒ぎがあったようで、街の男たちが見回りをしていたが、祭をやっていた時と比べたら町は打って変わって静まり、両親も早々に寝室に引き上げた。

 俺とメアリーを阻むものは何もない。

 メアリーはすでに目を覚ましていて、怯えた目で俺を見た。

「そんな顔で俺を見ないでくれよ。昼間のあの男にしたように、笑いかけてくれよ」

 笑顔で、優しく言い聞かせるように言ったつもりだったが、メアリーの顔はこわばったままだ。失敗したらしい。まあ、突然のことに驚き、理解が及ばないのは仕方のないことかもしれない。

「んー! んんんんー!!」

 口もふさいでいるせいで、彼女が何を言っているのか分からない。なので、口元を緩めてあげた。

「何するの! ここはどこ? あなた、うちの常連さんでしょ?」

「常連さん、か」

 その言葉を聞いて、俺は高揚がすっと引いていくのが分かり、悲しくなった。昼間のあの男のことは名前で呼んだのに、俺のことは名前で呼んでくれないのか。

 「縄をほどいて!」とメアリーは騒ぎ立てる。

「叫んでも聞こえないよ。大丈夫、ひどいことは何もしないよ。メアリー、俺のこと名前で呼んでよ。俺たち、運命で結ばれた仲だよ?」

 メアリーの髪に触れる。彼女は、怯えた様子で身を引くそぶりをした。自由を奪っているから、俺から逃げられるはずもないんだけど。

 だけど、メアリーのその行動は俺を悲しい気持ちにさせるだけだった。

「笑ってよ、メアリー」

 運命で結ばれているんだよ、俺たち。

 事実、こうして、君は今、俺の腕の中にいる。

 また何か言おうとするメアリーの唇を、俺はふさいだ。

 俺たちの、記念すべきファーストキスだった。




 メアリーは泣いていた。多分、嬉しすぎてだと思う。俺も、死んでしまいそうなほど幸せだった。

 メアリーの全身はとても柔らかかった。心のまま彼女を堪能できる幸せ。

 俺はついにやり遂げたのだ。

 すすり泣くメアリーの頭を撫でた。

 まだまだだ。俺たちは、始まったばかりなのだから。


「ふふふ……あっはははははははは!」

 俺の笑い声が地下室を満たした。

 これでもう、メアリーは俺のものだ。

 ついに、ついに手に入れたのだ。

 笑いが止まらない。感情が(たかぶ)ったまま落ち着こうとしない。

 幸せだ。俺は今、この世界で誰よりも幸せだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ