月と小麦と嬌艶花《アムール・フー》5
年頃の女の子を担いで歩くのは、思っていたよりも骨の折れる仕事だった。時間がかかってしまったが、祭のおかげでみんな表通りに出ていて、誰にも会わなかった。これは奇跡だ。
やはり、俺とメアリーは運命で約束された関係なのだ。
祭のいいところは、それ以外にもたくさんあった。俺の両親が、祭に参加しているおかげで、家に誰もいないこと。俺は地下の物置にメアリーを連れ込んだ。
もちろん、手足を縛って、声を上げられないようにした。
想像していたよりも重かったので、色々なところにぶつけてしまった。あざになっているかもしれない。本当にかわいそうなことをしてしまった。
縄に縛られて横たわるメアリーのスカートがめくれ上がっていることに、俺は気がついた。例のいつもより短いスカートだ。
メアリーのことを気遣って、整えてあげた。目が覚めた時、衣服が乱れていたらきっと嫌な気持ちになるだろう。まあ、この行為には大して意味がないのけれど。
スカートを整えて、気が付いたことがある。
メアリーのスカートは、いつもと同じスカートだった。ただ、いつもよりウエストが高い位置にあった。わざと短くしていたのだ。
これが何を意味するのか、俺にはよくわからなかった。
俺が毎日来るからか? それとも、あの男が来るからか?
どちらにせよ、男を意識していたのは事実だろう。
誰だ? メアリーが意識していたのは。
俺なら、いい。しかし、万が一他の男だったら?
想像しただけで、カッと頭に血が上った。
……まあ、いい。もうメアリーは俺のものだ。時間はたっぷりある。
しばらくは気絶したままだろう。
俺は、地下室に鍵をかけて外に出た。
腹ごしらえをしよう。
家を出て表通りに出ると、いつもの何倍もの熱気が俺を包んだ。
明るく、楽しく、夢のある、いつもとは違う町。
これとは真逆のところに、俺のメアリーはいるのだ。
次に地下室に入ったのは、祭が終わったあとだった。何か騒ぎがあったようで、街の男たちが見回りをしていたが、祭をやっていた時と比べたら町は打って変わって静まり、両親も早々に寝室に引き上げた。
俺とメアリーを阻むものは何もない。
メアリーはすでに目を覚ましていて、怯えた目で俺を見た。
「そんな顔で俺を見ないでくれよ。昼間のあの男にしたように、笑いかけてくれよ」
笑顔で、優しく言い聞かせるように言ったつもりだったが、メアリーの顔はこわばったままだ。失敗したらしい。まあ、突然のことに驚き、理解が及ばないのは仕方のないことかもしれない。
「んー! んんんんー!!」
口もふさいでいるせいで、彼女が何を言っているのか分からない。なので、口元を緩めてあげた。
「何するの! ここはどこ? あなた、うちの常連さんでしょ?」
「常連さん、か」
その言葉を聞いて、俺は高揚がすっと引いていくのが分かり、悲しくなった。昼間のあの男のことは名前で呼んだのに、俺のことは名前で呼んでくれないのか。
「縄をほどいて!」とメアリーは騒ぎ立てる。
「叫んでも聞こえないよ。大丈夫、ひどいことは何もしないよ。メアリー、俺のこと名前で呼んでよ。俺たち、運命で結ばれた仲だよ?」
メアリーの髪に触れる。彼女は、怯えた様子で身を引くそぶりをした。自由を奪っているから、俺から逃げられるはずもないんだけど。
だけど、メアリーのその行動は俺を悲しい気持ちにさせるだけだった。
「笑ってよ、メアリー」
運命で結ばれているんだよ、俺たち。
事実、こうして、君は今、俺の腕の中にいる。
また何か言おうとするメアリーの唇を、俺はふさいだ。
俺たちの、記念すべきファーストキスだった。
メアリーは泣いていた。多分、嬉しすぎてだと思う。俺も、死んでしまいそうなほど幸せだった。
メアリーの全身はとても柔らかかった。心のまま彼女を堪能できる幸せ。
俺はついにやり遂げたのだ。
すすり泣くメアリーの頭を撫でた。
まだまだだ。俺たちは、始まったばかりなのだから。
「ふふふ……あっはははははははは!」
俺の笑い声が地下室を満たした。
これでもう、メアリーは俺のものだ。
ついに、ついに手に入れたのだ。
笑いが止まらない。感情が昂ったまま落ち着こうとしない。
幸せだ。俺は今、この世界で誰よりも幸せだ。